【小山薫堂の湯道百選】第八四回“湯は、さまざまな奇跡を起こす。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂

Share:

〈和歌山県和歌山市〉
花山温泉 薬師の湯

1-KS104900-ARW_pr.jpg

その湯は、わずか一晩で奇跡を起こす。

高濃度の炭酸泉として多くのマニアを魅了している和歌山の「花山温泉・薬師の湯」。炭酸ガスの圧力のみで自噴しているここの湯は「入る美容液」との異名をもつ。ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、そして鉄分を多く含んでいるため、湧出時は無色透明だが空気に触れた途端、茶褐色に変わる。なによりありがたいのは湯の花である。多く含まれるカルシウムイオンが炭酸カルシウムとなることで、わずか一晩で湯の表面が湯の花の白い膜で覆われるのだ。それはまさに湯のキャンバス。一番風呂の好機を得て、その湯に向かう。足を入れれば、パリパリと音がしそうなくらいの厚い膜。それを無作為に壊すのはあまりにも勿体無いので、人差し指で文字を書いてみた。「湯道温心」……その文字を目に焼き付け、湯の花の膜を割りながら41.5℃の湯に浸かる。文句なしの名湯である。皮膚から吸収された炭酸ガスが血流を5倍に増加させる……ことをすぐに実感できないが、隣の浴槽に移ると身体に少しばかりの痺れを感じた。隣の浴槽は源泉そのままの26℃。つまり温冷浴だ。実はピリピリ感があるうちは、毛細血管の調子がいいとはいえないらしい。あつ湯とぬる湯の交互浴をすると、それは消えていった。

これほど心地よい温冷浴は初めてだ。永遠に浸かっていたいとさえ思う。気づけば湯道百選のこれは八十四湯目。「やくし」である。薬師如来の瑠璃光浄土をここに見た気がした。

 

2-KS104912.jpg
JR和歌山駅からクルマで約10分、関西最強の高濃度炭酸泉を誇る湯は結晶化するほど含有成分が高い。

 

3-KS105069.jpg
全12部屋の宿泊施設が併設されており、旬の素材を活かした食事に加え、カイロプラクティックなどのサービスも楽しめる。源泉風呂、大浴場、低温風呂、露天、水と、5種類の風呂に加え、サウナも楽しめる。

花山温泉 薬師の湯

住所:和歌山県和歌山市鳴神574 
TEL:073-471-3277
料金:一般¥1,150
営業時間:8時~22時
定休日:木曜日
www.hanayamaonsen.com

※この記事はPen 2023年10月号より再編集した記事です。