〈和歌山県和歌山市〉
花山温泉 薬師の湯
その湯は、わずか一晩で奇跡を起こす。
高濃度の炭酸泉として多くのマニアを魅了している和歌山の「花山温泉・薬師の湯」。炭酸ガスの圧力のみで自噴しているここの湯は「入る美容液」との異名をもつ。ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、そして鉄分を多く含んでいるため、湧出時は無色透明だが空気に触れた途端、茶褐色に変わる。なによりありがたいのは湯の花である。多く含まれるカルシウムイオンが炭酸カルシウムとなることで、わずか一晩で湯の表面が湯の花の白い膜で覆われるのだ。それはまさに湯のキャンバス。一番風呂の好機を得て、その湯に向かう。足を入れれば、パリパリと音がしそうなくらいの厚い膜。それを無作為に壊すのはあまりにも勿体無いので、人差し指で文字を書いてみた。「湯道温心」……その文字を目に焼き付け、湯の花の膜を割りながら41.5℃の湯に浸かる。文句なしの名湯である。皮膚から吸収された炭酸ガスが血流を5倍に増加させる……ことをすぐに実感できないが、隣の浴槽に移ると身体に少しばかりの痺れを感じた。隣の浴槽は源泉そのままの26℃。つまり温冷浴だ。実はピリピリ感があるうちは、毛細血管の調子がいいとはいえないらしい。あつ湯とぬる湯の交互浴をすると、それは消えていった。
これほど心地よい温冷浴は初めてだ。永遠に浸かっていたいとさえ思う。気づけば湯道百選のこれは八十四湯目。「やくし」である。薬師如来の瑠璃光浄土をここに見た気がした。
花山温泉 薬師の湯
住所:和歌山県和歌山市鳴神574
TEL:073-471-3277
料金:一般¥1,150
営業時間:8時~22時
定休日:木曜日
www.hanayamaonsen.com
※この記事はPen 2023年10月号より再編集した記事です。