自然に囲まれた空中禅道場で没入する、奈良祐希の個展「samādhi」が開催

  • 編集&文:佐野慎悟

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野鳥の巣からインスピレーションを受け、入れ子のような構造で表現された奈良祐希の最新作「Bone Flower_Nest(ボーンフラワー_ネスト)」。

アーティストであり建築家としても活動する奈良祐希が、淡路島にある空中禅道場「禅房 清寧(ぜんぼうせいねい)」にて、新作を含む計19点の作品を集めた個展『samādhi(サマーディ)』を開催中だ。

金沢で350年以上続く茶陶の名門に生まれ、東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻を主席で卒業した奈良は、伝統的な手仕事から生まれる陶芸の偶然性と、三次元CADやプログラミングなどの先端技術を用いた建築の作為性が融合した、アンビバレンスな作風を打ち出す作家だ。

奈良が今回の個展の舞台に選んだのは、『古事記』では“国生みの島”として登場する淡路島。この地に昨年誕生した「禅房 清寧」は、世界的な建築家である坂茂が手がけた、空中に浮かぶ禅道場として話題の座禅リトリートだ。東経135度線の真上に位置し、斜面の上にせせり出す形で設計さたこの建築のメインエリアは、周囲360度を淡路島の豊かな自然に囲まれた全長100mのウッドデッキ。奈良はこの回廊の両脇に19点の作品を並べ、サイト・スペシフィックな展示を行った。

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座禅体験の場となる「禅房 清寧(ぜんぼうせいねい)」のウッドデッキは、目線よりも下段にガラス壁面を設えた、開放的な設計が特徴。

「禅房 清寧」のウッドデッキは、全方位に広がる自然への没入感を高めるために、座禅を組んだ時の目線の高さが、真っ直ぐに森や空へと向けられるように設計されている。今回奈良は、展示用のガラスケースをウッドデッキの周囲を囲むガラスの壁面の高さに合わせ、鑑賞者の視界の中で、作品が豊かな自然の風景に溶け込んでいくような展示方法を考えた。

「ウッドデッキの両脇に計19点の作品を並べましたが、手前から先端に向かうにつれて、作品同士の幅を広げて配置していきました。そうすることで、歩みを進めるごとに、自然への没入感が高まっていくことを感じていただけると思います」と、奈良は語る。 その結果、手前と奥の遠近感も強調されており、建築の荘厳な雰囲気やスケール感も際立っている。

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全長100mのウッドデッキの両脇に並べられた奈良の作品。デッキとガラスの壁面の間には高低差約1mの段差があり、座禅を組んだ時の視線の高さに壁面が干渉しないように設計されている。奈良はこのウッドデッキの長さに合わせて出品数を決めた。

 

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無作為な自然の営みの中に見つけた、根源的な構造美。

 

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新作の「ボーンフラワー_ネスト」シリーズより。1280℃の高温で焼き上げた複数のプレートを立体的に組み重ねた姿は、自然の造形を想起させる。

今回の展示では、奈良の代表作である「Bone Flower(ボーンフラワー)」のに加えて、「Bone Flower_Nest(ボーンフラワー_ネスト)」「Bone Flower_Sky(ボーンフラワー_スカイ)」「Synapse(シナプス)」という3種類の新作が発表された。

「作品以外の要素を排除したホワイトキューブでの展示とは違い、禅房 清寧の建築や、淡路島の自然といった環境に対して、自分の作品をいかに調和させるかという部分を大事にしました。だからこの個展の内容を決めるに当たって、私はまず実際にこの場所に身を置いて、自分がやるべきことを考えました」(奈良)

ウッドデッキの上で、心静かに想いを巡らしていた奈良は、目前に広がる森の中に、ある自然の営みを見たという。

「木の枝を幾重にも交錯させてつくった頑丈な巣の中で、卵や子どもを育てている野鳥の姿を見ました。私は自身の『ボーンフラワー』を重層構造にすることで、この巣のような理性と本能が同居する有機体へと近づけることができる。そんなことを考えて、『ボーンフラワー』を入れ子のような状態にした新作の『ボーンフラワー_ネスト』をつくりました」(奈良)

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新作として1点のみ発表された「ボーンフラワー_スカイ」は、ウッドデッキの最先端に展示。刻々と移り変わる陽光によって、その色合いや表情を変えていく。

一方の「ボーンフラワー_スカイ」では、淡路島のどこまでも透き通った空の色を表現した。

「日本人は古くからこの色を『空天色』や『碧天』と形容し、親しんできました。釉薬を上塗りして色を乗せるのではなく、最初から土に直接練り込むことで、青と白の神秘的なグラデーションを表現しました」(奈良)

一方で「Synapse(シナプス)」は、これまで奈良が展開してきた作風とは大きく趣を異にした、分子構造のような形状の作品だ。

「これは、神経細胞が接合部である『シナプス』を介してつながっていく瞬間を切り取ったもので、人間だけでなく、木々や土や微生物まで、すべての事象は小さな単位の集合体で成り立っているという事実に目を向け、その“小ささの豊かさ”を表現したものです。これまで陶芸の世界では、ものごとの基盤となるような構造的な要素が表現されてこなかったので、陶芸の技法を拡張していくためにも、自分なりの答えを提示してみたいという思いがありました」(奈良)

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「Synapse(シナプス)」シリーズは六方向に接合点を伸ばす物体を、立体的につなぎ合わせた陶芸の集合体。

 

 

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立体的につなぎ合わせていくことで、様々な造形を表現できる「シナプス」。本来陶芸作品の大きさは窯のサイズに依存するが、この手法を用いることで、その定めから開放される。

奈良は自然現象や無作為の運動の中で生まれるかたちを“揺らぎ”と呼び、時に明確な意思をもって作為的にかたちを決める“設計”との対比を語る。今回の個展を通して自然界の揺らぎと向き合う中で、そこに運命の作為とも捉えられるような、根源的な構造美の存在を見出したことは、いかにも奈良らしい結論といえるだろう。

今回の個展名である『サマーディ』は、精神集中が深まった瞑想状態を意味するサンスクリット語で、禅の語源とも言われている。奈良は「禅房 清寧」のウッドデッキから生命の営みに触れ、あらゆる事象の根本にあるミクロの世界に思いを馳せながら、そこからさらに、宇宙全体を俯瞰する無我の境地へと旅を続けた。今回その過程の中で紡ぎ出された作品の数々は、すなわち奈良の禅体験そのものを具象化した結果であり、それを鑑賞する者にも、奥深い禅の追体験を共有するものだ。そこには、目前で繰り広げられる命の営みがあり、虫のさえずりや鳥の声があり、風があり、匂いがあり、時間とともに移ろう陽の光がある。大自然のただ中に身を置き、全身の感覚を解放して存分に没入することができるこの展示は、心と身体のリフレッシュを求めるいまの季節に最適な、総合芸術体験を提供している。新神戸駅から車で40分。日本最古の地で、神秘的な夏休みを過ごしてみてはいかがだろうか。

 

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斜面から森に向かってせせり出す「禅房 清寧」の外観。ウッドデッキの下には宿坊が並び、禅房料理、瞑想、ヨガなどを通した総合的なリトリート体験を受けることができる。

 

奈良祐希 × 禅坊 靖寧
「samādhi」
2023年7⽉23⽇〜8⽉6⽇
会場:禅坊靖寧 兵庫県淡路市楠本字場中2594-5
開館時間:開催日によって異なる ※事前予約推奨
奈良祐希 × 禅坊靖寧