暮らすことの根源に立ち返る、20代のデザイナーたちの感性から刺激を受けに、南フランスへ

  • 文:長谷川香苗
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トゥーロンのメイン会場となっている旧主教の宮殿のエントランス photo: Florian Puech

南仏のリゾート地、イエールと隣町のトゥーロンで若手デザイナーたちの作品を展示するイベント「Design Parade 2023」が11月5日まで開催されている。

イエールのデザインパレードは若手家具デザイナーの活動を後押しする図らいのもと、故アンドレ・プットマンの呼びかけで2006年にスタートした。隣町のトゥーロンの方はインテリア空間のデザインに絞ったイベントで、デザイナーのロナン&エルワン・ブルレックの発案で2016年に始まった。「パレード」と打ち出していることもあり、さまざまなイベントが街中で開催され、パレードするように歩いて巡ることになる。今回は、とくに印象に残ったトゥーロンの方のインテリアデザインの展示についてレポートしたい。

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デザインパレードトゥーロンの場合、毎年、建築家を中心として第一線で活躍するデザイナー、ジャーナリストといった10人からなる審査チームが公募を通して寄せられたインテリア空間のアイデアに対して、最終的に10の空間提案まで選び、それらを一般公開している。ファッションや家具のメゾンにとっては将来の顧客層と同世代の才能を見出す恰好の機会であるとあって、シャネル、シャネルのオートクチュールを手がける工房le19M、ヴァン クリーフ&アーペルといったラグジュアリーメゾンがスポンサーに名を連ねてきた。

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クレメン・ローゼンバーグによる「蝉のための、タペストリーの冬の住みか」。壁を含め、室内の間仕切り、ベッドマットレスにもリネンの布地を使用。リネンは調湿効果に優れ、空間の仕切りとして有用。布地はフランスのファブリックメゾン、ピエール・フレイが提供している。photo: Luc Bertrand

今年の展示で興味深かったのは、デジタル技術の普及とともに、いかに労力をかけることなく時短で物事を完成させるかに意が尽くされる現代において、生まれた時からでデジタル社会で育った1990年代生まれのデザイナーがひと昔前の暮らしぶりを提案しているということ。それは暮らすことの根源に立ち返る試みでもある。

たとえば、フランス人のデザイナー、クレメン・ローゼンバーグ(1991年生まれ)は「蝉のための冬の部屋」という室内空間を提案した。蝉は夏を象徴する昆虫であるが、ここで注目したいのは蝉ではなく、室内すべてをタペストリーや掛け物で構成していることだ。丸めて持ち運ぶことの可能なタペストリーは、城から城へ住まいを移すことの多かった中世ヨーロッパの貴人たちにとって室内を彩る最大の装飾品だった。
また、エアコンがなかった時代、冬の寒気と夏になれば危険なほど熱を持つ石の壁から遮熱するための必需品だった。今でもアラブの地域や中央アジアに暮らす遊牧民にとって住まいを構成する大切な要素だ。そんなタペストリーは従来、壁を覆うことに限られていたが、デザイナーは間仕切りとして用いることで、間取りの可変性を示していた。タペストリーと聞くとジャガードのような重々しい織物を連想しがちだが、ここではカーテンのように簡単に開閉できる素材で構成している。壁に掛けるという古くからの慣習でありながらも、二拠点、三拠点で暮らし働き、身軽さを好む現代人にとって改めて取り入れたい空間の使い方ではないだろうか。

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エミリー・チャクタキティンスキーとマリソル・サンタナによる「巣」。地球環境の変化とともに希少となっているセイヨウミツバチとともに暮らすためのあらゆる命を護る住みかの提案。花壇にはミツバチの蜜源となるツルニチニチソウ、ラベンダー、カレンデュラの花。photo: Luc Bertrand

一方で、住まいというのはミニマルな空間ではなく、見る解像度を上げていくと、多くの物と人の手、他の生きものの存在によって成り立っていることを感じさせたのはエミリー・チャクタキティンスキーとマリソル・サンタナ(いずれも1997年生まれ)の女性2人組による「巣」の空間だ。住みかは多くの植物の生命の循環に欠かせないセイヨウミツバチ、その蜜源である植物とともに暮らすシェルター、というシナリオ設定で、地球のミクロの生態系(エコシステム)が凝縮されたようなアイデアだ。人の住まいの歴史より古く、数万年前には確立さていたミツバチの巣作りにヒントを得ている。命を護るために自らの分泌物の蜜蠟で巣を作り、同時に蜜という糧を作るミツバチの暮らしをモデルにした循環する住みかである。

印象的だったのは、インテリアが多くの職人の手と他の生き物の営みが結実して生まれたものであるということ。たとえば、石垣はトゥーロン近郊で採れた石を伝統的な石積み職人たちが積み上げた。ミツバチの営みの証である蜜蝋と、地中海で育つヒペリカムなどの植物の生命の色は、室内を仕切るリネン布に移された。花壇を設け、そこで植物を育て、その命を染料というかたちで享受する。その植物はミツバチに蜜を与え、人間もその一部をいただく。そして住みかの灯りは蜜蝋から作ったキャンドルから取る、というさまざまな命のつながりが一つの空間でなされる。このようにミツバチとともに暮らすうえで、繊細なミツバチを落ち着かせるための煙を起こす燻煙鉢もインテリアに欠かせないアイテムだ。

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アナイス・エルヴェとアーサー・リストールによる「砂の城」。アウトドアの海辺と命を護る室内を融合した幻想的な空間。古典的な宮殿の天井画を思わせる手描きの天井や洞窟のような暖炉、岩のような海辺の腰掛けなど作家ふたりがすべて手作りした。photo: Luc Bertrand

消費のテンポが速くなり、ものづくりの現場においては自動化、時短が進む現代、自らの手のみで室内を作り上げたのは、アナイス・エルヴェ(1995年生まれ)とアーサー・リストール(1991年生まれ)のふたり。多くの人の子どもの頃の記憶にあるであろう、浜辺での自分たちだけの城づくりというストーリー設定のもと、遠い日の心象風景をそのまま形に「砂の城」を築いた。ドリームランドと思うかもしれないけれど、原初的な住まいのあり方は洞窟にも見られるし、ガウディやフンデルトヴァッサーのように自然との調和を基本とした現実味のある空間でもある。
同じ室内に解放的なビーチサイドと親密でクラシカルなリビングルームの要素を溶け込ませた空間は、モルタルをベースにステンドガラスやリサイクルガラス、ビーズをはめ込んだアウトドア用のパラソル付きの腰掛けや暖炉、窓際のテーブルとチェア、ウォールライトのスコンスなど、家具や什器はすべてクリエイターの2人が自ら制作している。ティファニースタジオと同じ伝統的な技法で作られたステンドガラスのチェアや照明器具は自宅に取り入れるのには躊躇しそうではあるが、パリのクラシカルなアパルトマンにも同様のものがあり、インテリアに夢見心地な要素を与えてくれる。モルタルの腰掛けにしても、岩礁のようで座るに堪えないように見えるけれど、クッション生地で有名なファブリックメゾンのピエール・フレイのクッションを広げるなど、どこにも直線のないクラフト満載の居心地のよさそうな空間となっていた。このアイデアはシャネルが提供するヴィジュアルマーチャンダイジングアワードを授賞した。
自然素材を使いながらもミニマルで硬質なインテリアが傾向として多く見られる社会で、家の中で胸が弾むような空間のもつワクワクさを見せてくれたのがふたりによる空間だった。

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オープニングセレモニーにはデザインパレードの会長である、petit hの考案者でエルメス6世代にあたるパスカル・ミュサールをはじめ、インテリアデザイナーのインディア・マナヴィ、ロナン・ブルレックが揃った。photo: Florian Puech

「Design Parade 2023」

開催期間:2023年6月22日〜11月5日
開催場所:Ancien Échêché
69 cours Lafayette, Toulon, France
開館時間:11時~18時 (日曜のみ15時まで)
休館:月曜
入場無料
 https://villanoailles.com