火薬による破壊を美のために使う、蔡國強の作品が示すものとは?

  • 文:住吉智恵

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『桜の絵巻』と題された花火。幅400mの桜の森が出現し、ピンクの煙が風にのって花びらのように散っていく。 photo: courtesy of Saint Laurent

80年代に日本を起点に創作活動を開始し、ニューヨークに拠点を移した90年代以降、美術界のみならず、2008年の北京オリンピック開会式で花火によるパフォーマンスを展開するなど、世界的に活躍するアーティスト・蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい・こっきょう)。

彼の個展が、国立新美術館とサンローランの共催により国立新美術館で開催されている。これに先駆け、作家が長年にわたり縁を深めてきた福島県いわき市で大規模な白天花火のプロジェクトがサンローランのコミッションにより実現した。その壮大なスペクタクルと本展覧会について作家自身の言葉を交えてレポートしたい。

第二の故郷・いわきで実現した白天花火

6月26日(月)正午、福島県いわき市四倉海岸の上空に、壮大なスケールの花火が打ち上げられた。大規模な創作活動を国際的に展開する現代美術家・蔡國強が、国内初の白天花火プロジェクト『満天の桜が咲く日』を実現させたのだ。

「いわきは第二の故郷です。1994年にこの地で作品を育てると決めてから、いわきの友人たちとともに試練を重ね、世界中でコラボレーションをしてきました。いまではお互いにずいぶん白髪が増えたけれど、長年にわたって関係を築けたことに幸せを感じています」 

蔡はマイクを通して、浜辺に集まった観覧者たちにそう語りかけた。そして最初の花火に点火するためトラックに乗り込み、インディ・ジョーンズ風に砂を蹴立てて導火線の元に向かう。

点火の合図からひと呼吸の後、爆音が轟き、入道雲のような白煙が天高く立ち昇った。2発目からは点火をオペレーターに委ね、蔡はいわきの友人たちとともに正面テントから花火を見届け、その様子を実況解説していく。

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『黒い波』。高さ100mの黒い波壁が五つ、次々と激しく湧き上がる。 photo: courtesy of Saint Laurent

「わあぁ!すごいですね。煙も美しい。雲のように風に乗って、ゆっくりと海に向かっていきます」。水墨画の筆さばきを思わせる漆黒から白へのグラデーション。そびえ立つ滝のようなシルエット。次から次へ開花するピンクの桜の蕾。そしてクライマックスでは満開の桜の森が視界いっぱいに広がった。

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『白い波』。白い巨大な波が押し寄せ、最後には幅400mの津波の壁が形成された。 photo:顧劍亨、提供:蔡スタジオ

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『満天の桜』。4回の連続発火によって、幅400m、高さ120mの桜の山が現れる。 photo:吳達新、提供:蔡スタジオ

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『原初火球』から最新作まで一堂に会する展示空間

「子どもたち、よろこんでいますか? (いわきで毎年募集する)子どもたちの絵からデザインした花火ですよ」と蔡は呼びかける。心底うれしそうな、晴れ晴れとした破顔がまぶしい。

最後に計画されていたドローンによるパフォーマンスは電波状況により中止となったが、すべての花火の打ち上げは無事成功。迫力に圧倒され、その余韻のなか放心状態のまま、ふわふわした足取りで浜辺を後にした。 

蔡の呼びかけで、立ち会った人々はみな山あいのいわき回廊美術館で開かれた野外レセプションに参加を促された。「満天の桜実行会」、サンローランをはじめとする本プロジェクトの協力者・支援者の紹介とともに、地元の食材を使った手料理や漁師たちが炭火で焼く魚介が振る舞われ、毎年の恒例という子どもたちの絵画コンテストの表彰式が行われた。

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トグロを巻いた龍を思わせるいわき回廊美術館では、30年以上にわたる蔡といわき市民による取り組みの軌跡を展示する。 photo:住吉智恵

中国の風水で地上の「気」の流れを象徴する龍がとぐろを巻く姿を表現したいわき回廊美術館は、35年にわたる蔡といわき市の人々との友情によりつくられたものだ。94年から2011年の震災を経て現在まで、蔡と仲間たちが成し遂げてきた創作活動のアーカイブが写真とテキストで綴られ、長閑な田園風景を見渡す丘の頂には手製のブランコが設えられていた。

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蔡國強がこれまで世界各地で実践してきた爆発プロジェクトの瞬間をとどめるドローイングの数々が展示されている。 photo:顧劍亨、提供:蔡スタジオ

その数日後に開幕した、『蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる』は、日本では15年の横浜美術館の個展以来となる大規模な個展だ(8月21日まで国立新美術館にて開催中)。

広大な空間を悠々と使った展示は、日本で91年に発表された作品『原初火球』を軸に、作家のこれまでの足跡を見せ、各所にそれぞれの時代の火薬ドローイングの大作を配している。

いわきでの白天花火『満天の桜が咲く日』の記録映像も、奥のスペース「蔡國強といわき」で上映されているから見逃さないでほしい。ちなみにこの動画では、浜辺からだけでなく、海上から見た花火の光景も撮影されている。

展示室中央には、メキシコで火薬を使って実施した巨大なキネティック・ライト・インスタレーションを国立新美術館の展示空間に合わせてLEDで再制作した作品群が展開されている。夜のテーマパーク風で楽しげだが、これがネズミ花火のように動きながら火薬を爆破していたかと思うと、やはりそこには「蔡さんスケール」がある。

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『未知との遭遇』と題されたキネティック・ライト・インスタレーションは、本展のために再制作されたもの。 photo:趙夢佳、提供:蔡スタジオ

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「無常の花」の現れに、原初的な情動をかき立てられる

「1989年にいまの奥さんと日本で暮らしはじめた頃、四畳半アパートで深夜になると火薬ドローイングの実験を繰り返しました。子ども用の花火を解体し、マッチ棒の頭を使って。現実の生活は貧しかったけれど、宇宙は近くに感じていました。今回、あの頃と同じ思考や精神を振り返りながら、東京で再出発の展覧会を行いたいと思いました。いま人間社会は複雑で混乱しています。宇宙から見れば小さく見える社会格差や国家間の距離を、高い次元から捉えなければなりません。平和のメッセージを表明する代わりに、火薬による破壊を美のために使う方法を示し、多くの人々との対話を通して種蒔きをしたい。アーティストのミッションは種子なのです」。そう蔡は語った。

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蔡國強 2023年 photo:Adrian Gaut

全人類はもちろん、外星人をも視野にいれた蔡國強の活動は、爆発や火薬という手法を使ったスペクタクルな表現によって壮大なインパクトを社会に与えてきた。だが、彼の実践は不思議なほど「力」を誇示し、追従者を煽動するようなマッチョな荒事にはならない。むしろ、火薬という素朴で伝統的な物質が、空中あるいは和紙の上に昇華させる「無常の花」の現れに、観るものはおだやかに原初的な情動をかき立てられる(じわじわくる、という感じだ)。

蔡國強の創造活動が社会に示してきた突破口とは、爆破の巻き起こす「気」(エネルギー)によって、異なる世界観をひとつの原点で結びつけるかのような、唯一無二のダイナミズムにある。蔡の昼花火のあとに立ち昇る煙は、ゆっくりゆっくり墨流しのように空に溶け込んでいく。その様子を眺めているあいだ、分離され拮抗するすべての事象が混ざり合うために要する悠久の時間軸に想いを馳せた。

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『歴史の足跡』のためのドローイング photo: 趙夢佳、提供:蔡スタジオ

『蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる』

会期: ~ 8月21日(月)

休館日:火曜

開館時間:10時~18時(金・土は20時まで) ※入場は閉館の30分前まで

会場:国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2)

料金:一般 ¥1,500

https://www.nact.jp/exhibition_special/2023/cai/