小児精神科医が実体験から導いた、現代における社会正義のあり方

  • 文:印南敦史(作家/書評家)

Share:

【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診(み)る』

01.jpg
内田 舞 著 文藝春秋 ¥1,122

ハーバード大学医学部准教授であり、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長との肩書ももつ小児精神科医の著者は、2020年の新型コロナパンデミック下において大きな決断をする。ちょうど3人目の子どもを授かったタイミングだったが、妊娠34週だった時期にmRNAワクチンを接種したのである。もちろんそれは、ワクチンの仕組みや安全性、有効性を吟味した上での決断だった。また、世界でも初めてに近い段階で接種に踏み切ったのは、あとに続く妊婦さんのためになる情報を提供したいという思いによるものでもあった。純粋に考えれば、人のために、医師としての立場でできることをしたにすぎないのである。

ところが、ワクチン接種後の写真(本書の表紙)をSNSに投稿したところ、多くの誹謗中傷を受けてしまう。SNS社会にありがちな弊害ではあるが、偽の「死産報告書」まで送りつけられたというのだからひどい話だ。だがそうした経験は、社会正義(ソーシャルジャスティス)をめぐる現代社会の問題点と解決策を論じる上での力にもなっている。ここで論じられているのは、脳科学的な観点からみた炎上のメカニズムとその処方箋、アメリカ社会の差別の現実、子どものメンタルヘルスの問題、ソーシャルジャスティスの育て方など。そこに医師としての知見と母親としての体験が絡み合っているため、机上の空論とは比較にならないほどの説得力を感じさせるのである。

ただしこうした炎上は、アメリカで暮らす著者だけの問題ではないだろう。似たような目に遭う可能性は誰にでもあるからだ。したがって私たちはこれを自分ごととして捉え、「こんなことが起きたら、自分はどう立ち回るべきか」と思いを巡らせなければならないのだ。

関連記事

※この記事はPen 2023年8号より再編集した記事です。