FIRENZE フィレンツェ/イタリア
イタリアの観光省とイタリア政府観光局は、観光産業を通して国を盛り上げようと、イタリアを象徴する絶世の美女を、観光キャンペーン・「Open to Meraviglia」の広告塔に大抜擢。美しくなびく髪、官能的なボディーラインが神々しい彼女は、ルネッサンスの巨匠サンドロ・ボッティチェリが描いたヴィーナスだ。このキャンペーンには、900万という多額の資金が費やされ、最新のAI技術を駆使したバーチャルインフルエンサーとして現代に生まれ変わった彼女が、イタリア各地のアートの都や 象徴的な観光地、文化遺産、伝統的なイタリア料理やワインを楽しんでいる様子を全世界に発信していくというもの。彼女のセレブすぎない(普通の)ファッションや、ナチュラルテイストでインスタ映えする(合成)セルフィーは、世代を超えて、多くの人の憧れの的!?
コンテンツは、イタリア公式観光ウェブサイトやインスタグラムをはじめ、イタリアの国営航空のフライトでプロモーションビデオが放映され、 ヨーロッパの数々の鉄道の駅、世界各地の主要な空港やデジタル媒体でも発信される予定だ。そんな重要なキャンペーンだが、気分屋で適当なイタリア人の国民性を物語るかのように、まさかのミス連発で突っ込みどころ満載。「イタリアブランド」を宣伝するはずのビデオのワンシーンに、フリー素材から拾ってきたようにも見える、隣国スロヴェニアのワインを楽しむ若者の映像が使われていたり、公式サイトの英語訳をあの大手自動翻訳機に頼り切ってしまったのか、訳す必要のない南イタリアの都市名である「Brindisi」までもが自動翻訳され「トースト」と表記されてしまっていたり(現在は修正済み)。ちなみに、都市名としての「Brindisi」は乾杯という意味が込められているそうだが、実は「トースト」を意味する名詞でもあるため、そう訳されてしまったようだ。これは、900万という予算を他の部分に費やしすぎたために費用の削減を狙ったストラテジーなのか、全ての作業をAI化したことをアピールするためだったのか、単純に面倒だったからか なのか、真相は闇の中だ。
さらに「美しいイタリア」のイメージの裏に隠された、山積みの問題に悩まされているイタリア国民達の間では、このキャンペーンと現実のギャップを皮肉ったパロディー画像が出回っている。中でも、ゴミ収集車が来ずに道路に放置されたゴミの山の前でセルフィーを撮るヴィーナスや、的屋のような露店で串焼きを焼いている下町ヴィーナス、密航船でイタリア南部へと辿り着く難民のボートに乗っているヴィーナスなどといった、リアリティー溢れるワンシーンを捉えた画像が印象的だ。
しかし、多くのイタリア人がこの話題を批判的に取り上げ、パロディー画像を拡散した結果、 ヴィーナスのインスタグラムアカウントは、開始1ヶ月経たないうちに、200kを超えるフォロワーを獲得。予期していなかった方向性ではあるかもしれないが、結果的にこのキャンペーンは大注目を浴びている。クリエイティブだけれど、どこか抜けていて人間味のあるイタリア人の魅力と、観光客が知りえないディープなイタリアが見え隠れする味わい深いこのキャンペーンは、ある意味、大成功とも言えるのかもしれない。
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※この記事はPen 2023年8月号より再編集した記事です。