仙禽との日本酒ペアリングに舌鼓を打つ、栃木の食材を活かした地産地消の特別コースが開始

  • 文:佐々木ケイ
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仙禽では2008年より古来の酒づくりを実施。2本の木桶からスタートし、現在は12本に増えた。

日光連山の伏流水が大地を潤す栃木県宇都宮市のレストラン・HACHINOJOで、今夏、ユニークな取り組みがスタートした。農業の、酒づくりの、そして調理の要である「水」にフォーカスした料理のコース「美水の国の豊かさを楽しむコース」と日本酒ペアリングの提供だ。コースで供される酒を醸すドメーヌ蔵の仙禽とHACHINOJOを訪ねた。

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仙禽の酒蔵にて。右が十一代目を継ぐ薄井一樹さん。左が杜氏として酒づくりを率いる弟の真人さん。

栃木県宇都宮市に隣接するさくら市に、味を知る人が愛する酒がある。「仙禽 オーガニック・ナチュール」で知られる日本酒ブランド、仙禽の酒だ。JR宇都宮駅からクルマで約30分、大谷石づくりの門構えは重厚で、ひと目でそれとわかる老舗の風格があるが、赤、黒、白の三色からなるロゴマークが染められた真っ白な暖簾はどこかモダン。佇まいが、蔵のあり方を伝えてくる。

創業は1806年、「せんきん」として地域に根ざし200余年の歴史を重ねてきたが、いまや全国に、そして世界に名を轟かせている。日本酒の専門店や和食店、寿司店のみならず、各国料理のファインダイニングで、高級ワインと合わせてサーブされる日本酒として。

きっかけは、十一代目で専務取締役を務める薄井一樹さんが2008年から進めてきた改革、「古くて新しいものづくり」への転換だ。現在、杜氏として蔵を率いる弟の真人さんとの二人三脚で、栃木県から日本の酒づくりをアップデートしている。

改革の発端は、清酒酵母に頼る現代的な酒づくりへの疑問だったという。品質が安定した酒が短期間で醸せ、味わいから逆算した酒質設計もしやすい。明治期以降、積み重ねられた技術革新の賜物にほかならないが、諸刃の剣でもある。均質化による個性の喪失に陥りかねないという点だ。

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蒸し米に種麹を付けて麹をつくる、酒づくりの要の作業。つくる酒に応じて、温度や時間を管理する。

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真人さんの案内で蔵を巡る。最初に案内されたのが、江戸末期の建物を改装した仕込み部屋だ。巨大な木桶がずらり、壮観である。仙禽では、15年前に木桶を導入し、酵母を添加せず、蔵付きの酵母で酒母をつくる生酛づくりで酒を醸している。時間も手間もかかる上に、リスクとも背中合わせだが、「この地でしか生まれない味わい」にこだわった。

時を同じくして、ドメーヌ化も進めてきた。「ドメーヌ」は、ぶどう栽培からワインづくりを行う蔵を指すフランスのワイン用語で、昨今は日本酒の世界でも、酒米の栽培から手がける「ドメーヌ蔵」が話題だ。仙禽の主要品種は、亀ノ尾。酒造好適米の概念がなかった明治初期の頃、すでにこの地で栽培されていた米である。

「ワインのテロワールは土壌ありきですが、日本酒のテロワールは水にほかなりません」と、真人さん。自社圃場から契約農家の田んぼまで、酒の仕込みと同じ、鬼怒川水系の水が潤す土地で栽培する米だけを使うのだという。

蔵の地下15mの浅井戸から汲み上げる仕込み水を飲ませてもらう。「後味に、極々わずかな苦みがあるのが特徴です」という真人さんの解説を聞きながら味わうと、なるほど、柔らかさやまろやかさの中に、とある輪郭があるように感じられる。土地の水が育む米を、同じ土地の水と、蔵つきの酵母で仕込む。生酛づくりの「ナチュール」シリーズは、現在の仙禽のフラッグシップとなっている。

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亀ノ尾は、コシヒカリやササニシキなどのルーツに当たるとされる飯米。有機で栽培し、低精米で使用する。
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仙禽の蔵があるさくら市(旧氏家町)は、鬼怒川、那珂川、五行川の三川が合流する、水に恵まれた地域。

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「水のテロワール」という発想は、レストランを刺激した。宇都宮市のイタリア料理店HACHINOJOでは、今年7月から、水にフォーカスした「美水の国の豊かさを楽しむコース」を提供している。日光連山の「伏流水の一杯」で始まる全10皿のコースは、すべてが豊かな水が育む栃木県産の食材を使用し、水の清らかさを存分に味わえる料理に仕立てている。

アミューズにあたる二の皿は、野州麻を練り込んだ生地に鮎の蒸し焼きを載せて。麻は永野川、鮎は那珂川と、ともに地域の「水」が育む食材である。色とりどりの野菜が皿を彩るサラダは、透き通った水のドレッシングが添えられていて、見た目にも清冽だ。

栃木県は和牛の産地としても有名だが、那須高原和牛の一皿は、一緒に盛り付けられたたっぷりのクレソンが主役を張る。水中や湿地で自生するクレソンは、清らかな水のシンボルでもある。もちろん、那須和牛も、那須連山の豊かな水で育った“水の食材”だ。

「美水の国の豊かさを楽しむコース」の味をより深めるために、仙禽の協力を得て日本酒のペアリングも用意した。「モダン仙禽 無垢」や「オーガニック・ナチュール」など4アイテムをコースの料理とともに。仙禽の酒がもつ苦みや酸味を、食材に寄り添わせている。

3の皿 柑橘風味の「水のドレッシング」のサラダ㈰.jpg
柑橘風味の「水のドレッシングのサラダ」。レモン果汁と塩を加えた水を寒天でゆるく固めたノンオイルドレッシング。青々しく透明感のある味を「モダン仙禽 無垢」のフレッシュ感と合わせて。「美水の国の豊かさを楽しむコース」は10品¥15,015(サービス料込み、仙禽のペアリングは別料金)
4の皿 水源の近くで育ったクレソン 那須高原和牛ステーキを添えて㈰.jpg
水源の近くで育ったクレソン 那須和牛ステーキを添えて。13℃という、肉に合わせる赤ワインより低い温度で供される仙禽の「かぶとむし」のシャープな酸味が、野菜と肉双方を引き立てる。

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HACHINOJOの開業は2005年。大谷石を贅沢に使った豪華なしつらえで、セラーにはグランヴァンも揃え、地域の人々のハレの日のレストランとして18年の歴史を重ねてきた。だが2020年4月以降、新型コロナウイルスの影響で営業休止を余儀なくされる。オーナーでソムリエの湯原知久さんが、地域の生産者を巡り始めたのもその頃だ。

当初は再び営業ができるようになった日に、ゲストがレストランで食事をする喜びを感じられる新しいメニューを1品でも、という想いからだった。しかし訪問を重ねるごとに、足下の食の豊かさ、生産者の真摯な仕事ぶりに改めて気付き感銘を受ける。地元で愛される店から、地域の食材と生産者とタッグを組んで、栃木の豊かさを発信できる店へとギアを入れ替えた。仙禽は、地域が誇る生産者の筆頭であり、「栃木から全国、世界へ」を叶えた先達でもある。

現在、国内外のファインダイニングでもオンリストされる仙禽の酒だが、「日本酒ペアリングはまだまだ、これからの世界」とは、ソムリエの経験もある一樹さんの言葉。ペアリングを構成するにあたり酒ごとの温度帯も管理し、ワインの代替ではない、日本酒とだからこそ叶う味わいの増幅を提案する。実際、那須和牛の一皿などは、仙禽「かぶとむし」のリンゴ酸のきりりとした酸味が和牛の脂の旨味と見事に相乗し、ソースに赤ワインを使っているにも関わらず、ワインを欲しないほどだった。

6の皿 うなぎの香ばしい炭火焼き㈰.jpg
うなぎの香ばしい炭火焼。那賀川でのびのびと育ったうなぎの炭火焼に、喜連川の水で仕込む醤油、那須高原のわさびを添えて。炭火の香り、醤油の旨味、わさびの香味が織りなす味に仙禽「オーガニック・ナチュール」の複雑味がぴたり。
7の皿 炊き立ての石井米㈰.jpg
パスタはなく、炊きたてのごはんで締め。那賀川が大地を潤す里山で無農薬で栽培された石井米(コシヒカリ)。日光連山の伏流水で炊き上げ、有機野菜の糠漬けとともに。

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ガストロノミーの世界では、いまは亡きフランス料理の巨匠ベルナール・ロワゾーが、かつて油脂の使用を極限まで抑えた「水のコース」を打ち出している。時代を先駆けた“軽やかな料理”は、いまや、世界のファインダイニングにおける共通認識として定着した。

そして、トップガストロノミーは、「ローカル」であることが発信力をもつ時代に。日光連山の名水にインスパイアされた2020年代の「水のコース」は、プレミアムな仙禽の酒とともに、より多くの食べ手の意識を栃木の地へと誘うだろう。

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大谷石の壁が重厚なHACHINOJOのダイニング。オープンスペースから半個室までシーンに合わせて選びたい。

HACHINOJO

住所:栃木県宇都宮市簗瀬町1785-17
TEL:028-638-9235
営業時間:11時30分〜15時(L.O14時)、18時〜23時(L.O22時)
休業日:月曜
https://hachinojo.com

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