別府は温泉だけじゃない! 2030年までにアーティストやクリエイターの移住者の数を1200名に

  • 写真・文:中島良平

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別府市創造交流発信拠点「TRANSIT」が入居する建物「レンガホール」は、1928年建設の国の登録有形⽂化財/別府市指定有形⽂化財。別府市を拠点とする建築設計事務所「DABURA.m Inc.」が、建物の歴史を尊重しながら1階の一部のリノベーションを行った。

2023年1月、別府市南部地区に位置するレンガホール内に、別府市創造交流発信拠点「TRANSIT」と名付けられた施設がオープンした。移住を考えるアーティストやクリエイターへの住居や仕事のマッチングといった支援、制作活動の紹介、地域課題や企業の困りごとと創造的な人材とのマッチングなどを行う拠点として機能する。

別府では、2009年、2012年、2015年に別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」と題するアートトリエンナーレが3度開催され、翌年からは個展形式の芸術祭として「in BEPPU」が継続している。「混浴温泉世界」では日本各地から集まった作家たちが滞在制作と展示を行い、「in BEPPU」では、目、西野達、アニッシュ・カプーア、関口光太郎、梅田哲也、廣川玉枝がサイトスペシフィックな作品を発表してきたように、この街には多くのアーティストが関わってきた。

2009年以降、アーティストやクリエイターの移住者が120名を超え、2030年までにその数を1200名に増やすことを目標に掲げている別府市。その推進のためのハブが求められ、「混浴温泉世界」をはじめ数々のアートプロジェクトを展開してきたNPO法人BEPPU PROJECTが、別府市から受託運営しているのが「TRANSIT」だ。

 

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「TRANSIT」各種相談窓口。移住希望者が求める住居や仕事情報、創造的な解決策を求める企業などの相談に対応する。画面右手の壁面に貼られているのは、マイケル・リンによるポスター作品。3月まで無料配布され、屋内外の壁に貼られてデザインが街に増殖するプロジェクトが実施された。
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「TRANSIT」展示室。別府市に移住してきたクリエイターやアーティストの展示や、公募での企画展示などが定期的に行われている。

 

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入口は清島アパートでの滞在制作。

アーティストの移住者が増えるきっかけとなった場所が、2009年の「混浴温泉世界」で滞在制作・展示の会場となった「清島アパート」だ。戦後すぐに建てられた3棟・22室からなる元下宿アパートであり、BEPPU PROJECTがアーティストの活動支援の一環として運営を継続している。最大8組のアーティストが居住・制作できる公募制のレジデンス施設で、滞在期間は1年間。以降も、再度公募し採択されれば、継続して滞在することも可能だ。

 

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清島アパート外観

 

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清島アパート内部。至るところに滞在作家のクリエイションの痕跡が残されている。

制作の様子を公開する「清島オープンアトリエ」を年に1回行うほか、滞在作家が地域活動に積極的に参加することなどで市民と関わる機会が増え、店舗とのコラボレーションや商業施設での作品展示、ワークショップの実施などを通じて認知が広まった。2020年から2023年3月まで滞在制作を行った芸術探検家の野口竜平(のぐちたっぺい)に取材した。

「2015年に『混浴温泉世界』で多くのアーティストとともに滞在制作をしたのが、別府との最初の出会いです。それから各地で滞在制作などを行ってきたのですが、コロナ禍で海外への渡航が難しくなったタイミングで『清島アパート』の募集を目にし、2020年に再び別府に来ました。やっぱりなんだかんだ言っても温泉なんですよ。温泉の風土がつくる地域の人の精神性があって、それが心地いいですし、疲れて帰ってきても温泉があれば身体も心も元通りになれる。すごいことだと思います」

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おもむろに反復横跳びを始めた野口竜平。「空気が膠着したときは、振動することが必要です。時間は変わり続けるので、少しでも動いていれば砂埃が立って何かが起こりますから」。なかなかの哲学者だ。

 

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清島アパートの共同スペース。アーティストの作品や清島アパート公式グッズの展示販売も行っている。

野口が2019年に手がけ、各地で発表してきた『蛸みこし』という作品がある。「蛸の脚には、その一本一本に独立した知性がある」という研究から着想した蛸型の彫刻であり、8本の脚を8人で神輿のように担ぐパフォーマンスでもある。

「家族や社会など『人の集まり』についての問いを、異なる背景をもつ人や異なる言語を使う人と共有し、一緒に考えることができないか。そういったことを考えて続けているプロジェクトです。蛸を前にすれば人間は皆同じだと思うので。別府は同調圧力のようなものが少ない土地だと感じますし、『清島アパート』も、共同生活をしながらそれぞれの作家が、自分のやり方で制作できる環境があります。ときにみんなで同じ気持ちになって連帯するのもいいですけど、バラバラのまま一緒にいられるのもまたいいじゃないですか。そんな別府での滞在を通して、『蛸みこし』も育っていったように感じています」

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『蛸みこし』を紹介するために2022年12月31日に発刊した「蛸みこしんぶん」。

清島アパートでの滞在をいったん終え、ドイツでの滞在やイタリアでの作品発表を経て、冬以降に再び別府に戻ってくる予定だという。

「清島アパートに滞在する作家がいて、清島を出て市内で暮らしたり、移住してくる作家さんがいて、BEPPU PROJECTの皆さんや、気にかけてくれる近隣の方々もいる。別府は皆がご近所さんとして、それぞれが程よい距離感で伸び伸びと活動している土地だと思います。表現活動と普段の生活が地続きにあることも、自分にとってはとても良いことです」

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東智恵が滞在制作を行ったアトリエ。色やモチーフのレイヤーに、自身の経験や想いを重層的に込めた絵画作品を手がける。
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森本凌司が滞在制作を行ったアトリエ。テキスタイルを学び、糸を用いた制作を続ける森本が最近手がけているのは、写真をプリントした布同士を縫い合わせた作品。

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「旅する服屋さん」も定住を決めた別府。

かつて清島アパートに滞在し、現在は市内で「温泉染研究所」を立ち上げ研究と制作を続ける染色作家、行橋智彦の工房を訪ねた。2013年よりミシンと染色道具を車に積み、「旅する服屋さん」の屋号で国内各地を訪れて制作を続けてきた行橋。現地で見つけた植物を染色に用い、各地でそれぞれの土地の色を出そうと試みてきたが、2015年の「混浴温泉世界」への参加のために別府を訪れたことがきっかけとなり、別府での定住を決めた。

「行く先々で数日から数週間程度滞在して、そこで染色や服づくりを行っていました。そうしてサーカスみたいに移動を続けているうちに、その土地のことを深く理解するには時間が足りないのではないか。何年か移動生活を続けてきてそう思うようになり、ちょうどそのタイミングで別府に来たら、出会う人たちも心地よかったですし、温泉も湧いていて、土地として気に入ったんです。別府なら温泉でしょ、ということで、この土地の温泉を使って染め物を研究しようと思い、拠点として『清島アパート』に住み始めました」

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「温泉染研究所」の工房にて、行橋智彦に取材した。
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サンプル(綿、絹、毛)は温泉染で「茜の根」による赤色系統を試した研究成果。写真に写るのは、廣川玉枝が『in BEPPU』で行ったパフォーマンスの模様。映画や舞台の衣装制作を担当することもある行橋も、衣装でプロジェクトに参加した。

清島アパートに4年暮らし、制作や実験を続けたのち、現在のスタジオの物件に移った。当初から継続しているのは、温泉による染色だ。例えば、赤色に染めるのであれば、昔から一般的に使用されてきた「茜」と呼ばれる木の根を染料に、別府各地の温泉で煮出してみる。日本一の温泉湧出量を誇り、地元の住人であればそれぞれにお気に入りの湯があるぐらいに各所の湯に個性がある別府だ。温泉の酸とアルカリの度合いによる影響はもちろんのこと、分量や温度、染める時間などの条件を統一しても色合いはそれぞれ異なり、法則性を読み取るのも困難なほどに多様だという。

「単純に鉄分が多いからこの色合いになる、などの傾向は少しは分かりますが、温泉には40〜数十種類のミネラルが含まれているので、どれがどう作用するのかは分析しきれません。ひたすらデータを取り続け、市内各地で個性豊かな温泉が出ていること、自然のダイナミズムを感じられる土地だということがわかりました。
 
別府の温泉は山に降った雨が50年かけて地中で温められて、温泉となって湧いてくるそうなので、その日にわいている温泉で染め、排水を土に返していく行為に責任をもつという意味も含めて、50年続けることを決めました。続けることでいずれ、『別府には温泉染があるよね』といってもらえるような文化をつくれたら嬉しいですね」

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実験を繰り返し、ひたすらデータを蓄積する。継続したその先に、別府の新たな文化が生まれるはずだ。
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行橋が「旅する服屋さん」としてミシンと染色道具を積んで旅したバンが工房の前に停められている。

多くの旅館が立ち並ぶ別府では、廃棄するリネンなどもあり、それらをアップサイクルしてワンピースを制作したり、襖の和紙を温泉染でデザインする依頼を受けたり、温泉染の実験を続けながら土地に根差した制作も継続している。古着や地元のおばあちゃんからデッドストックの反物をもらう機会もああるなど、応援してくれる人も多い。

「最初に別府に定住しようと考えたきっかけは、うまく言語化できないんですが、人の間合いなんです。あと毎日温泉に入って、ほどよく脳みそがゆるんでくる感じもなかなかいいですよ」

外から人もモノも情報も入ってくる港町であり、自然のダイナミズムに裏打ちされた温泉地でもある。別府を構成するそれらの要素が、新たな表現に取り組むアーティストやクリエイターにとって居心地の良い空気を生み出しているのではないだろうか。

 

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旅館であれば、小さなシミがついただけのリネンも廃棄しなければならない。その部分をカットし、綺麗な白い布地としてワンピースにするなど、豊かな素材に目を向けてアップサイクルにも取り組み始めている。

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可動建築が街に人の動きを促す。

別府市創造交流発信拠点「TRANSIT」のリノベーションを手がけた建築設計事務所「DABURA.m Inc.」も、神奈川から移住してきた建築設計士の光浦高史が運営している。屋台骨となっているのが、建築設計、空間再生、地域デザインという三本柱。そのうちの地域デザインという観点から行ってきたのが、公共空間に可動の設えを持ちだし、自由に動かしながら空間を活用する「可動建築」を用いた社会実験だ。2019年の別府公園を会場に、別府市と官民連携で実施した「カドウ建築の宴 in 別府公園」。DABURA.m Inc.に所属するメンバーに話を聞いた。

「可動建築を公園に並べて、飲食店や別府のアーティストにパフォーマンスしていただき、大勢の方にお越しいただきました。盛況だったことをきっかけに、大分県立美術館(OPAM)を会場に、『カドウ建築の宴 in OPAM』という予算も規模も大きなイベントに展開しました。清島アパートからアーティストの野口竜平さんや、別府の書肆ゲンシシャさんという本屋さんに来ていただくなど、ユニークな方のつながりで多くの方にご来場いただきました。可動建築で色々と展開できることを実感するとても良い機会になりました」 

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プレゼンテーション資料でプロジェクトについて説明してくれたDABUR.m Inc.のメンバー。
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『アニッシュ・カプーア IN 別府』(2018年)のときに制作された可動建築「スケスケ屋台」。チケットセンターや移動式のカフェ・バーとして活躍してきた。

道路や広場、公園などの公共空間をどのように活用できるか。市民たちの活動の場を可動建築によってどれだけ拡張し、展開させることができるか。次に別府市からの依頼で実現したのが、「別府市民・学生大同窓会」だ。別府大学、立命館アジア太平洋大学(APU)、別府溝部学園短期大学という3つの大学がある別府は、多くの留学生が暮らす国際都市でもあるが、卒業後に別府とのつながりが途絶えてしまう卒業生も少なくない。学生時代に生まれたネットワークを活かせる仕組みづくりをできないかと相談され、可動建築を市内の各地に展開するプログラムを考案した。

「市営の温泉に併設されたパブリックスペースなどに可動建築を設置し、在学中の学生さんのチャレンジショップや、卒業生が事業をお披露目する場として活用していただきました。また、そうしたプレゼンテーションを回遊するうえで、市内には座って休める場所があまりないので、別府駅前通りの歩道には450×450mmモジュールで自由に組み替えられる椅子やプランター、デッキなどを用いたパークレットを設置したのですが、それも非常に好評でした」

パークレットとは、道路の余剰空間を人々が憩える公共空間に転用するプロジェクトを指す言葉で、サンフランシスコが発祥だといわれている。道路交通法の規制によって常設することはできなかったが、2022年の秋に「別府市民・学生大同窓会」を2ヶ月間実施したのちも、繰り返し活用できるようにパークレットのモジュールは保管されている。

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「別府市民・学生大同窓会」の様子。フィーレンディールトラスと呼ばれる格子状のユニットで構成されており、高さや広さなどのサイズは目的に応じて変更できる。
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駅前高等温泉脇の広場に設置されたパークレット。いずれ市内各地にこうしたパークレットが設置されれば、それが別府という街の特徴のひとつになるはずだ。

DABURA.m Inc.のオフィスでは、1階フロアでは各種空間実験や展示などが開催され、3階と4階のスペースはリノベーションを行い、クリエイターが滞在制作できるのはもちろん、ワーケーションや家族での滞在にも利用できる宿泊施設としてオープンする。「大分空港は宇宙港になる計画があるので、そうした宇宙工学の関係者の方も訪れて別府に新たな刺激が生まれることが楽しみです」。

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「DABURA.m Inc.」オフィス3〜4階のスペースが2023年9月に宿「HAJIMARI Beppu」として生まれ変わり、多目的スペースとして活用されてきた1階(写真)がカフェラウンジとなる予定。 
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「DABURA.m Inc.」オフィスの隣では、陶芸家の坂本和歌子が自ら手がけたうつわとお菓子、セレクトした和紅茶などを販売する「うみとじかん」を営んでいる。内装は「DABURA.m Inc.」によるもの。

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アートの増殖とクリエイターの移住増加という好循環。

街にアートやデザインを増殖させていく取り組みを進めてきた別府市。温泉を求めてやってくる旅行者のみではなく、芸術祭やパブリックアートの制作に訪れるアーティストやクリエイター、鑑賞客といった交流人口が生まれ、さらには定住する移住者が増加する。新しい取り組みを受け入れる寛容性がある別府では、さらに新たな街づくりを進める好循環が生まれている。2030年までに1200名のアーティストやクリエイターの移住者受け入れを目指す別府市が、それまでにどう変わっていくか追いかけ続けたい。 

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別府駅から街に向かうと、最初に目に入るのがマイケル・リンによる壁画。
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梅田哲也の『O滞(ぜろたい)』。2020年の『in BEPPU』で発表され、今年の2月から期限を設けずに体験できるようになった。「TRANSIT」でラジオを受け取り、マップを手がかりに各地を訪れる。電波を拾うと、梅田が現地でのリサーチをベースに紡いだ音声を聞ける回遊体験型作品だ。
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『O滞(ぜろたい)』は海岸や山などにも展開するため、ゆっくり時間を使って周りたい。前日12時までの完全予約制で、ラジオは17時までに「TRANSIT」に要返却。
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市内の公共浴場「末広温泉」では、清島アパートに滞在していた大平由香理が壁画を制作した。男湯の様子。
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「末広温泉」の女湯。

 

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BEPPU PROJECTが運営する別府のまちのミュージアムショップ「SELECT BEPPU」。

 

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「SELECT BEPPU」2階を彩るのは、マイケル・リンによる襖絵。
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国本泰英『Scene』 別府で撮影した人影をモチーフに、50メートルに及ぶ壁画を手がけた。
 
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HITOTZUKI『Evidence Clouds』 SELECT BEPPUからほど近くに位置する「べっぷかんこうかい」という建物2階に壁画が描かれた。
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マイケル・リンが別府で見つけた柄が街に増殖するポスター作品は、BEPPU PROJECTが事務局を担う「混浴温泉世界実行委員会」が実施する『ALTERNATIVE-STATE(オルタナティブ・ステート)』の一環として制作された。タイトルは『温泉花束(Onsenbouquet)』。

BEPPU PROJECT

https://www.beppuproject.com/
https://transitbeppu.com/