日本発のジュエリーブランドTASAKIから、2021年にローンチされたラグジュアリーウォッチコレクション「フィオナ・クルーガー : TASAKI」。髑髏をかたどったケースなど、きわめて独創的なその時計は、いかなる発想のもとにつくり出されているのか。来日したデザイナー、フィオナ・クルーガーに話を聞いた。
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フィオナ・クルーガーという名前に聞き覚えのある人は、おそらく多くないだろう。しかし彼女は、腕時計の世界を見わたしても似たような者がほとんど見つからない、極めてユニークな才能と経歴をもつ時計デザイナーであり、クリエイターである。
スコットランドで生まれ育ったフィオナは、大学でファインアートを専攻した後、スイス・ローザンヌの州立美術学校(ECAL)に進み、プロダクトデザインとクラフトマンシップについて学び、知識を深めていったという。2013年に骸骨をモチーフとした時計「SKULL(スカル)」を発表し、自身の名を冠したブランドをスタート。伝統的な時計づくりにアーティスティックな感性を融合させたユニークな作品は、ありきたりでは満足できないコノシュアたちの蒐集欲に火を着け、瞬く間に人気となった。そして21年、日本のジュエリーブランドTASAKIとのコラボレーションがスタート。コロナ禍がようやく落ち着いた今年、そのプレゼンテーションのために初来日を果たした。
TASAKIは、真珠づくりで揺るぎないキャリアをもち、高品質のダイヤモンドジュエリーを得意とする日本オリジンのラグジュアリージュエラーだ。
近年はタクーン・パニクガルなど海外クリエイターとの協業に力を入れ、モダンで先進的なジュエリーを生み出している。また独立時計師との協業によるトゥールビヨンが話題を集めた「オデッサ」、ジュエリーのデザインを高級時計へ昇華させた「バランス」など、独自の美意識による腕時計のラインナップで知られている。
その両者が出合い、誕生したのが「フィオナ・クルーガー : TASAKI 」である。クルーガーのシグネチャーである「SKULL」「CHAOS(カオス)」というふたつのシリーズに、TASAKIによるマザーオプパールのダイヤルを採用した、贅沢かつユニークな時計である。
さて、このユニークな時計は一体どのように発想され、つくられているのだろうか。来日したフィオナ・クルーガーに聞くことができた。
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「フィオナ・クルーガー : TASAKI」を生み出した、ユニークな時計づくり
──今回の時計が生まれた経緯について、改めてお聞かせください。
クルーガー 時計をデザインするとき、私はそれが時計であることをあまり意識せず、むしろ時間という考え方を模索し、時というもののコンセプトを探っているような感じです。もともとファインアートを勉強していたので、絵画で筆やカンバス、クレイなどを使う代わりに、ねじやぜんまい、歯車などメカニカルなもので表現しているのだと思います。
元々は時計にまったく関心がなく、知識もありませんでした。機械への理解がなかったため、時計づくりに関しては当初、デザイン面から着目しました。ある時、授業の一環でジュネーブの時計博物館を訪れ、十字架や文字、昆虫、動物など、さまざまな装飾的なモチーフや技法が時計に使われていることを知ったのです。
歴史あるピースを見ると製造から200年くらい経っていても現代に通用する魅力がある。私も同じような考えでデザインに臨みたいと思いました。デザインにおいて自分のことを考えるのではなく、時そのものを探っていこうと思ったのです。
またビジュアルやシンボルは、普遍的なものだ思います。同じ言語が話せず、機械のことがわからなくても通じるものがある。この骸骨をモチーフとした時計「PETIT SKULL(プチ スカル)」は死生観を意味しますが、どんな人間でも本能的に感じ取れるものです。
(今回コラボレーションを行った)もう一方の「CHAOS」については、より科学的な見方でデザインに臨みました。時計がわからない人でも普遍的な意味が感じ取れるのではないでしょうか。例えば200年後、自分はもう生きてないと思いますが、このような時計が意味をもち、価値を提供するのだと思っています。
── モチーフを時計として完成させるまで、さまざまなプロセスがあります。あなたが描いたノートを拝見すると、ムーブメントのスケッチも描かれていますが、時計の構造的な部分もご自身で考え、デザインされているのですか?
クルーガー そうです。 デザインのプロセスはピンポンの試合のようなもので、はじめは自分ひとりで試合に臨みます。本能的に考えたクリエイティブな作品が実現できるものなのか、コンピューターのツールで検証します。最初は実際よりも大きなスケールで自由に描くのでエネルギーにあふれていますが、現実のサイズに落とし込んでいく際にクリエイションとして十分か、物足りないものになっていないかを確認します。その段階を終えるとまた次の試合が待ってますが、今度は私自身と製造を請け負うチームの試合になります。
職人の立場からどういったことが現実的に可能なのか、彼らがどんなテクノロジーを使い、どのように美しさを表現するのか意見を聞き、それをまたデザインに反映するのです。すなわち私の行うデザインとは、彼らとのコラボレーションによるものです。クリエイターとクライアント、サービスの提供者という関係性のものではなく、チームとしてデザインに臨んでいるのです。
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ユニークな時計を生み出す、思考のプロセスとテクニック
クルーガー 「CHAOS」のアイデアは、“時”を科学的な側面から理解しようとするところから生まれました。私が尊敬する物理学者によると、時は実際には存在しないものだそうです。一般の理解では時は常に前に進む一方向のものですが、秩序があるところから混沌、つまりカオスへと向かっていく流れも同じではないかと考えました。時計づくりは完璧を目指すものですが、カオスとのつながり、組み合わせが非常に面白いと感じたのです。こうしたアイディアを時計に取り込もうとした時、このスケッチにあるように中心から爆発するイメージが浮かび、それがシンボルとして「CHAOS」にふさわしいと感じたのです。
── スケッチを見ると、輪列の配置も描かれています。こういった時計の構造も考えていらっしゃるのですね。目に見えるクリエイティブな部分はもちろんですが、時計づくりの深いところまで理解してデザインしていることがよくわかりました。
クルーガー デザインしているとき、脳の中では芸術と技術のピンポンの試合が行われているのです。そして技術面での美しさも、私はデザインで表現したいと思っているのです。
── TASAKIとのコラボレーションの話に戻ります。今回のコラボはあなたにとってどういう意義があったのか、お聞かせください。
クルーガー 本当に多くの意義がありました。通常、デザインは自分だけで行うので、インスピレーションの源泉は自分自身です。今回はそれがTASAKIから生まれたということで、非常にクリエイティブでリッチな経験ができたのです。
── 針の先に付けたパールは、TASAKIの職人の作業を見てイメージされたと聞いています。デザインする前にTASAKIのものづくりを知る機会があったのでしょうか。
クルーガー はい。神戸の工房を訪問し、そのときに職人たちが真珠をより分け、糸を通す作業をしていたのですが、それが時計の針にパールを通すインスピレーションになっています。
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熟練の職人たちと行った、従来のルーティンにない技術的なチャレンジ
── ユニークで素晴らしい時計になったと感じてます。この時計を完成させるまでに難しかったこと、乗り越えるのに苦労したことがあったら教えてください。
クルーガー 色々なことがありますよ(笑) ファインウオッチで用いられる素材や技法は伝統的に同じものが踏襲されています。職人の方々は非常に高いスキルを持っていますが、同じことを繰り返し行っているわけです。しかし彼ら自身にもクリエイティブなスピリットがあるわけで、持っているスキルを示すようなチャレンジをしてもらいたい、そのチャンスを提供したいと思いました。どういったことが技術的に可能なのか、このコラボレーションを通じてチャレンジをしてもらったのです。
「PETIT SKULL」には文字盤に黒い線を描いたモデルがありますが、ロゴやインデックスを転写する際に用いるデカルクという技法があります。同じロゴを転写し続けるための技法で芸術的なテクニックではないのですが、今回はこの技法のレベルを引き上げて用いています。
── 興味深いお話です。ぜひ詳しくお聞かせください。
クルーガー 今回のコラボレーションでは、マザーオブパールをまっ白なキャンバスのように使いたかった。マザーオブパールには明るさやカラーといった要素がすでに備わっているので、対照的なものを加えたかったのです。たとえばこの写真、アンディ・ウォーホルの作品では、光と影をつくるためにハーフトーンが使われています。シルクスクリーンの時計版といえるものが、このデカルクなのです。単にプリントするのではなく、このグラフィックパターンで、グラフィカルかつ大胆にマザーオブパールを覆うことにしたのです。
クルーガー 技法的には極めてチャレンジングなのです。なぜ、スペシャルなのかといえば、他のブランドも含め、デカルクをこのように使ったことがないからなのです。マザーオブパールというのは極めて薄く、0.2ミリぐらいしか厚さがありません。ロゴの場合は軽く押し当てるだけで転写されますが、今回は十分な強さでプレスを掛けないと、文字盤全体に模様を写し込めません。しかし強すぎるとマザーオブパールが割れてしまう。弱すぎると模様が端まで転写されない。絵画と同じように縁の端までしっかりと模様を入れたかったのですが、これが非常に困難でした。
── 文字盤のベースがマザーオブパールで、そこにこの黒や白のパターンを載せているわけですね。
クルーガー これが可能となったのは、職人たちが20年以上の経験をもつベテランばかりだったからです。また、この作業は環境変化にも著しく左右されます。例えば職人がすべて最適にセットアップしても、天気が急変すればその変化に対応するため新たにやり直さなければなりません。温度もそうです。フィーリングによって作業を成功まで導く必要があるのです。また今回、本当に幸運だったのは、職人たちがクリエイティブな面をもっていて、自分たちの行っていること、美しいものをつくることが好きでたまらず、チャレンジ精神のある方々だったことです。
── 最後に、クルーガーさん自身は今後、どういった活動をされていくのでしょうか?
クルーガー 腕時計以外にも進めているプロジェクトがいくつかあります。壁掛け時計のような機械式のオブジェで、時を知らせる機能があります。こうしたプロジェクトを手がけていて面白いのは、それぞれ脳の違うところが使われると感じることです。私はいつも違うことにトライしたい。いろんなことを学び、その知識が後々活かせることがとても有益だと思います。
今回ラッキーだったのは、TASAKIからジュエリーのデザインも依頼されたことです。パズルのような、遊び心のある非常に面白いプロジェクトです。ジュエリーというのは非常に小さなサイズで彫刻をするようなもので、「SKULL」と「CHAOS」のモチーフを使って、遊び心を持って臨みました。どちらも強いイメージをもっているので、あまり多くを必要とせず、パールという素材にチャレンジできました。
── 興味深いお話をしていただき、ありがとうございました。これからの活躍を楽しみにしています。
自身のユニークなアプローチと、今回のTASAKIとのコラボレーションにおけるハイライトを詳らかに語ってくれたクルーガー。
腕時計の世界では、毎年数多くの新作が生まれている。しかし過去の成功をなぞったり、前例を踏襲したものが少なくないのが実際で、オリジナルの輝きを放つものは限られる。 今回のコラボレーションは、TASAKIという世界に誇るべきマスターと、クリエイティブなアプローチをもつフィオナ・クルーガーという才能が出合い、生まれたものだとわかるはずだ。ほかのどの時計にも似ていない、その精緻な仕上がりと類まれなる輝きをぜひ、ご自身の目で確かめてほしい。
問い合わせ先/TASAKI TEL:0120-111-446
TASAKI公式サイト