「大人の名品図鑑」デヴィッド・ボウイ編 #5
英国、いや世界を代表するロックスターのデヴィッド・ボウイ。1960年代から2010年代まで半世紀という長い期間に渡り、第一線でアーティストとして活躍した。その歌が、そのステージが、人々の心を揺さぶり、音楽というジャンルを超え、社会にまで影響を与えた唯一無二のスーパースターだ。今回はそんなデヴィッド・ボウイにまつわる名品を集めてみた。
デヴィッド・ボウイは第二次世界大戦の終結から1年4ヶ月後の1947年1月8日、イギリス・ロンドン南部の町、ブリクストンで生まれた。当時英国で流行っていたロックンロールやモダン・ジャズから影響を受け、ボウイは10代でサックスを手にする。やがていくつかのバンドに参加し、ステージに立つようになる。66年、そんなボウイの前に同じ名前をもつタレントが現れる。アメリカのザ・モンキーズというバンドにいた子役出身の歌手で、日本でも人気があったデイヴィー・ジョーンズがその人物。
実はボウイの本名はデヴィッド・ロバート・ジョーンズで、通称デイヴィーと呼ばれていた。アメリカで活躍するデイヴィー・ジョーンズとの混同を避けるために、名前をデヴィッド・ボウイに改めたのだ。『デヴィッド・ボウイ——変幻するカルトスター』(野中モモ著 ちくま新書 17年)によれば、「ボウイという姓は、アメリカの西部開拓時代の『アラモの戦い』でデビー・クロケットと共闘したことで知られる、ジム・ボウイおよび彼が愛用していたタイプのナイフ、その名もボウイナイフにちなんだものだ」と書かれている。さらに「デヴィッドは74年にウィリアム・バロウズとの対談でボウイナイフに言及し、『嘘やらそういったものすべてを切り裂く真実性を求めていた』と語っている」ともある。
やがてソロに転向したボウイは、何枚かのシングルをリリースした後、67年にファーストアルバム『デヴィッド・ボウイ』を発表。さらに何枚かのアルバムを経て、72年発表のアルバム『ジギー・スターダスト』でジギー・スターダストという別のペルソナ=人格を得たボウイは、ロックの頂点に立つアーティストへとジャンプアップする。同書によれば、この時期ボウイが参考にしたのは、71年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の傑作『時計じかけのオレンジ』で「ディストビア的な世界観にも、それを見事に表現する衣装や美術にも心を奪われた」と書いてある。ボウイは髪を染め、大胆なメイクと衣装で非日常性を極めた冒険的なスタイルで人々の気持ちをざわつかせる。
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早くからボウイが注目していたトム ブラウン
そして、70年代から80年代、90年代にかけてボウイは次々と世界的なヒットを連発し、自身のスタイルも変化、いや進化を続けることになる。ソニー・ミュージックのサイトにアメリカの『ローリング・ストーン』誌のボウイ評が以下のように掲載されている。
「ジャズ界におけるマイルス・デイビスのように、ボウイは自身のイノヴェーションを体現するだけでなく、文学、アート、ファッション、スタイル、性的欲求、社会的主張が一体化したイディオムとしてのモダン・ロックのシンボルとなった」
ある意味、デヴィッド・ボウイそのものが芸術のような存在だと言っている。
そんなボウイとの突然の別れがやってくる。2016年、彼の69回目の誕生日である1月8日に、通算28枚目のアルバム『★』(ブラックスター)をリリースした2日後の11日、訃報が世界中を駆け巡った。スターマン=デヴィッド・ボウイは星になったのだ。
ボウイのラストアルバムになった『★』がリリースされた時に発表された写真で、意外にもボウイはソフト帽にグレーのトラディショナルなスーツを着こなしている。そのスーツはニューヨークを代表するデザイナー、トム ブラウンがデザインしたもの。白のボタンダウンシャツにグレーのネクタイを合わせているところもトム ブラウン流。足元を見ると、彼と同じく、素足で黒のウィングチップのトラッド靴を履いている。
デヴィッド・ボウイを特集した『Pen』2017年2月1日号には「ボウイが僕のスーツを着たことよりも、彼に出会えたことがいちばん大切です。トレンドだけを追いかける人ではないからこそ、僕のスーツを選んでくれたのでしょう」と、トム ブラウンの言葉が載っている。
トム ブラウンはペンシルヴェニア州出身。ノートルダム大学卒業後、ロサンゼルスで俳優業を経験した後、2001年にニューヨークのウェストビレッジにある小さな予約制のオーダーメイド店を開き、5着のスーツでビジネスをスタートする。その後、メンズだけでなくウィメンズのプレタポルテやアクセサリーを展開、コンセプチュアルなランウェイでのコレクションを発表するまでになった。
彼のデザインのインスピレーションになっているのは、アメリカで50年代から60年代に見られた正統的なトラディショナルのスタイル。ボウイが着たグレーのスーツは彼の定番とも言える。ブランドのウェブサイトを見ると、2003年のチャリティイベント「ファッション・ロックス」でステージに立つボウイのためにスーツを仕立てたと書かれている。ステージで彼のスーツを着用する写真も残されているが、たぶんその時のものだろう。ファッションを先取りするボウイらしく、早くからトム ブラウンがデザインする注目していたことがわかる。
今回の「デヴィッド・ボウイ編」の第1回でも取り上げたように、意外にもステージでスーツも多く着こなしていたボウイ。ジョルジオ・アルマーニやエディ・スリマンといった、時代を象徴するようなデザイナーのスーツも先駆けて身に着けていたとも聞く。そんなスーツにおいてもトレンドセッターだったボウイが最後にたどり着いたのが、トム ブラウンのシンプルにして、トラディショナルなスーツ。なぜ、このアメリカの伝統的な要素を持つスーツをボウイは選んだのだろうか。それを知っているのは、空の星になったしまった彼だけなのかもしれない。
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問い合わせ先/トム ブラウン 青山 TEL:03-5774-4668