韓国の気鋭アーティスト、イーユン・カンが映像と音で表現する。ジャガー・ルクルトの“黄金比”

  • 文:中島良平
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イーユン・カンによる作品タイトルは『Origin』。プロジェクションマッピングによって3D動画彫刻を手がけた。

ジャガー・ルクルトが展開するプログラム「メイド・オブ・メーカーズ」。時計製造以外の分野で活躍するアーティストや卓越した職人たちとコラボレーションを繰り広げ、創造性のヴィジョンを分かち合うべく、2022年に始動した。その最新の取り組みとして、韓国出身のデジタルメディアアーティスト、イーユン・カンとのコラボレーションが発表された。

ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で博士号を取得し、同学の客員講師も務めるなど国際的に注目されるイーユン・カンは今回、ジャガー・ルクルトのアイコンとも呼べるモデル「レベルソ」にインスパイアされ、『Origin』と題する3D動画彫刻を完成させた。

ジャガー・ルクルトの2023年のテーマは「黄金比」。その意味を探るべく、スイスのジュウ渓谷に位置するマニュファクチュールを訪れた彼女は、その時の印象を「自然と完璧に共生する静かな美しさ」と表現し、こう回顧する。

「メゾンを訪れる前のアイデアはあまりに抽象的で、ほぼ形のないものでした。しかし、マニュファクチュールでの体験や、周囲の自然に浸り、つくり手であるウォッチメーカーや職人たちと話すなかでコンセプトが具体化し、最終的に黄金比の概念が自然と結びついてゆきました」

ケースの縦横をはじめ、さまざまなディテールが黄金比によるデザインで仕上げられた「レベルソ」。デザインコンセプトの精神をマニュファクチュールで体感し、イーユン・カンのコラボレーションワークが始まった。

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平面から空間へと展開したイーユン・カンの表現

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イーユン・カン⚫️ソウル大学で絵画を専攻し、卒業後にUCLAで学んだのち、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで博士号を取得。ヴェネツィア建築ビエンナーレや深圳ニュー・メディア・アート・フェスティバルなどの国際芸術祭などに参加するほか、ヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)でサイトスペシフィックな作品がパーマネントコレクションに加わるなど、デジタルメディアアーティストとして国際的に活躍する。

ソウル大学で絵画を専攻したカンは、どのようにデジタル表現へと向かったのだろうか。絵画を専攻しながら「絵画の平面性に限界を感じ始めていた」という彼女は、学士課程の段階で同時に映像とインスタレーションを学び始めた。

「時間と空間を用いて作品制作に取り組みたいと考えるようになったのです。絵画と並行して映像とインスタレーションを学び、ソウル大学を卒業してUCLAを経てロンドンに渡るのですが、RCAの修士課程でデジタル言語の習得に取り組みました。それが非常に大きなターニングポイントとなりました。デジタル表現の探究を続け、より深く学びたいと考えた結果、ニューメディアアートの博士号を取得しました」

絵画の平面表現、つまり色や描写が画面に固定された表現のその先を目指し、時間と空間を視野に入れた。メディアアートを学ぶうちに、ペインター的とも言える彼女ならではの視点で、デジタル表現を捉えるようになる。

「デジタル映像のプロジェクションや立体的な音響表現がもつ、特殊な物質性に私はとても惹かれています。なぜなら、時間と空間という次元において、多感覚的に自分のストーリーを展開できると考えているからです」

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世界が注目する韓国のアートシーン

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自然の法則をどうやって読み取るか。カメラを持って植物を収める時点から創作は始まっている。

カリフォルニアとロンドンで学び、博士課程を取得したRCAでは客員講師を務めるなど、西洋を拠点に活動を続けてきたカン。一方で、母国の韓国は、昨年、世界最大規模のアートフェアであるフリーズ・アートフェアがソウルで開催されるなど、現代アートシーンで国際的な注目が高まっている。この活況をどのように見ているのだろうか。

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自然の美しさを人の目が捉えたとき、そのひとつに黄金比が存在する。イーユン・カンはフィジカルなリサーチとデジタル技術の融合で表現を完成させる。

「私は文化の力をとても強く認識してきましたが、韓国は信じられないほどの文化的な発展を遂げてきたと感じています。映画、音楽、ファッション、アートといったジャンルにその発展は及んでいますが、そこには国際的な経済情勢や地政学、地殻変動など多様な要因が絡み合って作用してきたと言えます。また、現在の若い世代が、文化的コンテンツを生活における重要な部分と受け止めていることも非常に大きいです。アジアではコミュニティを重視する価値観から、個を重んじる方向へとシフトしており、そうした動きも韓国でアートへの関心が高まった背景として作用しているはずです」

韓国出身である彼女も牽引役のひとりとして、同国のアートシーンに少なからず影響しているのだろう。国際的な舞台であるジャガー・ルクルトの「メイド・オブ・メーカーズ」プログラムでのコラボレーションは、まさにそれを証明するものと言えるはずだ。

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「黄金比」を視覚化し、体験させる立体表現

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「完璧さ」「洗練」「調和」という点において、自然と芸術の間に違いは存在しないことを示唆する作品が『Origin』だ。

視覚と聴覚を融合し、体で感じる体験型インスタレーションを展開する制作プロセスについて話を聞くと、研究やアイデア出しを経て生まれてきた概念を言語化し、それを実現できるテクノロジーの選定とシステム設計へと展開するのだという。今回のジャガー・ルクルトとのプロジェクトでは、マニュファクチュールを訪れて「黄金比」の概念を肌で受け止め、具現化する方法を考え、制作へと展開した。

「『レベルソ』のデザインの重要な要素である黄金比とアールデコ表現に着目しました。装飾的な要素にフォーカスするのではなく、自然の生命パターンから読み取ることができる黄金比の起源を、『レベルソ』の根源的な美しさと重ね合わせて表現しようと試みたのです。

ジャガー・ルクルトと話し合い、このインスタレーション作品を多くの人がアクセスできるパブリックアートとして制作することにしました。3次元のLED彫刻というアイデアは、今回の特別展をパブリックなものにしたいという思いから生まれました。人々が昼夜を問わず鑑賞し、その周囲を歩くことで関われる作品を目指し、立体作品とすることで、動きという『レベルソ』を特徴づける要素も表現したいと考えたのです」

この体感型作品につけられたタイトルは『Origin』。自然界に存在する黄金比の対称性と、アールデコの幾何学デザインの本質との類似性を抽出し、ソウルの公共空間に3D動画彫刻として展開する。

「この作品が公共空間に展示されることで、ジャガー・ルクルトと時計を愛する人だけではなく、通りがかった多くの人々の目に触れることになります。作品を体験した人々が、『自然』『黄金比』『レベルソ』のつながりを見つけてくれることを強く願っています。完璧さという点において、自然、芸術、時計製造の伝統に違いはありません。さまざまな都市や文化的背景を持つ人々がこの作品に触れ、メッセージにどう反応するのかを見てみたいと思っています」

6月より韓国・ソウルでスタートした『Origin』の特別展示は今後、世界各地に巡回する。イノベーティブなメゾンとアーティストとの邂逅を経て、さらなる創造性を発展させる「メイド・オブ・メーカーズ」。これからの展開も見届けていきたい。

黄金比という自然の知性をどのようにデザインに落とし込むのか。そのプロセスが映し出された。

メイド・オブ・メーカーズ

時計製造以外の分野のアーティスト、デザイナー、職人たちとのコラボレーションを通じて、価値観と創造性のヴィジョンの共有、発展を目指し、2022年に始動したプログラム。時計製造の創造性を拡張するこの取り組みは、専門性や精度といったメゾンの基本原則を土台としながらも、情熱的でイノベーティブな表現者たちが探求する、予期せぬ素材や手法との邂逅を求めて繰り広げられている。プログラムを通じて制作された新作は、毎年ジャガー・ルクルトが世界各地で開催する展覧会で発表。来場者は革新的なアートやデザイン、テクノロジーと触れ合い、メゾンのスピリットを体感することができる。

https://www.jaeger-lecoultre.com/jp-ja/news/our-maison/made-of-makers

問い合わせ先/ジャガー・ルクルト TEL:0120-79-1833