デヴィッド・ボウイがステージでよく身につけたサスペンダー。理由は動きやすいから?

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一

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イエローをベースにネイビーのストライプが入ったサスペンダー。いかにも英国風だ。ボウイはこのサスペンダーをイエローのワイドパンツに合わせていた。デザインはボタンで留めるクラシックなタイプで、エラスティック素材が使われている。¥3,880/ブレイス オブ ケンティッシュマン

「大人の名品図鑑」デヴィッド・ボウイ編 #2

英国、いや世界を代表するロックスターのデヴィッド・ボウイ。1960年代から2010年代まで半世紀という長い期間に渡り、第一線でアーティストとして活躍した。その歌が、そのステージが、人々の心を揺さぶり、音楽というジャンルを超え、社会にまで影響を与えた唯一無二のスーパースターだ。今回はそんなデヴィッド・ボウイにまつわる名品を集めてみた。

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映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・ドリーム』に登場する彼のスタイルを観て特に印象に残ったのが、サスペンダーを身に着けてステージで歌っていたことだ。

デビューして間もない1970年代の若い頃から、キャリアを重ねた90年代、あるいは21世紀に入ってからもボウイは同じようにサスペンダーを愛用している。第1回で取り上げたカラースーツの中にサスペンダーを合わせたり、カジュアルなスタイルの時でもサスペンダーを使っていて、彼が好んだと思われる深い股上のパンツによく似合っているのだ。

サスペンダーはデビュー当時にスタイリングを務めていた最初の夫人、アンジーの薦めであったのか、あるいは衣装を担当したスタイリストが合わせたのかはわからないが、これだけ頻繁に登場するところから察すると、ボウイ自身もサスペンダーを気に入っていたのだろう。しかもボウイが使っているサスペンダーはボタンで留めるクラシックなモデル。たぶん彼の好みはこのタイプだったに違いない。

英国のファッションに詳しいポール・キアーズは、『英國紳士はお洒落だ』(飛鳥新社 92年)でサスペンダーを以下のように解説する。

「イギリスではズボン吊りのことを“ブレーシーズ”bracesと複数形で呼ぶ。“ブレス”braceは『締めつける』という意味がある。十八世紀に登場する初期の“ブレーシーズ”はバックスキンの乗馬ズボンを躯にフィットさせるための、まさに『締めつける』道具であった」

また同書によれば、ゆったりしたズボンを愛用していた労働者が使ったのは、ブレージーズよりも百年前にあらわれた「ギャロウズ(gallows)」で、このスボン吊りは背の部分がH型で交差するデザインだったらしい。これが18世紀になってX字型のクロススタイルに、そして現在のサスペンダーのようなY字型になったのが1850年ごろと解説されている。加えて初期のサスペンダーはボタンを使ってズボンに留めるのが普通で、素材もシルクや光沢あるサテンだったと書かれている。当時の紳士たちはこのサスペンダーに装飾を施したり、恋人に刺繍してもらい、“色男”を気取ったこともあったらしい。

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サスペンダーをつけるメリットとは?

本人もサスペンダーを愛用し、映画『ウォール街』(87年)でマイケル・ダグラスの衣装の製作を担当したアメリカのデザイナーのアラン・フラッサーは、サスペンダーについて以下のように語る。

「サスペンダーを使用すると、ズボンの前部も後部もほどよく吊り下げることが出来る。また、ズボンを形よく吊り上げるために、ウエストをきつく締めなければいけないベルトと違って、サスペンダーは快適である。サスペンダーを用いると、ズボンは体のまわりにゆるやかにおさまり、接触を感じるのが肩の部分だけである」(『男の服装学』アラン・フラッサー著 平凡社 83年)

サスペンダーを付けると、下半身は快適で、動きやすい。そういう意味ではステージで激しく動き回ることが多いボウイにとっては、とても役に立つアイテムだったのかもしれない。

余談だが、多くの男性がベルトを愛用するようになったのはいつごろからだろか。前述のアラン・フラッサーが書いた別の著書『アラン・フラッサーの正統服装論』(婦人画報社 88年)には、ベルトが一般化したのは19世紀後半に勃発した戦争で男たちが着用した軍服からと書かれている。「敵に対して自分たちを誇示し、脅威的に見せるために肩を強調し、ウエストを詰めた軍服が着られるようになり、この目的のためにはベルトの方が効果的だったのです」とある。長いメンズファッションの歴史からみると、ベルトが一般化するのはまだまだ最近のことなのだ。

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ボウイのステージ衣装を想起させるサスペンダー

今回、デヴィッド・ボウイが愛用したサスペンダーに似たモデルを探してたどり着いたのが、兵庫県尼崎市にあるブレイス オブ ケンティッシュマンというショップ。同店はサスペンダー以外にもポケットチーフ、ソックス、カフリンクスなど、英国的なメンズアクセサリーを中心に品揃えしているショップで、中でもサスペンダーは驚くほどのバリエーションがある。

日本では販売されているサスペンダーはクリップ留め、もしくはクリップとボタン留めが兼用になった「2in1」と呼ばれるモデルが多い。しかしこの店で扱うサスペンダーはボウイが愛用していたクラシックな6ボタン留めタイプが構成の99%を占めていると聞く。そういう意味でも日本では希少なショップだ。1820年創業の英国の老舗アルバート・サーストンを含め、外国とも直接取引していて、英国に依頼してオリジナルのサスペンダーまで製作している。

実は以前「大人の名品図鑑 ブラッド・ピット編」で、同店にあったクラシックなソックスガーターを紹介したことがある。ソックスガーターもなかなか日本では販売されていないアクセサリーだったが、英国的なアクセサリーを揃える同店にはそれが用意されていたのだ。今回もデヴィッド・ボウイのことを尋ねると、さっそく彼が使っていたサスペンダーと似ているモデルを紹介してくれた。

イエローをベースに濃いネイビーのストライプが入ったサスペンダーは、まさしくボウイが身に着けたモデルにそっくり。ボウイはイエローのパンツにこのカラーのサスペンダーを合わせ、胸元にはボウタイを、わざと絞めずに合わせてステージに立っていた。白いサスペンダーはボウイが若い頃、ストライプシャツに合わせていたサスペンダーに似ている。

その昔から英国紳士はこのサスペンダーをスーツの内側に隠すように身に着けていたが、ボウイはわざと見せつけるように、アクセサリー感覚で着けている。それもボウイらしいところではないだろうか。

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ボウイが好きなカラースーツに似合いそうなきれいな色のサスペンダー。留め具の色も白で清潔感が感じられる。これも英国のメーカーに発注したオリジナルのモデル。素材はエラスティックで伸縮性が身に着けやすい。各¥3,680/ブレイス オブ ケンティッシュマン
 

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1820年創業の英国の老舗、アルバート サーストンのサスペンダー。素材に使われているのはモアレ織りの生地で、眺める角度や光の加減によって変化する。留め具も通常のレザーではなく、組紐仕様でクラシック。同じようなサスペンダーをボウイはストライプシャツに合わせている。¥14,800/アルバート サーストン

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英国で1685年に創業されたトイ、ケニング&スペンサーに依頼してデザインしたオリジナルのサスペンダー。同社の特徴である菱形模様のバラシャ織りの生地(非伸縮)を採用した優美なモデルだ。同社は老舗アルバート サーストンに上級レンジのサスペンダー生地も供給している。各¥10,800/ブレイス オブ ケンティッシュマン

 

問い合わせ先/ブレイス オブ ケンティッシュマン TEL:06-6437-6422

https://www.rakuten.ne.jp/gold/auc-braceofkentshman/

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