縁結びの神様・川越氷川神社のパブリックマインドに学ぶ、“あるべき姿”への戻し方

  • 文:馬場未織
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「氷川の杜」夜景。

 

最近、縁結びの神様として有名な「川越氷川神社」に、大きな変化があったことを知っていますか?

四季折々のしつらえに愛と工夫とセンスがある「川越氷川神社」はこれまでも多くの人々を魅了してきましたが、今年3月、境内全体が「氷川の杜」として新しく生まれ変わったことでその魅力が倍増しになっています。

筆者は以前から何度も訪れていますが、先日新しい氷川神社を堪能し、これこそこの神社の“あるべき姿”だったのだなと実感しました。

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約2年半の境内全体の整備工事を終えたばかり。

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氷川会館建替えは山田宮司の悲願だった

もっとも大きな変化は、境内にある氷川会館の建替えです。

氷川会館は、氷川神社での婚礼行事を支える施設なのですが、新しい氷川会館がとても気持ちよく土地に馴染んでいるので、かつての建築を思い出せないほどです。旧氷川会館の写真と比較すると改めてびっくりします。

 

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旧氷川会館。地上4階地下1階の鉄筋コンクリート造。

旧会館は年間1000組もの神前挙式を行ってきた大きな施設でした。川越氷川神社第23代山田禎久宮司の父である先代が、恵比寿ガーデンプレイスのタイユバン・ロブションのような建築に憧れて計画したものだったそうです。しかし先代は完成を見ず52歳で急逝。当時大学生だった山田宮司が跡を継ぎました。

「建築は父そのものだと感じて尊重していましたし、時代のセンスなのだと理解はしていました。でも、この建築の大きさや商業的な佇まいは伝統的な神社の姿に相応しいのだろうか、という思いを抱え続けていました」

山田宮司の年齢が父の生きた52歳に到達した3年前、この会館を守る務めは果たし終えたと判断し、彼は氷川神社を“あるべき姿”に戻す整備計画に着手したのです。

 

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新会館は地上2階建て。若々しい木立の間から垣間見える。


入り口から見ると平屋のように見えるのは、土地の高低差を利用して建物部分をさらに掘り下げて建てているためです。「以前の建物は神様より高い位置で、神職としては違和感が拭えなかった。ようやく、どこにいても低くなりました」と、山田宮司は安堵の表情を浮かべます。

また、建材には埼玉県西部で生産される西川材など国産材を使用。設計者の共和木材建築設計室・馬場崇氏は「地域のさまざまな関係者や専門家が力を出し合うことでこの計画を進めることができた」と強調します。

「川越は江戸時代から埼玉県西部地域の物産の集積地。ウッドショックなどで資材入手困難な時期の工事でしたが、日頃から交流のあった生産者、流通業者、施工者、設計者間の連携プレーが叶いました」

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氷川会館2階ホール。春には川沿いに咲き乱れる桜に圧倒される。

 

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氷川会館2階テラス。

 

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エントランスホールのカウンターは銅板を1枚1枚丁寧に組み合わせた亀甲張り。建物の随所にこうした精緻なデザインが施される。「地域の職人の技がアーカイブされる建築になったのでは」と馬場氏。

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神社は地域のパブリックスペース

「氷川の杜」として整えられた境内を歩き回ると、訪れる人々の過ごし方にも変化をもたらしていることに気づきます。
腰をおろしてホッとしたいポイントにちょうど東屋や待合があり、三々五々にくつろいでいる、という風景はまるで公園のようです。氷川会館まわりには井戸水を汲み上げてつくられた小川が流れ、新河岸川へと視線が抜けていきます。

また、会館1階の通り庭と待合は、フリースペースとして開放する予定だそうです。
婚礼行事のための贅沢な建築を、ふらりと訪れる誰もに等しくひらいていることに心打たれます。

「そもそも神社は、地域住民がみんな氏子。地域の人々に使ってもらってこそ場所の魅力が立ち上がってくる。お参りのあとにくつろいでもらえるのは本望。多くの人が訪れることで神社の神様の力が増すのです」。

そうか、ここは誰もが“居ていい”場所なんだ。

この惜しみないひらかれ方を体感することで、訪れる人々もホッと息がつけて、他者との縁を大事にできる心のゆとりが生まれる気がします。

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フリースペースから新河岸川を眺める。旧会館は川に背を向けていた。川越にとって、川のある情景を取り戻した意味は大きい。

 

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 お弁当を食べたり、おしゃべりをしたり、川を眺めたり。

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川越氷川神社がふたたび、森を蓄える

この整備工事では、既存の樹木は1本も伐採せず、さらに新しい木々が植えられました。令和2年秋にどんぐりを拾い、2年かけて苗木を育て、最近こどもたちとともに植樹したばかりとのことで、若々しい木立が涼しげに映えています。

造園計画は東京農業大学客員教授・濱野周泰氏が手掛けました。濱野氏は、明治神宮の森を造営した上原敬二氏の甥にあたります。枯れていく木の存在意義も含めて植林を考えた明治神宮と同様の思想でつくられたランドスケープだそうです。

「神社とは神の社(やしろ)、まちのはずれの山の中にいる神様の居場所です。神様は、お神輿に乗ってお祭りの時だけ出てくるんですよね。万葉集では社と書いて“もり”と読む例があります。
つまり、いつも神様のいる場所に森を蓄えることは、本来の姿に戻しているということなのです」

 

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50年後、100年後まで、みんなが愛着を深める杜となるように。

慌ただしい日常の中でほんの1日、半日、数時間という自由が手に入った時。

川越氷川神社を訪れて、自分自身を取り戻すような安らいだひとときを過ごしてみてはどうでしょうか。

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川越氷川神社

埼玉県川越市宮下町2-11-3
電話:049-224-0589
www.kawagoehikawa.jp

 



馬場未織

建築ライター、NPO法人南房総リパブリック理事長、neighbor運営、関東学院大学非常勤講師

1973年東京都生まれ。日本女子大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2007年より「平日東京/週末南房総」という二拠点生活を家族で実践。2012年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市職員らとNPO法人南房総リパブリックを設立。里山学校、空き家・空き公共施設活用事業、食の二地域交流事業、農業ボランティア事業などを手がける。2023年よりケアのプラットフォームneighbor運営。著書に『週末は田舎暮らし」、『建築女子が聞く住まいの金融と税制』など。

Twitter / Official Site

馬場未織

建築ライター、NPO法人南房総リパブリック理事長、neighbor運営、関東学院大学非常勤講師

1973年東京都生まれ。日本女子大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2007年より「平日東京/週末南房総」という二拠点生活を家族で実践。2012年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市職員らとNPO法人南房総リパブリックを設立。里山学校、空き家・空き公共施設活用事業、食の二地域交流事業、農業ボランティア事業などを手がける。2023年よりケアのプラットフォームneighbor運営。著書に『週末は田舎暮らし」、『建築女子が聞く住まいの金融と税制』など。

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