2017年当時のインタビューから見える、直木賞受賞作家・小川哲の素顔。書き下ろし小説『最後の不良』の裏で考えていたこととは?

  • 写真:後藤武浩 文:Pen編集部
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第168回直木賞を受賞した小川哲。小川がPen2017年11月1日号「SF絶対主義」特集内で書き下ろした『最後の不良』は、2010年代後半の大きなトレンドとなっていた「ノームコア」的価値観に支配された世界を舞台とする物語だった。当時、小川が作品を通して世の中になにを伝えたかったのか、その記録を公開する。 

いわゆる「不良」が減っているのは、ノームコア的価値観の影響かもしれない。

小川哲(おがわ・さとし)●1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビュー。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。2023年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『君のクイズ』(朝日新聞出版)がある。

──今回の書き下ろし小説は、“究極の普通”と訳される「ノームコア」が進んだ社会が舞台ですが、ここ数年でファッションの世界に定着したノームコアに対して、違和感があったのですか?

小川 ノームコア的な考え方って、「お洒落しようと意識すること自体がお洒落じゃない」ってことだと思うんですよ。でもそれって、実は大変なことなんです。社会学者のピエール・ブルデューが「趣味のよさは差異に表れる」と主張していますが、他人と異なる服装をしたり、他人と異なる音楽を聴いたりすることが趣味のよさにつながるというのです。でも、そこにノームコアの思想が入ると、みんなシンプルで機能的なものを求めて、他人との差異がなくなる。パンツ幅も太いのや細いのが実用的じゃないからって同じ幅に落ち着いてしまう。そんな価値観が社会に蔓延すれば、流行がすべてなくなってしまいます。「竹の子族」とか「アムラー」とか、時代を斬り取るファッションのキーワードが最近は見つかりづらくなっているのかもしれません。僕もノームコア的な装いをしますが、求める価値観が「機能性」や「シンプル」で均一化してしまう、それはそれで気持ち悪いように思います。

──お洒落や流行と関係なく思える「不良」を主人公にしたのはなぜですか?

小川 ノームコアと真逆の存在のわかりやすい例として、不良を挙げました。不良は人と違うことを求めて派手な装飾を好みますよね。本作の中でも触れましたが、不良は目立ちたくて不良になったはずなのに、学校という総体の中で「不良」として記号化され、単一化される。流行も同じで、お洒落に敏感な最先端の人たちは他人と異なる装いをしているのに、しばらくすると、その装いが大衆の共通項となって画一化してしまう。不良—学校の関係性と、流行をつくり出す人—流行を追いかける人の関係性とがパラレルになると思い、本作の題材に選びました。

最近、いわゆる「不良」が数として減ってきているように感じますが、それもノームコア的な価値観が影響してるのかな、と。いまはシンプルであることがステータスだから、悪っぽいこととか目立つことが格好いいっていう価値観が崩れてるんじゃないですかね。悪いことが格好いい、なんて思うのは歪んでいるのかもしれません。だけど、それによって文化の一つの側面が失われつつあるとは思います。

──「価値観の均一化」という問題を、なぜSFで描こうとしたのですか?

小川 SFにすることで、極端な状況を設定できるじゃないですか。そうすることで、実は身近に起きているのに読者が気づいていない問題にも、気づかせることができます。それがSFのもつ力じゃないかと僕は思っています。

デビュー作『ユートロニカのこちら側』では、情報管理社会が極限まで進んだ状態を描き、最新作『ゲームの王国』では、現実世界を「ゲーム」と置き換えることで、規則とは何なのかを考えさせる狙いがありました。そもそも規則がなぜ存在しているのか、なくなった場合どうなるのか、といったことは考えませんよね。現実社会では規則って曖昧だったり、恣意的に運用されることもありますが、ゲームだとルール違反できないし、した場合はペナルティを科される。物語の舞台をクメール・ルージュ時代のカンボジアからはじめたのも、その時代の規則っていうのが極端だったからです。違反すると処刑されるし、運用する側も誤ると処刑される。ある意味ゲーム的ですよね。

僕の作品はいまのところまだ2作しかありませんが、どちらも現在からそこまで遠くない未来の話で、王道なSF作品とは感じられないかもしれません。ですが、現実と地続きの世界の中でも、ありえない状況を設定することで、読者の常識を覆えそうと試みています。日頃SFを読まない人にこそ、そんなSFの仕掛けを愉しんでもらいたいです。

6つの発言から、小川哲を知る。

自身がふと疑問に感じたことや、身近に起こりつつある問題を作品に落とし込む小川。インタビューの中で触れられたなにげないエピソードからは、そんな彼の素顔を垣間見ることができた。以下に6つのエピソードを紹介する。

「ラグビー部を辞めて、人生が変わった」

辛い練習に耐えられず、ラグビー部を高校1年で退部。なにかを辞めた、初めての経験だったそう。「追い込まれたら辞めればいいと気づいた、社会から外れた瞬間です」。後に会社員ではなく作家の道に進むことになる。

「ワンクリックで、済ませるって怖い」

「以前は何軒も店を回って服を買うのが楽しかったのに、最近はネットショッピングに流れてしまって」と小川さん。お洒落に金や時間をかけることがなくなってしまうのではという危機感も、本作を書く動機のひとつとなったそう。

「しんどい本を読めば、なにか起こるかと」

「18歳から23歳頃までは、世界文学のように難解なものばかり読むことでなにかが起こると信じ、娯楽小説を読むことを禁じていたんです」だがやがて、人間はそんなに単純に変わらないことに気づいたという。

「電子音が好きで、書名もそこから」

電子音が好きで、仲間うちのイベントでDJも務める小川さん。「音楽が文章のリズムに影響を与えているかも」と話します。デビュー作『ユートロニカのこちら側』タイトルの由来は音楽ジャンルのエレクトロニカから。

「SFになることも、ならないことも」

小川さんが読書で興奮するのは、自分の中の常識が覆された瞬間。そんな驚きを最も提供しやすいのがSFだ。「読者を興奮させるものを書きたいので、話の流れとしてSFになることが多いですが、ならないこともあります」

「筒井康隆で、開眼しました」

小川さんが初めて面白いと感じた小説は、中学1年生の頃に読んだ筒井康隆の『農協月へ行く』。農協職員が月に行って異星人と仲良くなるという話だが、登場人物の厚かましい性格に思わず笑ってしまったとか。