『ベイビーブローカー』(是枝裕和監督、2022年)への出演で注目を集めたペ・ドゥナが出演する青春映画『子猫をお願い』が、4Kリマスター版としてスクリーンに帰ってきた。
チョン・ジェウン監督作。韓国では2001年に公開され、日本では2004年に劇場公開された。当時、映画評論家の蓮實重彦が「映画の歴史を揺るがせる希有の処女作」と絶賛。小説家の金井美恵子も賛辞を贈るなど、国内外で高い評価を受けた。
本作は高校を卒業してすぐ、20歳になったばかりの5人の若い女性たちの群像劇だ。
ヘジュ(イ・ヨウォン)は証券会社で忙しく働いている。芸術の才能があるジヨン(オク・チヨン)は海外で勉強することを夢見るが、厳しい家庭環境の中で苦労がたえない。双子のピリュとオンジョ(イ・ウンジュ&イ・ウンシル)はいつも明るいムードメーカーだが、華僑というバックグラウンドを持つ。心優しいテヒ(ペ・ドゥナ)は、脳性まひの詩人のもとにボランティアとして通っている。
ジヨンはある日、子猫を拾い、ティティと名づける。ティティが5人の人生に入り込むうち、それぞれの人生は思いがけない方向に進んでいく。
舞台は1990年代末から2000年代初めの韓国である。「ガラケー」真っ盛りで、登場人物たちはメールのやり取りをしている。彼女たちはいまでは仁川国際空港のある仁川に住んでいるのだが、まだ当時は空港が建設されている途中だ。韓国経済が機能不全に陥った「IMF危機」(1997年)からもほとんど時間はたっていない。不況から次第に立ち上がり、開発されていく韓国の様子と、彼女たちの人生の対比が鮮明だ。
本作には等身大の韓国が描かれている。発展途上の韓国の様子は生々しいリアリティに溢れる。バスの車内で歯ブラシを売る男性。こちらを睨みつけるホームレスの女性。あの頃の韓国がドキュメンタリーのように、そのまま記録されているようだ。
特に、ジヨンの描写が凄まじい。留学を夢見るが、家庭は貧しい。テヒからはお金を借りている。両親はおらず、祖父母と住んでいるのは、今にも床が抜け落ちてきそうなバラック建ての2階建てだ。高校時代の成績はよかったが、仕事は見つからない。面接を受けても「100メートル何秒で走れる?」「昼にも酒が飲めるか?」などと聞かれ、相手にされない。「経理をするには両親が身元保証人でないといけない」と言われ、面接は落とされる。ジヨンは髪の毛を金髪に染め、次第に塞ぎ込んでいく。ある悲劇が訪れるのだが、言葉を失うほどの描写だ。
仕事のないジヨンとは違って、ヘジュは証券会社の一般職として忙しく働いている。仁川からは離れ、きらびやかなソウルに移り住む。仁川への電車の中は「豚カルビの臭い」がして嫌だった。ジヨンとは価値観が合わず、仲違いする。「昔の親友なんて関係ない、大事なのは今よ」と言い放つ。ブランド物を身に着け、新しい服を買い込む。ソウルでの生活は「常に緊張してなきゃダメ」で、「少しでも欠点を見せたら切り捨てられる」。若く美しい事務職としてチヤホヤされるのは1年目だけで、新人が入ってきたらお茶汲み役として使われる。そして、証券会社で働く日々にやがて疲弊していく。
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ペ・ドゥナは本作の演技が認められ、第38回百想芸術大賞最優秀女優賞を受賞。女優として飛躍するきっかけになった。慣れないお酒に酔い、タバコを吹かすシーンは、大人の仲間入りをしたい20歳という年ごろをよく表している。高校を卒業し、次第に疎遠になっていく友人たちをつなげようとするが、それぞれの人生が分岐し始めていくのが切ない。お人好しで友達思いのテヒという役を自然体で演じつつ、印象的なセリフも多い。ジヨンに対して、「じゃあ今あんたが大事なのは何?」と問いかけるシーン。あるいは、父親に対して「殴るだけが暴力だけじゃない。これも人権無視の暴力よ」と言うシーン。セリフの一言一言が心に残る。
チョン・ジェウン監督は今回の公開に合わせ、次のように語っている。
「今でもそうですが、この映画の制作当時、若い女性たちが主人公の映画がほとんどありませんでした。そうしたことが私に火をつけたような気がします。私は高校を卒業した二十歳の女性たちがどうやって社会生活を始めるのか、また、そうしたことによる友人関係はどうやって変化していくのかを見せたかったのです」
本作は何度見ても新たな発見がある映画だ。新しくなった4Kリマスター版をぜひ劇場で見てほしい。
『子猫をお願い』4Kリマスター版
監督/チョン・ジェウン
出演/ペ・ドゥナ、イ・ヨウォン、オク・チヨンほか
2001年 112分 韓国映画 12月17日よりユーロスペースほかにて全国上映中。
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