赤井英和・佳子夫婦が語った、赤井家の夢とは。「映画『AKAI』はシルベスター・スタローンへのラブレター」

  • 写真&文:韓光勲

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赤井英和さん家族には夢がある。映画『ロッキー』の続編シリーズに親子で出演することだ。「今回の映画『AKAI』は息子からシルベスター・スタローンへのラブレターなんです」。舞台挨拶で来阪した赤井英和さんと妻・佳子さんに話を訊いた。

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映画『AKAI』は11日から全国で公開中。ボクサー時代の試合映像や映画『どついたるねん』(1989年、阪本順治監督)の映像を使い、赤井英和さんのボクサーとしての軌跡を振り返るドキュメンタリー映画だ。

英和さんとボクシングの出会いは突然だった。浪速高校を受験した翌日、喫茶店でたばこを吸う先輩から「学校の食堂の前に来い」。気づけば、マウスピースを洗ったり、洗濯をしたり。入学前からボクシング部の雑用が始まった。

高校1年の夏休み頃まで雑用をしたあげく、急に「試合に出ろ」と言われた。練習もせずに出た試合で連勝。大阪代表として国体に出場した。

本腰を入れ始めたのは高校2年のとき。五輪代表候補との試合が決まり、2か月間、ひたすら左ストレートの練習をした。左腕が腫れるまでサンドバックを叩いた。試合に見事勝利し、のちにインターハイ優勝も果たした。

近畿大に入学後、プロに転向した。アマチュア時代は相手と距離を取ってポイントを稼ぐアウトボクサーだったが、「どついて倒す、客に魅せるボクシング」に変えた。「浪速のロッキー」と呼ばれるようになり、テレビや新聞はこぞって取り上げた。大阪中が「浪速のロッキー」の快進撃に酔いしれた。世界戦には負けたが、「次は勝てる」という手ごたえを感じた。

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©映画『AKAI』製作委員会

しかし、次第にボクシングに集中できなくなった。「いくら勝っても、ジムは4畳半で狭いまま。自分の知らないところで大きなお金が動いて、搾取されている気分だった。『もうやってられへんな』と思ってボクシングを辞めたかった」。そんな状態で迎えた試合で敗れ、大けがを負った。

だが、深刻な状況でも、英和さんには持ち前の明るさがあった。開頭手術で頭蓋骨を外し、頭は脳みそに皮が張った状態。頭を手で触り、何度も嘔吐した。見舞いに来た友人には「これ脳みそやねん。触ってみ」と笑わせた。「脳みそは触ったらぶにゅってするねんで」。当時を笑って振り返る。

引退後、母校の近畿大で3年間、コーチとして働いた。そのころ、高校の先輩、笑福亭鶴瓶さんから「お前の人生おもろいから本書いてみいや」と提案された。「小学生以来、鉛筆持ってへんけど大丈夫かいな」。放送作家の助けもあり、自伝本を出版。すると、阪本順治さんから連絡があり、映画『どついたるねん』の製作が決まった。

初めての俳優業。右も左も分からなかった。「ここは10倍テンションあげろ!」。監督の指示に必死に食らいついた。急激な減量にも耐えた。1989年2月~3月の約1か月間で撮影され、4月末には公開された。単館上映だったが、VHSがよく売れた。現在でも「『どついたるねん』のファンなんです」と声をかけられる代表作となった。俳優業はすでに30年、すっかりベテラン俳優となった。

今回の映画『AKAI』では、映画『ロッキー』シリーズの音楽が使われている。監督の赤井英五郎さんがシルベスター・スタローンの公式サイトからメールを送るなど、熱意がみのり、作曲家のビル・コンティ事務所からの使用許可にこぎ着けた。佳子さんは「なんで許可してくれたか理由は分からない。思わずガッツポーズしました」。音楽に映像を当てはめる形で編集し、本家の『ロッキー』さながらの試合シーンが実現した。

近年は、佳子さんのTwitterで見せる愛らしいキャラクターが人気を呼び、書籍化もされている。各地で舞台挨拶をする中でも、「Twitterを見ています」と声を掛けられることが多くなった。英和さんは「自分ではTwitterの見方も分からんのやけどね。勝手に撮られているねん」と話す。

監督の赤井英五郎さんは現役のボクサーとしても活動している。9月27日にはミドル級新人王をかけた試合を控える。

佳子さんによると、英五郎さんには一つの「野望」がある。映画『ロッキー』の続編である『クリード』シリーズに出演することだ。シルベスター・スタローンがトレーナー役として出演する『クリード』に、「浪速のロッキー」である赤井英和さんがトレーナー役、息子である英五郎さんがボクサー役として出演したいのだという。

英和さんは「今回の映画をスタローンに見てほしいね」。佳子さんは「今回の映画は英五郎からスタローンへのラブレターなんです」と語る。「浪速のロッキー」と本家「ロッキー」の共演。家族の大きな目標だ。

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