「映画を盗むな」の広告がむしろ海賊行為を増やしている 仏研究

  • 文:青葉やまと

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過剰なマナー広告は逆効果? Wpadington-iStock

<映画の盗撮と不正流通は深刻な問題だが、その対処は一筋縄ではいかないようだ>

デジタル技術の発達に伴い、いわゆる海賊行為が映画業界に深刻な打撃を与えるようになってきた。映画館で上映中の作品を密かに撮影する、あるいはストリーミングで配信された画面を録画するなどの手法により、不正に作品に複製し再流通させる行為だ。

このような問題行為は著作権法に抵触するだけでなく、業界の収益性を損ね、新たな映画作品が生まれにくい環境を作り出してしまう。手を焼く各国の映画業界は、上映前に不正行為防止を呼びかけるCMを上映し、モラル向上を訴えてきた。日本の映画館では必ずといっていいほど「NO MORE 映画泥棒」のマナーCMが流れているほか、アメリカやイギリスなどでも過去にDVDの冒頭に公共広告が挿入されていた。

しかし、こうした広告を頻繁に流しすぎると、かえって海賊行為を行いやすい心理状態を生んでしまうことがあるようだ。行動経済学の観点からの課題として、フランスの学者たちが論文を発表し問題提起している。

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ハリウッド映画に添えられたメッセージが逆効果に

論文はフランス・リヨンに位置するESSCA経営大学院のジル・グロロー博士(経済学)らが著した。今年7月、社会学の学術誌『ザ・インフォメーション・ソサエティ』のオンライン版で公開されている。

グロロー博士は行動経済学の観点から、海賊行為の禁止を繰り返し呼びかけることの危険性を指摘している。逆効果となっている代用的な例が、過去にハリウッド製作のDVDに用いられていたキャンペーンだ。

アメリカでは2000年代にDVD作品を購入すると、冒頭に『Piracy it's a crime(海賊行為は犯罪です)』の公共広告が挿入されていることが多かった。当時としてはスタイリッシュな1分間ほどの映像を通じ、若者が映画を不正にダウンロードする様子が描かれている。

また、CMは字幕を通じ、「車を盗んだりカバンを盗んだりはしないと思うが、映画を盗むこともないようにお願いしたい」という内容のメッセージを主張している。

しかしグロロー博士らは、こうした啓発映像を頻繁に目にすることで、視聴者らは海賊行為に対して徐々に垣根の低さを感じるようになると指摘している。多くの人が海賊行為を行なっているとの認識が広まるため、この広告は「逆効果であり、海賊行為を助長する」と博士らは述べる。

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特定の行為を禁じれば、それが頻発していると明かす結果に

この効果をより具体的に説明するため、論文では、アリゾナ州のペトリファイド・フォレスト国立公園の事例を取り上げている。

樹木の幹がそのままの見た目で化石化している同地では、広大な敷地内に点在するこうしためずらしい化石を持ち去る例が相次いでいた。だが、持ち去り防止を呼びかける看板を公園管理者側が設置したところ、かえって持ち去り事例が増加したのだという。

ほかの人々も持ち去り行為を行なっているのだと間接的に告知することで、かえって不法行為への心理的障壁が下がってしまったためだと考えられている。博士たちは映画の海賊行為についても同様であり、過剰なマナー広告は逆効果だと指摘している。

このほかの観点として、『海賊行為は犯罪です』のキャンペーン広告では、車の窃盗と比較した点もよくなかったようだ。映像中に流れる「You wouldn't steal a car(車を盗むことはない)」とのキャッチーな文章が話題となり、ネットでは数多くのパロディ画像が流通した。ある画像には「車をダウンロードすることはない」と書かれており、映画と車を同列に語ることのナンセンスさを仄めかしている。

人々の反応からも明らかなように、車や鞄の窃盗などの犯罪行為と並べて論じることは悪手だった。論文は、映画の盗撮・配布行為が比較的カジュアルな犯罪であるという誤った印象を与えてしまったと論じている。

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キャンペーン広告自体が海賊行為をしていた

なお、英米共同製作のこのキャンペーンは話題となり、マナーの周知という意味では成功を納めた。しかし、同時に大きな矛盾をはらんでいた。

豪ABCなどが報じたところによると、著作権侵害の防止を訴えるこの映像において、BGMが著作権を侵害していたことが判明している。製作側は否定しているものの、2006年にオランダの作曲家が国内のマナー広告に使う条件で作曲した音楽を、契約の範囲を超えて英米で無断使用していたとの指摘がある。

グロロー博士らの論文は映画のほかにも、ソフトウェアや音楽などの不正コピー防止メッセージについて、同様に過剰な公共広告は逆効果だとしている。あってはならない海賊行為だが、その撲滅は一筋縄ではいかないことを改めて示す研究となった。

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青葉やまと

フリーライター・翻訳者。都内大手メーカー系システム会社での勤務を経て、2010年に文筆業に転身。文化・テクノロジー分野を中心に、複数のメディアで執筆中。本業の傍ら海外で開かれるカンファレンスの運営にも携わっている。

※この記事はニューズウィーク日本版からの転載記事です。

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