ロンドンでまさかの40度超え、英国で感じる暑さとは?

  • 文:ラッシャー貴子
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英国でも夏にスイカを食べるけれど、ほとんどがスペインなどヨーロッパ大陸からの輸入品だ。写真 iStock-chameleonseye)

 今年は英国も暑い夏になっている。6月から30度近い気温が続いていたが、7月18日、19日の2日間はギラギラの太陽のもと、なんと40度を超える厳しい猛暑に見舞われた。2日めの19日に各地で観測史上最高気温が更新されて、イングランド東部のリンカンシャーの最高気温は40.3度、ロンドンでも郊外のヒースロー空港で40.2度、北部のスコットランドでも34.8度を記録したのだ。「夏なのに寒いよね〜」という定番の自虐ジョークがあるこの国で、40度を超える日が来るなんて!

 この猛暑の訪れは地球温暖化の影響ではあるけれど、直接の原因はアフリカからの熱波が南ヨーロッパを通って英国に達したうえ、高気圧がすっぽりと英国上空を覆ったことだった。数日前から生命の危険さえあるという予想が出て緊急事態が宣言され、流れてくるニュースも世間話もこの話題ばかり。学校が臨時休校になったり、自宅勤務がますます奨励されたりしたこともあって、なんとなくホリデー気分になって、「猛暑祭り」でもするような雰囲気だった。

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BBCロンドンのインスタグラム投稿より、猛暑の2日間を過ごすロンドンの人々の様子。海やプールや街で夏を満喫する人も多かった。もともと太陽が出ると、春先でもできるだけ肌を出して日光を浴びる人たちだ。日焼けしていた方が(頻繁にホリデーに行く余裕があると扱われて)ステイタスが高いこともあるけれど、もしかしたら日照時間が極端に短くなる冬の分もビタミンDを蓄えておく生活の知恵なのかも、とも思う。とはいえ、さすがにこの猛暑の2日間は、真冬でない限り晴れた日には必ず共有の庭で日光浴をするご近所さんでさえ、「暑くて外にいられない」と言っていた。

猛暑に向かう数日間、メディアではさかんに熱中症対策や涼しい過ごし方のアドバイスを伝えていた。「水分を摂る」「むやみに外出しない」と項目が続くなかで、「日光や熱風を避けるため窓もカーテンも閉め切る」というところで目が止まった。カーテンを閉めて日光を遮るのはわかるとして、窓まで閉めたら風が通らなくてかえって暑いのでは?

 気になったので、猛暑祭りの2日間、家のカーテン(わが家はブラインド)は閉めたまま、窓を開けたり閉めたりしてどちらか涼しいか実験してみた。閉めていた窓を開けると、とたん熱風がむわっと部屋に入り込んできた。まるでオーブンの扉を勢いよく開けた時のようで、思わず顔をそむけてしまった。これなら窓を閉めていた方がずっとましだ。アドバイスは正しかったのだ。ベストな方法は、朝のうちに窓を開け放って冷気を取り入れ、その後で閉め切って、日中は扇風機で室内の空気を動かすことのようだ。

 この2日間、わたしはアドバイスにしたがって夕方まで外に出ず、室温31.5度のうす暗い部屋で過ごした。外の気温はおそらく38度くらい。日本の妹にもらってきた携帯用の扇風機や保冷剤がずいぶん活躍してくれたけれど、さすがに仕事がはかどる環境ではなかった。後で冷房の効いた映画館やショッピングモールに行ってきたという賢い友人の話を聞いて激しく後悔した。仕事をするなら図書館やカフェに行ってもよかったのに。

 さて、そろそろ皆さんお気づきでしょう。そうです、英国では冷房があまり普及していないのです。ヨーロッパ全体にそうじゃないかと思う。この数年でこそ気温が上がっているけれど、それまでは必要がなかったのだから。英国で冷房が入っているのは商業施設やオフィス、新しい建物くらいで、一般家庭にはエアコンはほとんどないし、冷房のついていない車もまだまだ多い。だから、暑い場所が多い。

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 ロンドンを走る地下鉄やバスも、冷房装置があるのはほんの一部だ。地下鉄の構内もホームも地下深く潜っていくエスカレーターも、もちろん車内にもエアコンがないので、夏の地下鉄は蒸し風呂のようになる。夏の地下鉄のホームは50度ぐらいになるという都市伝説がまことしやかに語られるほどだ。

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夏になると毎年、ロンドンの地下鉄には「暑い時には飲み水を持って乗りましょう」というゆるい解決策を示すポスターが出る。これは今年のポスター。バスはともかく、世界で初めて1863年(159年前!)に誕生した地下鉄では、すでにある設備にエアコンを取り付けるのが難しいと聞いたこともある。筆者撮影

 そうは言っても、湿度が低いから日本より楽でしょう? と思われるかもしれない。確かにヨーロッパは空気が乾燥していて、7月19日で比べてみると、ロンドンは気温38度、湿度18%、東京は気温34度、湿度74%だった。けれでもたとえ湿度が低くても、暑いものは暑い。日本の暑さをよく(スチーム)サウナに例えるけれど、英国の暑さは、先ほどの窓の例で挙げたように、まるでオーブンの中にいるようだ。体が焼けるような熱風の中で少し動くと喉が渇く。緯度が高いせいか日差しも強く感じて、肌がじりじり焼かれる気がする。

 そのうえ、この国に多い石やレンガの建物も猛暑には圧倒的に不利だ。熱気で一度熱くなると、石やレンガはとても冷めにくい。だから夕方に気温が下がっても、部屋の中ではまだ暑く感じることもある。暑さが長く続くと、建物自体の温度がなかなか下がらなくなって、室内の壁まで温かくなる。そうなると涼しいはずの朝晩も暑い。試しにわが家の壁のレンガを触り続けてみたら、南向きの壁は昼間は手で触れないほど熱くなって、やっと手をつくことができたのは夜8時を過ぎてからだった。もうすぐ築100年になる古い建物で、最新の断熱材が使われていないせいもあるとは思うけれど、英国にはこういう古い建物も多いのだ

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週末に大混雑していた近所のパブの外の席。みんな外の席に座りたいので、建物の中に入ると笑っちゃうほどガラガラだった。これは猛暑祭りが始まる前の日曜日の午後8時ごろの写真。夏は日が長くて夕方からもゆったり過ごせるのは、ヨーロッパの夏のよいところだ。夏の夕べは美しい。筆者撮影

 今年は7月初めまで里帰りしていたので、久しぶりに日本の夏も経験した。その間に東京には、9日連続して35度を超える記録的な猛暑もやってきた。確かにあせもができるほど汗をかいたし、夜も寝苦しかったし、9日間は長かった。それでもまだ、東京とロンドン、どちらの暑さが楽なのかはっきり答えることはできない。

 日本の夏はどうしようもなく蒸し暑いけれど、暑さへの備えがよく整っている。ほとんどどこでも冷房が効いているので、どうしても暑くなったらどこかにふらっと入ってしのぐことが簡単にできる。これは本当に大きな違いだと思う。たとえ30度程度でも、ずっと高温の中で過ごすのはつらいものだ。他にもいろいろな形の携帯用の扇風機、巻くとひんやりするスカーフなどの暑さ対策グッズが充実しているし、街のあちこちにドライ型のミスト装置があって目にも涼しい(ヨーロッパには噴水があるけれど、涼もうとするとどうしても濡れる。ヨーロッパの人たちは濡れても気にならないようだけれど)。

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 今回の里帰りでは、日傘も日本のよい習慣だとしみじみ感じた(最近は男性もさしているようですね)。昔のヨーロッパの絵画では貴婦人が優雅にパラソルをさしていたりするけれど、日焼けが流行している今はほぼ使われていない。ただここ数年の暑さで、少しずつ見かけるようになってきてはいるので、今後に期待したい。日本でかわいい日傘を買ったので、わたしも英国で日傘デビューしたいのだけれど、周りがあまりに使っていないと気後れして使いにくいのだ。

チャールズ皇太子夫妻のTwitterの公式アカウントの投稿より、今月コーンウォールを訪問した夫妻の写真。この時に「前から言っているように、温暖化は本当に深刻な問題なんですよ」と話したチャールズ皇太子の発言が大きく取り上げられていたけれど、それよりわたしは日傘をさしたカミラ夫人の姿に目が釘付けになった。カミラ夫人が使うなら、と、日傘の人気が一気に高まるかもしれない! 

 猛暑当日の2日間は、朝早く起きて暑さに備えたり、子ども用のビニールプールを庭に出したり、海やプールに行ったり、冷房のある場所に涼みに行ったり、罪悪感を感じずにアイスを食べたり昼間からビールを飲んだり、いつもと違う時間を過ごした人が多かった。家にこもっていたわたしでさえ、窓を開けたり閉めたり、外の壁に触ったりして、まったくの非日常だった。それがまたお祭り気分と結びついて、やっぱり「猛暑祭り開催中」に感じられた。

 それは楽しかったのだけれど、慣れない暑さは社会に悪影響もずいぶんもたらしてしまった。病院にかつぎ込まれた熱中症状の患者さん、冷蔵・冷凍庫が壊れて品薄になったスーパー、暑さで線路や滑走路の表面が溶けて欠便、間引き運転、スピード制限をしなければならなかった鉄道や空港などの交通機関、そして足止めされた人たち。ロンドンの地下鉄も不具合が多発してあちこち遅れて、大混雑したようだ。仕事に出かけた友人は、いつもなら通勤30分のところ、乗り換えたり待たされたりで2時間半かかったと教えてくれた(繰り返しますが、地下鉄に冷房はほとんどありません)。深刻な猛暑を受けて地球温暖化にかかわる議論があちこちで活発になっているけれど、こうしたインフラの暑さ対策を整備するには少なくとも10年はかかるそうだ。

 火災も多かった。「暑くて火事になる」という現象は日本であまり聞かないので、前々から不思議に思っていたけれど、今回学んだところではやはり湿度と関係があるようだ。ヨーロッパではもともと空気が乾燥している上、今年は暑いだけでなく雨もあまり降っていない。本来は冬にも青々としている英国の芝生も、今年の夏はすっかり乾いて茶色くなっている。空気も草もからからになると、ポイ捨てされたタバコやバーベキューのちょっとした残り火で簡単に火がついて、あっという間に燃え広がるというわけだ(だから夏に湿度の高い日本では起きないのですね)。山火事は南ヨーロッパに多い印象だったけれど、今回の猛暑ではロンドン近郊でも十数件発生して、住宅にも燃え広がったものもあった。BBCの報道では、この猛暑の2日間、ロンドン地区の消防隊はなんと第二次世界大戦以来の「忙しさ」だったそうだ。

 ロンドンでは、猛暑祭り2日めの夕方に曇り始め、夜になってやっとほんの少し雨が降って涼しくなった。40度を超えた翌日は26度、その次の日は22度と気温がぐいぐい下がったので、まさに祭りの後という気分だった。寂しいじゃないの。暑さが少し戻った時にはほっとしたくらいだ。天候が不安定なこの国のこと、早い秋が来ないうちに夏を楽しんでおこうと思う。

ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

※この記事はNewsweek 日本版からの転載です。

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