2020年6月の誕生以来、金沢市内に次々と展示スペースをオープンさせている私設美術館KAMU kanazawa。昨年12月に6つ目のスペースを、さらにはこの春より展示場所を屋外へと拡張するプロジェクト「TOWN HACKER」を本多公園に展開し、さらには街をアートでハッキングする企画も進めるなど、そのスピード感と充実した展示内容への注目度が高まっている。発案から半年ほどという驚異的な短期間でオープンに漕ぎ着けたこの美術館を訪れ、創業者でディレクターを務める林田堅太郎に話を聞いた。
---fadeinPager---
株式会社を立ち上げて美術館の開館を目指す。
福岡で生まれ育ち、単身中国に渡り上海の高校に通った林田は、帰国後に金沢のデザイン系の学校で学んだ。ニューヨークのパーソンズ美術大学のカリキュラムを導入し、金沢の老舗酒蔵である福光屋の社長らが参画して運営した学校で、最後の卒業生となった。
「『これからの世の中ではデザインが必要になる』という強い考えで、1980年代の終わりにパーソンズ美術大学と交渉し、そのカリキュラムを導入した創立者たちはすごいバイタリティです。学校はすごく楽しかったですし、僕が通っているころにも創立者のひとりである福光松太郎さんはたまに学校にいらしていたので、こういう人のおかげで自分がこの学校で学べているんだ、と感じることができました」
林田は金沢でプロダクトデザインを学び、卒業後には東京で製品開発やデジタルマーケティングに携わった。大手広告代理店のチームに加わり、オブジェクトとしてのものづくりをするよりも、ものが消費者に届くまでの経路やブランディングなども含めて考える広い意味でのクリエイションに興味を持った。そして、仕事をしながらアートへの興味も広がり、カジュアルな感覚で欲しいと思ったアート作品を少しずつ入手しながら徐々にコレクションが増えていった。美術館などにも足を運び、アートを楽しんでいる中で、ふとシンプルな疑問が頭をかすめた。
「美術館はどうやって経営すれば黒字になるのだろう」
日本らしい答えがあるのではないかという思いが動機となり、リサーチを開始した。美術館オープンに必要なタスクを徹底して洗い出し、緻密な事業計画を立てることにした。ロケーションも金沢ありきで進んだわけではなく、複数の候補を考え、徹底したマーケティングの結果として金沢を選んだ。
「地元の福岡は中学までしかいなかったのであまり知らず、上海の高校に通ったのですが、生活するだけで大変で街の文化を知るまでには至らず。その後に学生時代の2年間を過ごした金沢で、初めて街に興味が湧き、よく街をウロウロしました。土地勘もそのときに身についていたこともあって、街の規模や見所も含めて最適だと考えました。金沢城や兼六園に茶屋町など、歴史にちなんだ観光名所もあって魅力的ですが、どこもピンポイントで訪れる人が多く、街を散策するような観光プログラムが成立していない。実際には、若い世代が始めたおもしろいお店や施設も街中に点在していますが、観光客にあまり気づいてもらえないわけです。金沢21世紀美術館もありますし、アートの展示スペースを街中に点在させて美術館として成立させることができれば、街の回遊が増えてより活性化した街になるのではないかと考えたのです」
---fadeinPager---
レアンドロ・エルリッヒ作品の存在。
KAMU kanazawaの最初にオープンした展示空間が、金沢21世紀美術館からほど近くに位置するKAMU Center。展示を鑑賞する際には、まずこの建物を訪れてチケットを購入する。現在は期間を決めずに、『THE POWER OF THINGS』と題するコレクション展を開催している。レアンドロ・エルリッヒ、ステファニー・クエール、桑田卓郎、黒川良一、久保寛子、森山大道の作品を選び、フィジカルな体験を通して心揺さぶる物の力を感じさせる意図が込められている。
レアンドロ・エルリッヒの作品を美術館最初のコレクションにした背景には、戦略的な意図も込められている。街にスペースを点在させ、街散策と合わせて楽しむ美術館というKAMU kanazawaのブランディングとともに、金沢21世紀美術館に恒久展示されている人気作品『スイミング・プール』とセットでエルリッヒの作品を楽しめる街として、金沢の独自性を打ち出せると林田は計画を立てた。とはいえ、簡単に人気作家のインスタレーション作品を購入して建物の改装などオープンまでの準備を賄える資金があるわけではない。事業計画を緻密に練り、インバウンドの収入見込みがなくても成立する積算をした。銀行からの融資やクラウドファンディングによって、実際に半年でオープンにまで漕ぎ着けたのだ。
---fadeinPager---
---fadeinPager---
金沢へのリピーターを増やすために。
KAMU centerの3フロアの展示を楽しんだら、5分ほど歩き、KAMU k=kへと向かう。食材や食の体験をモチーフに表現を展開するフードアートで注目される諏訪綾子が、日本三霊山のひとつに数えられる白山で集めた枝や葉を使用してお守りのようなオブジェであるタリスマンを制作。県内に水を供給する山と金沢の街の循環を象徴する作品『TALISMAN in the woods』を、2年間の会期を決めて展示している。林田はその経緯をこう語る。
「諏訪さんは2年ほど前にアトリエを山梨に構えたのですが、ちょうどコロナ禍の時期だったので、近くで取れる木の枝や葉を集めて、タリスマンというお守りのような魔除けのようなものを作り始めたそうなんです。『いい空気を吸えますように』という思いでそれを東京の友人や知人に送り始めたら、みんながすごく喜んでワインやお菓子などをお返しに送ってくれたのだと。諏訪さんはそうして受け取ったものを山梨の人とシェアして、地元のことを聞いたり、木の枝などの材料を分けてもらったりしたらしくて、その贈与経済みたいな循環が生まれていることがすごくおもしろいと思いました。循環を核にタリスマンを作品としてまとめられますか、とリクエストしてできあがったのが、今回の展示です」
---fadeinPager---
香林坊や片町のあたりを歩いていると、若い観光客がKAMUのマップを手にする姿を見かけるようになった。タテマチ商店街の細長い空間を利用したKAMU Black Blackには、黒川良一のインスタレーション作品『Lithi(レーテー)』を設置。商店街から一歩建物に足を踏み入れると、真っ暗な空間に霧と光が生まれ、音が身体に対して物質的に迫ってくるような感覚がある。タイトルの「lithi(レーテー)」は「忘却」を意味するドイツ語の単語であり、ギリシャ神話に登場するハデスの冥府の川のひとつの名前でもある。目眩く光と音の展開により、鑑賞者は商店街の日常空間から忘却へと誘われる。
「街を歩いてもらえれば、有名観光地以外にも金沢には魅力的なお店や場所があることを知ってもらえます。KAMU kanazawaの展示スペースは現在のKAMU centerのある香林坊周辺だけではなく、もっと広いエリアに増やす予定です。そうすれば何泊かして街全体をゆっくり楽しんでもらうことができるはずです」
古民家を改築したKAMU tatamiがオープンしたのは昨年。畳と障子による町屋の雰囲気を残し、その空間に融合する作品として今年の10月末まで展示されることになった映像作品が、渡辺豪の『〈ひとつの景色〉をめぐる旅』だ。画面に映されるのは、家庭用の一式と思しき食器と調理器具。食器が割れ、破片がゆっくりと宙を浮遊しながら消えていく20分ほどの映像作品だ。始まりと終わりの画面は決まっているのだが、途中のプロセス—破片が浮遊する経路—には数10パターンがあり、誰もが同じように生と死という出発点と終着点をもち、それぞれ異なる人生という旅の経路を進むイメージが日常の風景に表現されている。
---fadeinPager---
常設展示だけではなく展示の入れ替えも予定しており、空間によっては企画展を実施して所有作品以外の展示も行う。9月以降には、「TOWN HACKER」第2弾として森山大道と電柱広告を使ったエキシビションを実施。年内に第3弾も予定している。一方で、9月末をもって「TOWN HACKER」第一弾の久保寛子『泥足』が本多公園を去り、KAMU tatamiの渡辺豪の展示は10月30日で終了する。
常に見られる作品も期間限定でしか見られない作品も、展示室内で見られる作品も屋外で見られる作品もある。来るたびに見られる作品パターンの掛け合わせが変わり、そのときどきで姿を変える背景には、金沢の定番の場となりながらいつ来ても新しい体験ができる場にしたいという思いがある。街の見どころや魅力的な飲食店も数多い金沢を味わい、金沢にリピートしたくなる入口にアートがある。そんな街のブランディングがさらに強化されていく様子を追いかけていきたい。
---fadeinPager---
KAMU kanazawa
⽯川県⾦沢市広坂1-1-52
開館時間:11時〜18時
休館日:月曜日
※月曜日が祝日の場合は開館、
入館料:1500円
※全スペース共通チケットをKAMU centerのみで販売
https://www.ka-mu.com/