奥大和の深い森でアートと出会う『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』

  • 写真・文:中島良平

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木村充伯『苔のむすまで』 「天の国、木の国、川の国」水が豊かな天川村。高い山と深い谷によって形成され、古くは人々が定住するに至らず、天の川と名付けられた伝承により聖域とされた。苔を毛羽立たせた檜を用いた彫刻作品が、川沿いで来場者に目線を注ぐ。

奈良県の吉野町、天川村、曽爾村を舞台に展開する芸術祭「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」が、11月28日まで開催されている。林の中を、山道をひたすら歩き、不意に作品と出会い感覚が刺激されるこの芸術祭。2回目を迎えた今回は昨年の吉野町のレポートに続き、天川村を訪れた。コースを歩いて動画に収め、プロデューサーを務め作品も出品した齋藤精一(パノラマティクス 旧ライゾマティクスアーキテクチャー)にも話を聞き、芸術祭としての独自性を探る。

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紀伊半島の中央部に位置し、村の面積の4分の1が吉野熊野国立公園に指定されている天川村を大原山展望台から望む。およそ1300年前に役行者によって開かれた修験道発祥の地である霊峰・大峯山がそびえ、山伏たちはこの村を通って山岳修行へと向かう。

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アートを通して土地の魅力を受け止める。

洞川温泉センターをスタートし、全長約6kmのコースを3時間ほど歩いて巡る。民家やそば屋などの飲食店が並ぶ通りを歩いていくと、最初に出会う作品は菊池宏子+林敬庸『千本のひげ根』。徒歩のお供となる杖が置かれており、自由に使用することができる。吉野の檜が杖となり、握りしめてコースを歩いた鑑賞者たちの記憶が受け継がれていく。しばらく歩き、大峯山の開祖である役行者によって草創された大峯山龍泉寺に入ると、境内を抜けたところから山道が始まる。コースの本格的なスタートだ。

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菊池宏子+林敬庸『千本のひげ根』 吉野町、天川村、曽爾村の3会場に合計1000本の杖が設置されている。
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KIKI『mememt of lens』 この土地で目にした光景が写真に収められ、村を背に大原山展望台に展示。

「最初はWalk Artという企画で、歩く芸術祭をつくれないかと提案させていただきました。コロナ禍で自宅から動けない人も多く、自分の足で歩くことで身体や周辺空間の解像度が上がったことに気づいた人も多かったはずです。この時期だからこそ、この土地だからこそ歩く芸術祭にしたいと考えて昨年開催し、今年はさらに自然や土地の人の営みと対峙する機会を設けられないかと考えました」

プロデューサーの齋藤精一が開催の経緯を語る。コロナ禍の昨春、奈良県から観光復興のための企画を依頼され、半年足らずの短い準備期間で意欲的なアーティストたちに声をかけて第1回目を開催。奈良市から南下した山深い土地には、アートを求めてこれまでとは違う文脈から観光客がやってきた手応えを感じたという。

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金子未弥『予感の最小単位 -バグ-』 洞川に漂う「神秘」について想像を巡らせた作家は、女人禁制の大峯山に入っていく行者たちに「夢」について話を聞いた。枝を編み、山につくられた寝床には祖先たちの夢が息づいているようだ。

「文化と経済は両立させないと文化は続いていかないと思っています。開催しても赤字続きであれば、納税者である住民から反対の声も上がるでしょうし、知事や行政の担当者が変わることで予算組が変更され、中止になってしまうことだってあります。芸術祭を開催することで地元の方々に利益が生まれてほしいんです。経済効果があれば能動的に関わってくださって、いい意味の循環が生まれると考えています」

ロングバージョンは近日FOOTAGEにて公開予定。

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奥大和の環境が作家たちを覚醒させる。

村の人からは、「若い女性観光客がひとりで来るようになった」という声ももらえたという。観光復興を促進し、その先には交流人口の増加を目標とする芸術祭として大きな中間成果だ。アートをただ見せるのではなく、アーティストたちが土地に深く関わり、場所のコンテクストありきで作品が設置されることを目指す。そうすることで、作品自体を楽しむのはもちろんだが、その先に土地の魅力を感じることができるからだ。

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上野千蔵『うつしき -いけみず』 CM制作などに携わる映像ディレクターは、水面を景色を映すスクリーンととらえ、鑑賞者が水差しをもってそこにインタラクティブに関わる作品を手がけた。
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上野千蔵『うつしき -みずいろ』 『いけみず』と対になる作品として、自然の水面に人工物を映り込ませる壮大な自然のインスタレーション作品。

山道を歩いていると川のせせらぎが聞こえ、コースにはいくつかの吊り橋もあり、天川村が本当に水の豊かな土地であることがわかる。およそ1300年前に役行者が開祖となった修験道の山伏たちが、自他の再生と救済のために修行する険しい岩壁などはもちろんコースに含まれていないが、それでも体力を使って歩き、自然の深さを吸い込んでいくことで知覚が開いていくことを自覚できる。

「参加アーティストには、『作品をレンズとしてつくってください』と伝えます。作品を通して自然が見えてくる、歴史が見えてくる、地元の試みが見えてくる、そういう作品です。奥大和にアーティストがやってくると、とてつもなく解像度の高い土地なので、その環境に打ち勝とうと頭をフル回転させて新作をつくってくれるんです。例えば、上野千蔵さんはコマーシャル映像を手がけるディレクターなので、そういう仕事を一緒にしていたのですが、彼が人のいない東京の写真を撮っていたのを知って、『MIND TRAIL』に誘ってみたんです。そうしたら、1年目は水をモチーフにした美しい映像を手がけて、今年はそこから展開して新たな表現を生み出しました。そういう覚醒が起こるんですよ、この場所では」

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山田悠『Interrupter』 観客がその上に寝転び、仰向けになって空を眺めてひと呼吸置くことができる。歩みを止めて時間の流れにズレを生み出し、意識にアクセントが加えられる。
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覚和歌子+国本泰英『あわい』 偶然同じタイミングで天川を視察した2名の共同作品。作詞家で詩人の覚和歌子が詠んだ詩を国本が文庫本サイズの立体作品に仕上げた。

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豊かな自然環境から発信されるメッセージ。

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菅野麻依子『天川の茶室』 人の時間ではなく、木の時間が流れていると感じた作家が、土地の美しさを凝縮した景色をつくろうと手がけた作品。

齋藤は奥大和のエネルギーを受け止め、制作の新たな地平を手に入れる場として『MIND TRAIL』を参加アーティストたちに提供する。実際にアーティストたちからは、自然や歴史の力と拮抗するような作品が発表され、鑑賞者を迎えてくれる。コロナ禍で人の意識に変化が起こっていることを感じ取り、アートがどのように機能するのかを考えた結果がこの芸術祭のかたちでもある。

「コロナの時代になって、また哲学の時代に入ったと感じています。『命とは何だろう』『環境とは』という問いが生まれ、アントロポセン(人新世)の時代に入ったと言われたりもしていて、そういう時代に対峙するときに、意識を働かせて考える訓練というのが大事だと思っています。アートには問題を提起する機能があるので、こういう壮大な自然環境に身を投じることで現代社会に問いを発する作品が生まれるはずです」

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木村充伯『苔のむすまで』 川辺に生えた苔にインスパイアされた作家は、現地の檜を毛羽立たせて苔を創出し、人間の姿を与えた。
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天川村では1日限定で『スナックミルキー』をオープン。雑誌『ソトコト』編集長の指出一正(中央)がマスターを務め、新田理恵(左・TABEL代表)と村田美沙(右・Verseau代表)が奥大和にゆかりのあるオリジナルドリンクを考案して提供した。看板は中﨑透の作品。

山道を歩き、思いを巡らす。トレッキングをした身体的な疲れが心地よく、その途上でアートに出会うと、豊かな緑によって開かれた意識が素直に作品を受け止めるのを感じる。おそらくここに展示されている作品が、どこかから借りてきてただ置かれていたものだとしたらこの感覚は得られないだろう。作家たちが環境と対話し、その末に生まれた作品だからこそこれだけの強度を備えているのだ。奥大和を歩き、深い森とアートの力を受け止める。時間をかけて訪れ、深い森をひたすら歩く価値を現地で感じ取ってほしい。そして終点には温泉が待っている。

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齋藤精一『JIKU #011 TENKAWA』 地域固有の軸となる歴史や事象などを光線によって可視化する。『MIND TRAIL』では、3エリアから大峰山を投射するバージョンを考案した。

MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館

開催期間:開催中〜2021年11月28日(日)
開催場所:奈良県吉野町、天川村、曽爾村
TEL:0744-48-3016(奈良県総務部知事公室奥大和移住・交流推進室内)
無休
入場無料
https://mindtrail.okuyamato.jp