山道をひたすら歩く芸術祭『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』で、雄大な自然とアートの刺激に浸る。

  • 写真・文:中島良平
Share:

吉野山の下千本駐車場からコースがスタートし、道中には案内が点々と立つ。矢印の先に作品が展示されていることもあれば、壮大な山の景色のビューポイントへと誘ってくれることも。

奈良県の南部と東部、歴史と壮大な自然が息づく奥大和の地で『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』と題する芸術祭が11月15日まで開催されている。会場となるのは、古くは「古事記」や「日本書紀」にも登場し、春には3万本の桜が咲き乱れ多くの人々を惹きつける吉野町、修験道発祥の地である大峰山を擁する天川村、室生火山群の1000メートル級の山に囲まれる曽爾村という3つのエリア。

奈良県と各自治体(吉野町、天川村、曽爾村)が参画し主催するこの芸術祭は、「コロナ禍でできることは何なのだろう」という議論を重ね、今年の春に主催者からライゾマティクス・アーキテクチャー代表の齋藤精一に相談を持ちかけ実現した。通常の芸術祭であれば1年から2年をかけて主催者と企画担当者、キュレーターらが協議を重ね、コンセプトを策定してアーティストの選出などが行われるのが開催までの流れだ。しかしコロナ禍のいまだからこそ、奥大和の雄大な自然の中を歩き、「アートを通して身体と自然を感じて欲しい」という思いがすぐに生まれ、「古事記」「日本書紀」に描かれてきた奥大和の魅力を存分に感じる芸術祭というプランが、短期間のうちに練り上げられたのだ。

菊池宏子+林敬庸『千本のひげ根』。奥大和の地で役行者が創始した修験道の歴史にインスパイアされたふたりは、奥大和のヒノキの間伐材を丁寧に磨き、1000本の杖を制作。芸術祭を巡る来場者の旅の伴侶として用いることができるよう、吉野山のロープウェイから下った千本末駐車場の脇に設置した。

金剛蔵王大権現を祭祀する国軸山 金峯山寺。画面中央の灯籠の下に設置された照明は日没後に点灯し、齋藤精一の作品『JIKU』として大峯山とその向こうにある熊野本宮大社の方向を照らす。土地の軸を浮かび上がらせるというコンセプトで、このプロジェクトは各地で展開している。

芸術祭の開始日は3つのエリアで1週間ずつ異なるが、最初にスタートした吉野町を訪れた。近鉄線で吉野駅からロープウェイで吉野山を登ったところからコースに合流する。駅前から一本道を100メートルほど歩いていくと黒門があり、左手には瀬戸物屋や漬物屋、やがて銅の鳥居に出迎えられる。吉野町を歩き始めてから10分と経たないうちに、山全体が信仰の地であることが感じられる。そして町の中心に位置するのが、修験道の開祖である役行者が修行を通じて感得した金剛蔵王大権現を祭祀する国軸山 金峯山寺だ。

oblaat 松田朋春+則武弥 詩人 永方佑樹『distance』。韋駄天山に設置されたこの作品は、QRコードを読み込むと、詩人の永方佑樹が吉野の人々から話を聞き、そこで感じた壮大な時間の流れをモチーフに制作した詩の朗読を聞くことができる。詩を聞き、景色を見てトレイルすることで、吉野の時間軸に身体が取り込まれるような体験型作品だ。

movie: Presented by FOOTAGE(ロングバージョンは動画サイトFOOTAGEにて近日公開予定)

山を歩き、壮大な自然と現代アートのセッションを体感する。

花矢倉展望台から吉野の町を見下ろす。画面のほぼ中心に見える大きな屋根が、金峯山寺の本堂・蔵王堂だ。

桜の開花がもっとも早い標高230〜350mの「下千本」エリアからスタートし、「中千本」「上千本」を超えて、標高600m超の「奥千本」入り口あたりまでが『MIND TRAIL』のコースだ。吉野の山岳信仰の中核に位置する金峯山寺の周辺は、宿や吉野葛を供する茶屋が並ぶ参道でもあり、数10mおきに神社や寺が建つ。吉水神社や勝手神社を通り過ぎると、徐々に勾配が始まる。渋い建物が並ぶ坂道を進み、竹林院を超える頃には建物も少なくなってくる。時々現れる『MIND TRAIL』のロゴと矢印が記されたサインを目印に、コースを進む。目指すは花矢倉展望台とその先の吉野水分神社だ。

下千本の『千本のひげ根』に始まり、谷川俊太郎によるインスタレーション『あさ』や、サーファーの松田大児が「山の上に海のギャラリーをつくらせていただきたいと思った」という意図で絵画や書などにサーフィン愛を表現した『海のギャラリー』などと出会いながら、コースをひたすら歩く。息が切れ、作品と出会うごとに深く呼吸をすると、アートと身体的な出会いをしていることが実感できる。

花矢倉展望台に到達すると、下千本を見下ろす絶景が広がる。詩人集団oblaatの音声連動作品と、「吉野に来られない人に、世界中から機械を通して吉野に降り立ってほしい」と毛原大樹が手掛けたラジオ配信による参加型作品『TELEPHONO TRAIL』が展示されており、吉野の壮大な自然と歴史に彩られた景色、そこに現代アートの体験が連動する。

上野千蔵『水面 -minamo-』。水を司る天之水分大神(あめのみくまりおおみかみ)を奉る吉野水分神社には、奥大和各地で水を撮影した映像作品が展示されている。「神社に水をお戻しし、奉納する気持ちで撮影した」と作家は語る。

力石咲『力石咲のワイルドライフ』。編み物の技術で「編み包む」作品を手がける力石咲。吉野の木や処分する予定だった雨傘など地元で見つけた多様な素材を編み上げて居住空間をつくり、杉で編んだスーツでソーシャルディスタンスも実現した。

木村充伯『鹿が見てる』。吉野水分神社から山道を下るコースが始まる。彫刻家の木村充伯が吉野山のヒノキを用いて、鹿を彫り上げた。キョトンとした表情で振り返る愛らしい姿に、山道を歩き続けた疲労が癒される。

「アートはひとつのきっかけであって、途中で出会う吉野の、天川の、曽爾のいいところを見つけていただきたい」と語っていた、プロデューサーの齋藤精一。その意図が身に染みて伝わってくるプログラムだ。吉野の町から山へと歩くうちに感じられる長い歴史、山の神聖な空気が、現代アート作品によって、通常とは異なる角度から身体と意識に入ってくるようだ。各地で芸術祭が延期や中止に追い込まれているいま、意欲的な取り組みを体験しに奥大和の山に足を運んでほしい。新たなアート体験が待っているはずだ。

中﨑透『色眼鏡でみる風景』。吉野の山をリサーチのために歩き、出会ったものや印象を作家の視点から表現したこの作品は銅の鳥居のすぐそばに展示。明るい時間でも楽しめる作品と、陽が落ちてから味わいたいライトボックスを使った作品が同居する。

会期初日には金峯山寺の五條良知管長によって、芸術祭の開催を蔵王大権現にご報告し、安全な運営のための加護を祈願する護摩の法要が行われた。「すべての人々に平安が訪れ、国がよくなってほしい、世界がよくなってほしいという同じ思いで祈り、皆で前を向いて進みましょう。その始まりが『MIND TRAIL』になるのではないかと私は感じています」とは管長の言葉。

MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館
開催期間:2020年10月3日(土)〜11月15日(日)
開催場所:奈良県 吉野町、曽爾村、天川村
TEL:0744-48-3016(奈良県 奥大和移住・交流推進室)
会期中無休
入場無料
※吉野町の開始日は10月3日、曽爾村の開始日は10月10日、天川村の開始日は10月18日。
※一部の会場は開館時間あり。その他24時間鑑賞可能
https://mindtrail.okuyamato.jp/