ヒップホップ界の帝王ケンドリック・ラマーが語る、赤裸々な家族との物語

  • 文:山澤健治(エディター/音楽ジャーナリスト)

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【Penが選んだ、今月の音楽】
『ミスター・モラル&ザ・ビッグ・ステッパーズ』

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1987年、米カリフォルニア州生まれ。2012年にメジャーデビュー。以降、アルバムごとにメガヒットを記録し、グラミー賞を獲得。エミネムも「マジでヤバいね。言葉を失ったよ」と絶賛した新作は、今年最高の初週売上を記録。

2022年上半期の音楽ニュースを振り返ると、2月にスーパーボウル・ハーフタイムショーの舞台に立ち、6月には世界最大規模の野外ロックフェス、グラストンベリーのヘッドライナーとして名を刻んだ、ケンドリック・ラマーの活躍に目を奪われる。決定打はもちろん、5月13日に先行配信された5作目『ミスター・モラル&ザ・ビッグ・ステッパーズ』。前作『ダム』から5年、長い沈黙を破るこの作品こそ上半期最大のニュースだった。

黒人社会の実情を巧みにラップへと昇華させた『ダム』により、アメリカ人の生活を描写した卓越した文章を記した人に贈られるピューリッツァー賞の音楽部門をラッパーとして初めて受賞したケンドリック。彼がなにを語るのか、これまで以上に注目が集まる中、新作で語られる生々しいまでの彼と家族の物語に驚きを禁じ得なかった人も多い。家族の日常を映し出すようなアルバムカバーも、ヒップホップ界の帝王が被るのは受難の象徴のイバラの王冠であり、腰には拳銃を携えている。苦難のイエス・キリストが描かれた宗教画を思わせる、実に示唆に富んだアートワークである。

実際、随所に聖書からの引用が含まれるリリックは、重く、深く、痛々しいほど赤裸々だ。セラピーに通っていた事実を告白する冒頭曲を皮切りに、救世主のように期待されることへの心痛、母親が近親者に性的暴行を受けていたこと、自分の親戚にトランスジェンダーがいたことなどが、勇気と覚悟をもって語られていく。サウンド的には前作までに見られた派手なクラブバンガーはなく、リリックと呼応するディープな音が続く中、迎える最終曲。課せられた十字架を外し「すまないけど、自分である
ことを選ぶよ」とラップし、カタルシスが訪れる。この感動を知れば、この作品が理由となり、後日、ノーベル文学賞受賞のニュースが舞い込んできても驚きはしない。

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ケンドリック・ラマー UICS-1394 ユニバーサルミュージック ¥2,750 7/20発売

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※この記事はPen 2022年8月号より再編集した記事です。