創造の現場を目撃せよ! エルメスシアターが世界に先駆け、東京で初公演

  • 文:久保寺潤子
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会場に入ると6つの舞台があり、『ペガサスと6つの軽やかさを探す旅』へといざなわれる。シーン4『だまし絵』は、馬の頭部を被ったダンサーがオブジェをゆっくり動かすと上部のスクリーンでは遠近感が反転し、観客は知覚のはかなさを体験する。©Nacása & Partners Inc.

世界に先駆けて東京で初めて一般公開となるエルメスシアター『LA FABRIQUE DE LA LÉGÈRETÉ―軽やかさの工房』。2022年のメゾンのテーマである「もっと軽やかに」を、躍動感と情感あふれるスペクタクルに表現した『ペガサスと6つの軽やかさを探す旅』が6月21日(火)まで六本木の東京ミッドタウン・ホールにて開催中だ。圧倒的な詩的世界をつくりあげた映画監督のジャコ・ヴァン・ドルマル、振付家のミシェル・アンヌ・ドゥ・メイ、美術担当のシルヴィー・オリヴェの3人に、制作にまつわる話を聞いた。

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左:ジャコ・ヴァン・ドルマル●パリのルイ・リュミエール国立学校とブリュッセルのベルギー国立高等視覚芸術放送技術院(INSAS)で映画を学んだ後、児童演劇と道化芝居の演出家となる。脚本と撮影を担当した初の長編映画『トト・ザ・ヒーロー』(1991)がカンヌ映画祭カメラドール賞を受賞。オペラやバンド・デシネまで幅広い分野で活躍。
右:ミシェル・アンヌ・ドゥ・メイ●ベルギー出身の振付家。モーリス・ベジャールが設立したバレエ学校「ムードラ」で学び、1983年、女性4人のダンスダンス・カンパニー「ローザス」を立ち上げ、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルと共同制作を続けた。1990年に独立し、カンパニー「アストラガル」を設立。演劇的要素を盛り込んだ振付構成が特徴。
©Julien Lambert

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シルヴィー・オリヴェ●映画や舞台のセットデザインを手がける美術家。ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の『ミスター・ノーバディ』(2009)ではヴェネチア国際映画祭の最優秀美術賞を受賞した。また振付家ミシェル・アンヌ・ドゥ・メイやカデル・ベラルビ、演出家ランベール・ウィルソンの舞台作品も手がけており、『キス&クライ』や『コールドブラッド』の舞台美術でも知られている。

観る者の精神を解き放つ、6つの夢物語

「軽やかさとは動きであり、考え方であり、言葉であり、アイデア、思想なのだ。子どもたちよ、自分なりの“軽やかさ”を求めて世界中を旅するのだ」。6頭の子馬に語りかける天馬ペガサスの言葉で始まる物語は、全6幕で構成されている。観客は6つのセットを移動しながら、ミニチュアの舞台やマリオネット、パントマイムなどの撮影現場に立ち会う。黒子となったダンサーたちが馬に扮したり、ミニチュアオブジェを操る様子をカメラが同時撮影し、それが映像となってスクリーンに映し出されると、観客は日常の重力から解き放され、夢の世界へと旅立つのだ。

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シーン1『反転した世界』。ミニチュアのセットがゆっくり回転すると、鎖に繋がれた羊たちが宙に浮き上がり、重力が反転する。©Nacása & Partners Inc.

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シーン2『渡り手袋の飛翔』では暗闇に浮かび上がる無数の手袋が、渡り鳥のように旅をする。©Nacása & Partners Inc.

「軽やかさというのは色々なものと響き合うテーマで、重力や風、夢、想像力といったさまざまな感覚を呼び起こします」と話すのは監督のジャコ・ヴァン・ドルマル。映画『トト・ザ・ヒーロー』や『神様メール』、オペラ、舞台など幅広い分野でファンタジーあふれる作品を発表してきたドルマルが、今回の美術制作でタッグを組んだのは、彼が全幅の信頼を寄せるシルヴィー・オリヴェだ。

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シーン3『サーカス』。鮮やかなスカーフで作られたサーカスのテントの中では、子馬が果敢に綱渡りに挑む。©Nacása & Partners Inc.

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シーン4『だまし絵』。ミニチュアのセットにはエルメスのバッグやカップなどさまざまなオブジェが登場する。©Nacása & Partners Inc.

エルメスのスカーフやカップを使ってサーカス小屋に見立てたり、バッグ「ケリー」がオペラ歌手に変身したり。オリヴェのアイデアには、遊び心とエスプリがふんだんに盛り込まれている。「エルメスと仕事をすることになって、初めてパリのブティックとその上階にある非公開のミュゼを訪れました。そこでさまざまなオブジェを見ていたら、どんどんアイデアが湧いてきたの。バッグ『ケリー』を見たときは、バッグが口を開けて歌い出したらどうなるかしら? と思いついた。そのイメージをジャコ・ヴァン・ドルマルに伝え、ミシェル・アンヌ・ドゥ・メイが実際の動きを担当してバッグに生命を吹き込む、といった具合に制作は進みました」

一方、振付を担当したドゥ・メイは、エルメスとの協業によって、表現の新たな可能性が広がったと語る。「馬の脚を指で表現したり、マリオネットの動きを学んだり。『四つの鞄のオペラ』ではマリオネットのスタッフがバッグ『ケリー』を特注して、私たちダンサーに操作を指導したのです。エルメスを通じて異なる分野のアーティスト同志が共同作業した貴重な体験でした」

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シーン5『四つの鞄のオペラ』では、命を吹き込まれたバッグたちがいきいきと動き出す。©Nacása & Partners Inc.

作品は映像と舞台と制作現場とが渾然一体となったスペクタクルだが、実は特別な仕掛けはほとんどない、とドルマルは言う。「特殊効果は使わず、仕掛けはだまし絵のようにいたってシンプル。あくまでも手しごとにこだわりました。観客はだまされているとわかっていても、魔法の世界に入り込んでしまうのです」。企画がスタートしたのは2年前で、パンデミックの只中だったが、互いをよく知る3人は信頼関係によって常に結ばれていた。

「私たちは長らくリモートで話し合いながら、お互いのイメージを膨らませていったのです。私はビジュアルを担当しましたが、重力を反転させるイメージはガウディのサグラダファミリアから、『四つの鞄のオペラ』はブレヒトの『三文オペラ』から、というようにさまざまなイメージが折り重なって6つの物語に集約していきました」。作品制作にあたってエルメスから伝えられたのは「誰もが夢を見て、憧れるような世界をつくって欲しい」というリクエストだった。「エルメスのブティックを訪れて、"人はどういうものに憧れて夢を見るのか"についをじっくり考えました。プロジェクトが開始したときはどんな形になるのか予想もつかなかったけれど、こうして仲間とともに新しい表現が生み出せたことは本当に嬉しい」とオリヴェは振り返る。

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シーン6『無重力』。ダンサーの動きをカメラが俯瞰で捉え、スクリーンに映し出すと、観客は宙に浮いたような錯覚に陥る。©Nacása & Partners Inc.

今年で創業185年となるエルメス。150年目から毎年設定している年間テーマは、メゾンのものづくりにおける羅針盤となってきた。今回、日本で初演されることになった背景について、エルメスインターナショナル・エグゼクティブヴァイスプレジデントのシャーロット・デヴィッドは言う。「日本人のものづくりに対するこだわり、デリケートな感性は、メゾンと共通する価値観があります。このスペクタクルで手や身体を使って表現されていることは、エルメスが大切にしているメゾン理念に通じるものです」。
暗闇に浮かび上がる6つのファンタジーは、子ども時代の遊び心と、軽やかで自由な精神を呼び起こしてれるだろう。

LA FABRIQUE DE LA LÉGÈRETÉ
「軽やかさの工房」
エルメスシアター 詩と映像で綴るスペクタクル


会期:2022年6月21日(火) まで
会場:六本木 東京ミッドタウン・ホール
東京都港区赤坂9丁目7-2
時間:13時30分/15時15分/17時30分/19時15分 ※1日4回入替制 予約制
料金:入場無料
www.hermes.com