【着る/知る】 Vol.132 古着を画材にする谷敷 謙、一軒家のアトリエでアート×ファッションの秘密に迫った

  • 写真・文:高橋一史
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アーティストの谷敷 謙。2階建ての日本家屋を丸々アトリエに利用。


“ファッション周辺”という言い方がある。ファッションにまつわる写真、店舗建築、グラフィックデザインなどを指す。衣食住のうち食と住も、限定的にファッション周辺に含まれる。ファッション好きの人が共通して好むテイストなら、なんでもそれに該当すると言えるだろう。

なかでもアート分野はファッション周辺の重要な存在だ。各ブランドが作家とコラボしたり、ギャラリーを設けて作品展示するケースが近年増えている。ここにクローズアップする谷敷 謙(やしき・けん)も、ファッション界で大きく注目されている作家のひとり。昨年の2021年だけでもユニクロ、伊勢丹新宿店がコラボして店内に作品展示し、ワコールは所有するギャラリーで個展を開催。客層が幅広い大手アパレルや百貨店に支持されていることが、谷敷作品のグローバルな特性をよく物語っている。

モードやストリートの世界ではセンセーショナリズムに根ざすアートの力を借り、エッジーな感性をアピールするケースが多い。一方で谷敷作品は登場人物への目線が温かで、幸福感に包まれている。偉大な画家ルノワールは自身の絵画について「人生には不愉快なことが多いから、これ以上不愉快なものをつくる必要はない」と名言を残しているが、谷敷作品も“心を豊かにするアート”といえるだろう。

独特な質感の造形はどのように制作されているのだろうか。人を惹き付けるコツはどこにあるのだろうか。39歳にしてここ数年の間にブレイクした理由はなんだろうか。気になる疑問の答えを求めて、東京郊外にあるアトリエを訪ねた。

布を埋め込んだ立体作品

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2022年5月13日(金)から3日間、東京・恵比寿ガーデンプレイスで開催されたアートフェスティバル「MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 ‘New Soil’」参加時の展示風景より。右の大作品は現代の日本の風景、左2点は作家が子ども時代にアメリカに住んでいたときの友人たちが成長したイメージ。

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作品の人物の服は塗装でなく、土台に溝を切り込み、古着を平たく伸ばして埋め込んだもの。リアルとフェイクの絶妙なバランスが作家の持ち味。この作品について谷敷は「優先席の真ん中を開けて若者が立つのが日本の社会」と解説。

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日本のビジネスマンのユニフォームであるグレースーツ姿の男たち。背景のごく小さな登場人物も丁寧につくられている。

作風がファッション表現に近いアーティストがいる。例えばベルギーのミヒャエル・ボレマンスは、描く絵画がモード写真の世界観に通じる。アメリカのロバート・ロンゴによる写実的な人物画は、まるでスタジオでのモノクロ撮影のようだ。イラスト風の人物を配置するイギリスのジュリアン・オピーもまた、大衆ファッションと深く結びつく。

谷敷の場合はより意図的に、ファッションカルチャーとリンクした作品をつくる。登場人物はセンスのいい服装を身に着け、ロックバンドのキッスや、バスケットボールチームのレイカースといったストリートスタイルのアイコンを主張する。顔を描かず人種がわかる程度に抽象化するのも彼の作風だ。見る者に親しみを感じさせ、心を入り込ませる巧みな仕掛けである。

さらに古着を埋め込んでつくった立体コラージュであることが、アートとしての奥深さを生んでいる。誰かが着ていた本物の服がアップサイクルされ、アート作品として後世に残っていく。布の動きまで計算したリアリティの追求は、ファッションの仕事に長く従事してきた経験を持つ谷敷でしかなし得ない領域だろう。このリアリティにこそ、“服を知るアーティスト”の真髄がある。

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髪の毛の表現は凹凸のあるコーデュロイ生地。厚みのある作品の端まで布で覆われている。

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スケボーをテーマにした別作品のディテール。スケボー好きにはたまらないアイコンが息づく。スウエットシャツの袖や裾をちゃんとリブにするほど芸が細かい。

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作家のアトリエ

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幼少期をアメリカ・サンディエゴで、中学時代をシンガポールで過ごした谷敷。最終学歴はファッション大学の杉野服飾大学。その後大手アパレルメーカーに勤務し、18年に独立してアート専業の道に。

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アトリエには各所から提供された古着がところ狭しと置かれている。

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何部屋にもわかれた古着のストックルーム。なるべく畳み置きせずハンガーで吊るして見やすくしている。

長く勤めたアパレルメーカーでの谷敷の肩書は、ビジュアルマーチャンダイザー。店舗やイベントでのディスプレイやスタイリングといった視覚表現を行ってきた。作品人物の服装について彼は以下のように語っている。
「色のバランスやスタイリングをすごく気にします。集合ではまず誰かひとりに服を着せ、ほかの人物へと移っていき全体を完成させます」
作品にリアリティを感じるのは、実際に人が着た状態に近い布の織り目に従って配置されている効果も大きいだろう。服の特性をよく知る人でないと難しい芸当だ。

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谷敷が「型」と呼ぶ、トレース用の人物モデル。「将来的に誰かがこの型を利用して独自の作品をつくってくれたら、とも考えています」。

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人物の肌だけは新たに染色した布を使用。色を定着させるのに塗装が必要で、作業用の専用部屋を設けている。

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アーティストとして生きていくことを決意した思い入れの深い作品。幼い我が子が着てきた古着で構成。
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子どもと一緒に行ったシンガポールで買ったm&mの服など、家族の記憶とリンクするパーソナルな作品。

「生まれた子どもの心臓に穴があり、体力のつく2歳を待って手術しました。無事成功したのですが、ダメかと覚悟して揺れ動いた自分の心を見つめて未来に向かうため、彼女が着てきた服で作品をつくりました。どこに発表するという意図もなく。キャラクターはうさぎで、顔つきは子どもの表情から取ったもの。ホントにこんなボーっとした顔なんですよ(笑)。彼女が大人になり結婚したとき手渡すつもりです。飾れるくらい大きな家に住んでもらわないといけませんが(笑)」
そう語る谷敷の転機になった作品は、人と自分との関わりが原動力になった。自身のアートを彼は、「存在証明」「コミュニケーション」と言い表す。その対象が我が子から他人になり、社会全体にまで広がってきたのがアーティスト谷敷の現在だ。

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制作のプロセス

作品制作の仕方を特別に披露してくれた。スケーターのデニムパンツの一部を取り付ける工程だ。手法は木彫りの雛人形に着物を着せるのに用いられる「木目込み(きめこみ)」から着想したもの。日本の伝統技法の現代的解釈である。

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よく使う古着は作業部屋に常備しておく。それでも目当てのデニムを探し出すのは一苦労。

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服を布状にカットする。取り付ける本体は発泡断熱素材のスタイロフォーム。

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布全体でパーツを覆い、あらかじめ入れた溝に沿ってヘラで押し込んでいく。

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縫い代を残して余り布をカット。

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固いデニムのときは、縫い代に切れ目を入れ押し込みやすくする。「スケボー人物は形が立体だから作業が難しい」とのこと。

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わずか5分ほどでパーツが完成。ひとたび手を動かすと作業は早い。作品の構想を練り型をつくり、衣装を考えスタイリングするまでの時間が長い。

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ファッション界とリンクする展示アーカイブ

※ 以下、写真提供:谷敷 謙

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21年、銀座・ユニクロ TOKYO。回収したユニクロの古着を使ったコラボ作品の展示。

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6本の帯状にわかれた、回転できる表裏の両面作品。

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20年、伊勢丹新宿店「リ・スタイル」リフレッシュオープン企画の展示。同百貨店は21年にも谷敷作品を3回展示している。

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21年、南青山・スパイラルホール。スケーターが壁を飛び回る躍動感のある光景。

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21年、ワコールスタディホール京都 ギャラリーでの初個展。

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同ギャラリー展より。ワコールは日本を代表する女性下着メーカー。

人物がイキイキと輝いている谷敷作品は、自分らしく素敵な服を着てポジティブな気持ちになるファッションの本質を突いている。いまある服を活用する手法も、モノ余りをなくす産業の動きとリンクする。作品を通じたコミュニケーションを大切にする谷敷はこれまで、各メーカーや百貨店での展示で彼らのカルチャーに寄り添うコラボ作品を手掛けてきた。この先もファッション界との結びつきはますます増えていくに違いない。

谷敷 謙

公式サイト
https://kenyashiki.com/

インスタグラム
www.instagram.com/yashiki_ken/?hl=ja

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高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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