アーヴィング・ペンや奈良原一高が古都を彩る。進化を続けるKYOTOGRAPHIE、第10回がスタート!

  • 写真・文:中島良平
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リニューアルされて間もない京都市役所前の広場でオープニングセレモニーを実施。BLACK BOTTOM BRASS BANDのライブが行われ、スクリーンでは2013年に開催された第1回からの記録がスライドショーで流された。

2013年より毎年春に開催されてきた「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」(2020年と2021年のみコロナ禍のため秋に開催)。国際的な認知度も高まり、気鋭の写真家から巨匠まで、国内外地域を問わず様々な作家が参加する写真祭の記念すべき第10回がスタートした。公私におけるパートナーでもあるルシール・レイボーズとともに共同代表を務める仲西祐介が、開催にあたって次のような言葉を寄せている。

「2011年、東日本大震災後にルシール・レイボーズ(KYOTOGRAPHIE共同創設者)と東京から京都に移住ししばらくして、田中泯さんのパフォーマンスを観るために初めて誉田屋源兵衛の暖簾をくぐりました。重厚な造りの町家で誉田屋の着物を着て踊る田中泯さんに圧倒され、京都だったら様々な文化的領域が合わさるようなケミストリー(化学反応)や新たな表現を生み出させるのではないかと思い立ち、二人で着想を得て2013年に始めたのが『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』になります」

写真家としてキャリアを築いてきたレイボーズと、照明技術者として数々の撮影に携わってきた仲西のふたりが、国際規模で認知される写真祭を日本でも実現したいという思いを共有し、2013年に第1回を迎えた。この写真祭独自の魅力として挙げられるのが、世界的にも稀なその展示空間である。京都固有の建物がどのように写真展に使用されているのか、今年の展示から見ていきたい。

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国際レベルの写真フェスティバルを京都で継続して開催してきたことが評価され、10回目の節目を記念して京都市より京都市文化芸術有功賞が授与された。賞状を受け取るのが、共同代表のルシール・レイボーズと仲西祐介。

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京町家のケミストリーとアーヴィング・ペンのヴィンテージプリント。

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022」のテーマは「ONE」。「一即(すなわち)十」という言葉がある。一が単一性を、十は無限の数をあらわし、一つのもの(個)がそのものとして、他のすべて(全体)を自らに含みながら他と縁起の関係にある。個々の存在をCelebrate(祝祭)すると共に、その多様性について讃えたい。そんな思いが込められている。

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『イサベル・ムニョス×田中泯×山口源兵衛|BORN-ACT-EXIST』展の会場となったのが、1738年創業の帯匠、誉田屋源兵衛の建物だ。ここでは2013年の第1回より展示が行われている。

烏丸御池からほど近く、誉田屋源兵衛 黒蔵、奥座敷で開催されている「イサベル・ムニョス×田中泯×山口源兵衛|BORN-ACT-EXIST」は、スペインの写真家、日本のダンサー、帯の匠という3名によるコラボレーションの展示だ。KYOTOGRAPHIE 2017でムニョスはこの誉田屋源兵衛を会場に展示を行っており、その際に10代目当主である山口源兵衛に見せられた誉田屋の織物や日本の古布に心を動かされ、「日本の起源を探究したい」との思いで日本での撮影を決意したという。

奄美大島に山口が開いた工房を訪れ、泥染をするために密林奥の泥田に潜る山口の撮影を行った。そして、誉田屋が田中泯のために着物を制作し、これを着て海中を踊る姿も映像と写真に収めた。まさにKYOTOGRAPHIE共同代表ふたりの思い描いた「様々な文化的領域が合わさるようなケミストリー」が起こり、京町家と蔵に展開したのがこの展示だ。

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『イサベル・ムニョス×田中泯×山口源兵衛|BORN-ACT-EXIST』展示風景より 泥田に入った山口源兵衛の泥をまとった皮膚の質感や、奄美大島の原生林に生える古木の樹皮に見た聖性をプラチナプリントの写真に収めた。
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黒蔵には、田中泯が海中で踊る様子を撮影した写真が展示されている。
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ムニョスが手がけたプラチナプリントを誉田屋の職人が裁断し、糸に紡ぎ織り上げた写真を素材とする帯。

岡崎エリアに1930年に京都市公会堂東館として建てられ、2000年に改修され美術館となった京都市美術館別館には、パリのMEP(ヨーロッパ写真美術館)が所蔵するアーヴィング・ペンの貴重なヴィンテージプリントが集められている。ファッション雑誌に寄稿する商業写真家としても、世界各地の民族や職業人のポートレート、晩年に静物写真などを手がけたアーティストとしても影響力を持つペンの作品が、80点も揃っている展示は圧巻だ。

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『アーヴィング・ペン:Irving Penn Works 1939-2007. Masterpieces from the MEP Collection Presented by DIOR』展示風景より 世界各地の民族を撮影したポートレイトを含む「初期作品と旅」と題するセクションから展示が始まる。
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職人や商人など市井の職業人を撮影した「スモール・トレード」のシリーズ。灰色の幌布を共通の背景にする市井の人々のポートレートは、1950年代初頭にパリ、ロンドン、ニューヨークで撮影された。

この展示のセノグラフィが洒落ている。三角壁の入り組んだ展示空間は、1940年代末にペンがセレブリティを撮影した「コーナー・ポートレート」の撮影セットに見立ててデザインされた。担当したのは、今年の2月にオープンした中之島美術館を設計した建築家の遠藤克彦。

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「コーナー・ポートレート」シリーズより『マルセル・デュシャン』(1948年)。三角壁の撮影セットをスタジオに仮設することで、セレブリティそれぞれのアウラを演出した。そしてこの撮影セットが、セノグララフィのデザインモチーフとなった。
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「ファッション」と題されたセクションの展示風景。パネルの裏面も隠さず仮設の展示セットであることを見せる空間デザインは、背景布などを設けてセット撮影をしていたペンの制作スタイルに着想したという。
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会場の一角には、ペンの妻でモデルのリサ・フォンサグリーヴスがクリスチャン・ディオールのドレスを着た姿を撮影したポートレイトや、歴代の香水ボトルなどが並ぶ。

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建仁寺両足院と京都文化博物館別館にも巨匠の作品を展示。

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『奈良原一高|ジャパネスク〈禅〉』展示風景より 会場は建仁寺の塔頭(たっちゅう=寺内寺院)両足院。セノグラフィを手がけたのはおおうちおさむ(nano/nano graphics)。

祇園の建仁寺両足院も、KYOTOGRAPHIEの展示会場としてお馴染みだ。禅僧が座禅修行をするための静謐な空間には、2020年に逝去した奈良原一高の作品が並ぶ。1956年に長崎県の軍艦島などを撮影した初個展『人間の土地』で鮮烈なデビューを飾り、東松照明や細江英公らと組んだセルフエージェンシーVIVOのメンバーとしてもその名を広めた奈良原。60年代以降は、パリ(62〜65年)、ニューヨーク(70〜74年)と拠点を移しながら世界各地で撮影した、シュルレアリスティックとも言い表したくなる作品が国際的に高く評価された。

その奈良原が、パリから帰国して1969年に『カメラ毎日』で連載したのが「ジャパネスク」のシリーズだ。ヨーロッパでの生活を経て、長時間露光やコントラストの高い画像などの独特な描写を駆使して、日本文化の解体と再構築を行ったように感じられる。インパクトは強く、同時に、禅僧たちの空間に流れる静謐さも収められた写真の数々。セノグラフィを手がけたおおうちおさむ(nano/nano graphics)は次のように説明する。

「空間を感じ、自然を感じ、無から有を見出す。そんな気持ちで写真と対峙できるデザインを目指しました。写真作品は四角い柱に展示し、その柱は『ロの字』状になっていて、2面はふさがれていません。庭園に向かう位置から見ると、(柱の)存在が消えます。奈良原一高の写真作品には、具象と抽象などの概念を超えた強さがあり、目を離した後も残像が長く心に残ります。両足院の庭園にもまた心に残る強さがあります。その片方が見えなくて、もう片方が見えている瞬間を設けることで、心の目を作動させて、出合い方を鑑賞者に委ねる側面を持たせました。シンプルさと素材感にこだわったセノグラフィです。『ロの字』の柱の内側に8種類の白い和紙を貼り、それが自然光を反射させて発光体のように錯覚させます。木材はすべて無垢。照明なし。無作為が作為に勝るバランスを見つけることに終始したデザインです」

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奈良原一高の写真が展示されているのは大書院。寺院の僧侶の私室、書斎として使用されていた空間だ。
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茶室である臨池亭も開放されていて、縁側に腰掛け大書院とは異なる角度から庭の景色を味わうことができる。

旧日本銀行京都支店を改修した京都府京都文化博物館別館では、1950年代よりフランス版『VOGUE』誌で活躍したギイ・ブルダンの展示『The Absurd and The Sublime』が開催されている。キュレーションを担当したのは、元クリスティーズの写真部門ディレクターで、現在はシャネル・ネクサス・ホールのアーティスティックアドバイザーを務めるインディア・ダルガルカー。円環状の構造体が重なり合って通路をなす展示空間では、初期のモノクロ作品からカラー作品へと展開。ドラマとして演出されたかのような写真の数々を見ていると、映画の絵コンテを追いかけているような気分になる。ダルガルカーは、ホテルの殺人現場に居合わせた気分や、目撃者となった感覚を味わえるように、今回のような作品セレクトと動線の演出をプランしたという。

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『ギイ・ブルダン|The Absurd and The Sublime Presented by CHANEL NEXUS HALL』展示風景より。帽子をかぶった女性の上に、舌を出す仔牛が写った写真は、『VOGUE』に初めて掲載された写真だという。これ以外にもギイ・ブルダンは、ファッション界の常識にとらわれない写真の数々を残してきた。
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展示壁の間を開け、向こう側の写真がチラッと見えるような空間デザインも、展開する先を覗き見るような感覚を演出するため。この展示のセノグラフィもおおうちおさむ(nano/nano graphics)がデザインした。
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ギイ・ブルダンがイメージ制作のために利用したポラロイドの数々と、写真の最終結果が見えるようにと、実際に出版された雑誌が何点か展示されている。

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2階から見た展示構造。「上から見た構造がうまく形になっていたら、展示として成功するはずだと思ってデザインしました」とおおうち。

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写真を用いて発信する社会的メッセージ。

「KYOTOGRAPHIEは毎年、社会における大事なテーマを扱ってきました。今年はその特別プログラムとして、『SHINING WOMAN』プロジェクトに光を当てたいと思います」とオープニングセレモニーで語り、写真家の殿村任香を紹介したのは、共同ディレクターのルシール・レイボーズ。

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がんと闘い向き合う女性を称えるべくポートレートを撮影し、SNSで公開するプロジェクト「SHINING WOMAN #cancerbeauty」を展開する殿村任香(画面中央左で旗を振る女性)。会期初日には、被写体となった女性が自分の写真をプリントしたプラカードを持ち、祇園からオープニングセレモニーの会場となった京都市役所までサイレントデモンストレーションを行った。

乳がんや子宮頸がんなど女性特有のがん患者や、がんを克服した女性のポートレートを殿村が撮影し、拡散するこのプロジェクトには、乳房や頭髪を失うなど、がんによって“女性性”を失った女性への偏見や差別に対するメッセージが込められている。 オープニングセレモニーで次のように語った。

「女性性は臓器によって決められるものではありません。残念ながら、女性のシンボルを失うことへの偏見と差別が存在します。すべては生きることを選択した証なのです。ここにいるSHINING WOMANたちが美しく輝き、美しく生きているということが、このプロジェクトを通して行う最大の抗議です」

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スクリーンに映っているのが殿村。「SHINING WOMAN」で被写体となった40数名のうち、11名が全国各地からサイレントデモンストレーションのために集まった。

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『Hideka Tonomura|SHINING WOMAN PROJECT at KYOTOGRAPHIE 2022』展示風景より。会期中は、祇園のSferaにプラカードが展示されている。殿村は 「がんサバイバーの女性にとって働きやすい会社を作ることがいまの目標」だと話す。

ジェンダーギャップの大きさで、先進国のなかでワーストにランクされる日本。アートとカルチャーの分野で活躍する女性に光を当てることを目的として、ケリングが2015年に立ち上げたプラットフォーム「ウーマン・イン・モーション」によって支援されている企画が、『10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭』だ。さらなる活躍が期待される10人の日本人女性写真家が選ばれ、空間を10分割して個展が集合する形で展示が行われている。

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『殿村任香|焦がれ死に 10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭』展示風景より 上述した「SHINING WOMAN」の展示とサイレント・デモンストレーションは、殿村が『10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭』に選出されたことをきっかけに実現したアソシエイテッドプログラム。
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『𠮷田多麻希|Negative Ecology 10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭』展示風景より「KYOTOGRAPHIE 2021」の公募プログラム「KG+ SELECT 2021」でグランプリを受賞した𠮷田多麻希は、薬品によるフィルムの現像を通して、化学物質と生態系の対話に取り組んでいる。

今回のKYOTOGRAPHIEで発信された写真による社会的メッセージは、ジェンダーギャップに関するものだけではない。フォトジャーナリストのサミュエル・ボレンドルフは、アニエス・ベーによって設立された海洋問題に特化したタラ オセアン財団が海洋探査のために所有するタラ号に、2019年に乗船した。航海のテーマは「マイクロプラスチック」。家庭ゴミや合成魚網、産業用マイクロビーズなどがミクロのサイズになって魚の健康を害し、成長や繁殖を遅らせるなど食物連鎖全体を混乱させ、破壊してしまう。世界中の海をタラ号で巡り、1ヶ所としてマイクロプラスチックに汚染されていない海がないことを目にしたボレンドルフは、一見すると美しい海と、そこに潜むマイクロプラスチックの問題を「Contaminations」と題する作品シリーズにまとめた。

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『サミュエル・ボレンドルフ|人魚の涙』展示風景より 琵琶湖疏水記念館、蹴上インクラインを会場に作品を展示。各地の美しい海の写真からは、環境汚染を感じ取ることはできない。
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しかし実際には、微細なプラスチックゴミが世界中の海を覆っており、その排出量は毎年推定で800万トン、つまり、毎分ダンプカー1台分のプラスチックゴミが海に投棄されているという。

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KYOTOGRAPHIEは、この先も発展を続ける。

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『プリンス・ジャスィ|いろいろアクラ—キョウト』展示風景より 2020年よりアフリカのアーティストを招聘し、グローバルなアーティストとローカルな商店街をダイレクトにつなげ、新たな表現を生み出すプロジェクトを実施するKYOTOGRAPHIE。コロナ禍で来日が叶わない今回、ガーナ出身のプリンス・ジャスィに出町桝形商店街を象徴するさまざまなアイテムを送り、プリンスの地元の市場の人々をモデルとして、ともに撮影する遠隔式コラボレーションを実施。会期中はバナーとなって商店街を彩る。画面右が、パーマネントスペースのDELTA。

二人の共同創設者が2011年に誉田屋源兵衛で得たインスピレーションから、10年目を迎え大きく発展したKYOTOGRAPHIE。期間外もカフェとして営業し、イベントも行われるパーマネントスペースDELTAも2020年に出町桝形商店街にオープンし、京都の季節のイベントとしてすっかり定着した。これからさらに国際的な認知度を高め、世界に向けての写真芸術の発信と、国際社会との問題意識の共有を行っていくに違いない。10周年という記念すべき通過点を見逃さないで欲しい。

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『マイムーナ・ゲレージ|Rûh|Spirito』展示風景より。イタリア系セネガル人アーティストであるマイムーナ・ゲレージは、「霊」「魂」を意味するアラビア語とイタリア語の単語を展示タイトルにした。人は魂が入る器だと考える彼女は、象徴的にその入口であるドアのイメージを作品に用いている。
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公募プログラム「KG+ SELECT」より、松村和彦『心の糸』。「認知症の人と認知症でない人は見える景色が違う」というある男性当事者の言葉を聞き、4つの取材を通して作品制作を行った。認知症の当事者や、その家族が見つける光の形とは。

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八竹庵という旧町家が、今年のKYOTOGRAPHIE総合・周辺観光案内所に。滋賀県にあるアートセンター&福祉施設「やまなみ工房」に通所する人たちのポートレート写真集『DISTORTION 2』(撮影:笠谷圭見)に収録された作品が展示されているほか、参加アーティストに関わる本を紹介するブックラウンジなども展開する。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022

開催期間:2022年4月9日(土)〜5月8日(日)
開催場所:京都市内各所
TEL:075-708-7108(KYOTOGRAPHIE事務局)
開館時間、休館日はプログラムにより異なる
パスポート料金:一般¥5,000
https://www.kyotographie.jp