今月のおすすめ映画① 世界が分断される瞬間を、9歳の少年のまなざしで描く
イギリスを代表する俳優であり、監督としても活躍するケネス・ブラナーは、北アイルランドのベルファストで幼少期を過ごした。大好きな家族や街の人々に囲まれた無邪気な日々は、プロテスタントとカトリックが反目した北アイルランド紛争によって終わりを告げた。ブラナーは長い時間を費やして完成させた自伝的な映画『ベルファスト』の主人公、バディが暴動に巻き込まれる場面について、「まさに私が記憶したままに描いている」と語っている。
「あの午後、スローモーションのように世界がひっくり返る瞬間を見ました。聞いたことのない音がして振り返ると向こうに暴徒の姿が見えて、その瞬間から世界は永遠に変わってしまった。そして、過激さは違えども、世界中の人が同じような転換期を経験しているはずだと思ったのです」
モノクロで撮影されたベルファストの街角で描かれるのは、人々の慎ましくも幸せな生活だ。バディ少年も映画『チキ・チキ・バン・バン』を観て瞳を輝かせ、ユーモアあふれる言葉で味方してくれる祖父とおしゃべりする時間を楽しんでいる。当然のごとく、ここでの穏やかな暮らしを奪う権利は誰にもない。けれども少年の両親は次第に激しくなる暴力の足音を聞きながら、この場所で生きていくべきかどうか悩み、ひとつの決断をすることになる。
やるせないことに、この物語が描く悲劇は過去のものではない。ロシアのウクライナ侵攻によって多くの民間人が犠牲になっているいま、9歳の少年の目の高さで世界の分断を見つめた作品が公開されることは、大きな意味を持つ。
「この街の喜びや悲しみ、一家が経験する出来事を見て、親近感を覚えて共感し、他者の人生を見つめることで、私たちは独りじゃないんだと感じてほしい。この映画を観て、そんなふうに感じてもらえたら本当にうれしく思う」
『ベルファスト』
監督/ケネス・ブラナー
出演/カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチほか
2021年 イギリス映画 1時間38分 TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画② 青年はなぜ銃を手にしたのか?銃乱射事件の裏側に迫る
両親と暮らすニトラムはメンタルヘルスの問題を抱え、停滞した日々を送っていた。ヘレンという女性と出会って恋に落ちるが、悲劇的な出来事をきっかけに彼の精神は壊れ始めてしまう。オーストラリア、ポート・アーサーで起こった銃乱射事件を映画化。事件までの日常の描写を重ね、不穏な空気を醸造することに成功している。主人公を演じたのは、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。寄る辺なさを持て余しているようなニトラムの魂を体現し、昨年のカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞した。
『ニトラム/NITRAM』
監督/ジャスティン・カーゼル
出演/ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、エッシー・デイヴィスほか
2021年 オーストラリア映画 1時間52分 新宿シネマカリテほかにて公開中。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③ 話題となったテレビアニメを、新しいアプローチで再構築
個人タクシー業を営む小戸川が巻き込まれたのは、練馬区女子高生失踪事件。半グレ集団や売り出し中のアイドルなどが絡んだ事件はいったん、結末を迎えるが……。昨年公開され、動物の姿をした登場人物や、視聴者の考察を追い越していく展開が話題を呼んだ、テレビアニメを再構築。証言をつなぎ合わせて事件にアプローチし、新たな輪郭を浮かび上がらせる。声優陣には花江夏樹のほか、お笑い芸人のミキ、ダイアンらが再集結。衝撃を与えたエンディングの“その後”も描き、“藪の中”を暴く。
『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』
監督/木下麦
出演/花江夏樹、飯田里穂ほか
2022年 日本映画 4月1日よりTOHOシネマズ新宿で公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2022年5月号より再編集した記事です。