産業革命による技術革新と欧州を中心に行われた芸術のムーブメント。これらによって生まれた椅子のモダンデザインは、現代にも色濃く残るものとなった。その歴史をひも解いていこう。
ヨーロッパをはじめとする先進国で次々と産業革命が起き、大量生産と機械化によって、家具の品質が低下してしまった19世紀半ば。ドイツ人のミヒャエル・トーネットによって開発された曲木技術は、近代の椅子デザインや製作工程に多大な影響を及ぼした。さらに、輸送や工業化が発達した20世紀を迎えると、スチールや皮革などの素材を機械で加工する技術力も向上していく。デザイナーたちは新しい素材と技術を得て、実験的な造形に取り組み始める。
また、国境を超えた移動がスムーズになるにつれて直接的な交流が増え、欧州を中心にさまざまなムーブメントが起こった時代でもある。
オランダで始まった「デ・ステイル」の運動は、伝統的な様式や装飾を取り払い、垂直や水平を強調する幾何学的な形状や空間を追求。ドイツに誕生した「バウハウス」は、第一次世界大戦直後からナチスが政権を奪うまでのわずか14年間で、あらゆる造形を体系的に学ぶ革新的なデザイン学校として、優秀なデザイナーや芸術家を招き、才能ある人材を輩出した。フランスではル・コルビュジエらの雑誌『エスプリ・ヌーヴォー』をきっかけに建築家やデザイナーたちの連盟「UAM」が設立。ジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアンらも参加し、理論的な機能主義とモダニズムの啓発運動が盛り上がった。
こうした活動が互いに刺激を受けながら、20世紀前半のモダンスタイルを確立する大きな潮流を生み出すこととなった。
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214/1859
無垢材を蒸気で曲げるという技術を生み出したトーネットの代表作。当初は「No.14」と呼ばれ、わずか6つの部材だけで構成されている。製作段階では各部材ごとに加工し、販売店または購入者が組み立てるという「ノックダウン方式」を普及させた点でも、現代のデザインに多大な影響を及ぼした。軽量で大量生産に適し、輸送コストまで計算され尽くした曲木椅子は、この時代まで上流階級向けが主流だった家具の様式を一変させていった。
ミヒャエル・トーネット/1796-1871
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レッド&ブルー ラウンジチェア/1918
曲線は一切なく、直線と平面だけで構成され、ダボとネジ釘で接合されている。古典的な家具づくりをしていたリートフェルトが、フランク・ロイド・ライトの「平板で構成された木製椅子」に触発され、オランダで起こった造形運動「デ・ステイル」でともにメンバーだったピエト・モンドリアンの描く抽象絵画に感化されてデザインしたといわれる。古典主義を脱却し、新造形主義を椅子に取り入れた、20世紀のモダンスタイルを象徴する一脚。
ヘリット・トーマス・リートフェルト/1888-1964
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ワシリーチェア/1925
バウハウスの1期生として学んだブロイヤーが、スチールパイプを使って手がけた最初の椅子。複雑な構造に見えるが、単純に曲げてボルトで固定されており、背と座面は革張り。バウハウスの教授でもあった画家のワシリー・カンディンスキーが職員住宅で使うための椅子だったことから「ワシリーチェア」と呼ばれている。この3年後、もうひとつの代表作となる1本のパイプを曲げたカンティレバータイプの「チェスカチェア」を発表。
マルセル・ブロイヤー/1902-1981
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S33/1926
スチールパイプを使ったカンティレバー構造の椅子を最初に発案したのは、スタムだ。まっすぐなガス管を金属製ジョイントでつないだ試作を経て、完成に至った。スチールパイプを曲げたカンティレバー構造のデザインについて、先に発表していたブロイヤーと裁判で争う事態となり、1962年にようやくドイツ連邦裁判所がスタムの著作権を認めている。人間関係での軋轢はあったが、どちらも現代のデザインに大きな影響力をもち続けている。
マルト・スタム/1899-1986
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バルセロナチェア/1929
同年に開催されたバルセロナ万博ドイツ館で、当時のスペイン国王を迎え入れるためにつくられた。イラストは当時のアイボリーのタイプ。ミース自身が設計したドイツ館の素材はおもに鉄とガラスで、壁には大理石を用いており、椅子にもその雰囲気と国王が座る権威を保つ造形が工夫されている。スチールを溶接した跡のない美しいX字脚のラインは、古代エジプト、ギリシャ、ローマ時代に使われたスツールの脚を彷彿とさせる。
ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ/1886-1969
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LC4/1928
シャルロット・ペリアン、ピエール・ジャンヌレとの合作。身体との一体感を味わえるシェーズロングは、昼寝での使用を想定した構造で、台座から上の部分を外すとロッキングチェアにもなる。現在は革張りのものが一般的だが、イラストは発表当時の布製タイプ。革製シートは、工業化が進んだ皮革加工技術の賜物だろう。「椅子は建築物」と表現したコルビュジエだが、機能性だけでなく芸術的な優美さを兼ね備えようとした思想もうかがえる。
ル・コルビュジエ/1887-1965
※この記事はPen 2022年4月号「名作椅子に恋して」特集より再編集した記事です。