【前編】陶芸家・アーティストの鹿児島睦の仕事場を訪ねて

  • 写真:朝山啓司
  • 文:高橋美礼
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鹿児島睦(かごしままこと)●1967年福岡県生まれ。沖縄県立芸術大学で陶芸を専攻。卒業後インテリア会社「NIC」「ザ・コンランショップ」に勤務。2002年より福岡市内のアトリエにて本格的に陶器の制作を開始。現在は、東京、大阪、福岡、ロサンゼルスなどで個展を開催するほか、版画やファブリック、壁画の制作、アートプロジェクトへの参加など活動の幅は多岐にわたる。 https://www.makotokagoshima.net/

3月2日から伊勢丹新宿店にて、英国のテキスタイルブランド「Christopher Farr Cloth」を使ったインテリアアイテムが発売する。今回のテキスタイルデザインを手掛けた陶芸家の鹿児島睦さんのアトリエで、これまでの創作や今回の新作について話を訊いた。

どことなく懐かしいような、それでいて空想の世界を描いたような、不思議な絵皿を構成するのは、優しく暖かみのある植物や動物たち。陶芸家でアーティストの鹿児島睦さんがつくり出す陶器は、ひと目で忘れられない印象を残す。近年では、料理をおいしくいただくという実用的な器としての魅力以上に、身近なアートとしての存在感に魅せられたコレクターが国内外に増えている。

福岡県出身の鹿児島さんは、現在も同地で制作を続けている。福岡市内の中心地でありながら豊かな自然に囲まれた、瀟洒なマンションの1室。土っぽさを連想させる陶芸のイメージとは少し違う、明るくて居心地のよい空間が鹿児島さんのアトリエだ。

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鹿児島さんのアトリエ。ロクロを用いたり大型の作陶も再開できるよう、郊外に残した自宅をもうひとつのアトリエとして改装中。


2019年の秋、それまでの制作拠点だった郊外の自宅と併せてこの場所へ移った。土を扱うことで必然的に汚れる作業や、一度にたくさんの器を焼き上げることを考えると、無理があるのではないかと思われがちだが、「どれくらいコンパクトにできるか試してみたかった」と鹿児島さんは話す。

「実験的にやってみよう、と思い切って環境を変えてみました。想像していたよりもできるな、という手応えですね。ここでは主に、“型打ち”(板状に伸ばした粘土を石膏型で同じ形状に整えること)での作陶になりますが、絵付け、釉薬をかけて焼成して、完成させるまですべて行っています。あとは、大きなオブジェが制作できるように、元のアトリエを改装しているところです」

ちょうどこの日は、イギリスにあるプライベートなアートセンター、メッサムズ・ウィルトシャーで4月に開催される展覧会のための作品づくりが佳境を迎えていた。

「陶器を制作する合間にイラストのアイデアをスケッチすることもあるし、その絵を描きながら、次はこういう陶器にしたらどうだろう、と考えることが気分転換にもなります。そのバランスをうまく取る性格なので、いくつか締め切りのようなものが重なってもストレスは溜まらないのかもしれません。あるいは、“仕事のストレスは仕事で解消する”感覚と言えるかも」と穏やかに笑い飛ばす。新作を待たず、直に依頼してくる海外のギャラリストや収集家からの熱心なアプローチは止むことがない。

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独特な絵と色使いが、鹿児島さんの作風。既成概念にとらわれない技法と道具で、クリエーションの幅を広げてきた。

図柄だけでなく質感や色の美しさも、鹿児島さんの絵皿の魅力。黒地または白地に複数色で絵付けをしたものや、酸化鉄を含む顔料を使ったもの、ロウ抜きの技法で白地に青色を染めつけた器も代表作だ。 特殊な道具にこだわらず、拾ってきた貝殻で押しつけた模様や、自転車のスポークで引っ掻いた線と相まって、誰でも知っている動物や植物が、独自のスタイルとなって表れ出てくる。

陶芸を志した学生時代から、鹿児島さんは他の人とは違うアプローチを探るのが好きだった、と振り返る。

「陶芸は自分の手で自由になる形があり、残るものであるところに惹かれたのだと思います。ただ、若い頃から、他の誰もわざわざやらないような道具や素材の使い方を見つけたり、技法を試したり、というのはよくしていましたね。大学では美術工芸学部で陶芸を専攻し、その課題の中では“紅型”や“藍染”といった伝統工芸の染織を実践する機会もあり、その経験はいまの作風にも影響しているほど好きなものなのですが、どうしてもちょっと違うことを試したくなってしまうんです。別のデータを取る方が面白いだろうと考えるタイプなのかもしれません」

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素焼きした皿に下絵を描く。構図を決めておくこともあるが、資料などを見ずにラフに描き込むことも。

基礎を学ぶための大学時代の課題だけでは、鹿児島さんの好奇心を満たせなかったに違いない。 例えば、呉須(磁器に使われる青色の顔料)で絵付けをする課題に対して、色を染めない部分にロウ抜きの手法を併用し、いかに緻密に仕上げられるか挑戦したり、練り込み技法(色の異なる粘土を練り合わせたり交互に積み重ねて柄を出す手法)の課題では、伝統的な「うずらで模様」を展開して千鳥格子模様を試行錯誤したり。他の学生と別の次元まで勝手に進めてしまう“困った学生”のようだった。

「全員で同じことをするよりも、違う結果をデータに残せば、みんなにとっても有効な情報になるのではないかと思って実際に行動してしまうので、いつも苦言を呈されていました。『ロウ抜きを使うなら、陶芸ではなく染色の仕事だ』『千鳥格子のパターンは、練りこみじゃなく織りの仕事だ』『陶芸じゃないぞ』とまで(笑)。

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スケッチの上から顔料で下絵を完成させる。顔料や釉薬はどれも一般的な材料。その使い方が絵の個性を引き出す。

いまでは、オーソドックスな技術を学ばせるという課題の意図もわかります。でも当時は、単なる反発心からではないのに、『お前は本当に陶芸が嫌いなんだな』と指導の先生に言われてしまうほどでした。自分ではそんなつもりではなかったので、『すいませんと』しか言いようがなく、扱いづらい学生だったでしょうね。自分ではいつも大真面目、本気で行動していたのですけれど」

誰もが成功している道筋を同じようにたどってものづくりをしても、意味がない。鹿児島さんにとっては、結果が明快な方法よりも、実験的な経験の方が大切だった。

陶芸はもともと、エンジニアとして身の回りにあるさまざまなものを手づくりしていた鹿児島さんの祖父を通じて出会った道。実家には、専門的な器具に混じって陶芸の材料や道具もたくさん揃っていた。

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アトリエには依頼されたイラストや図案、木の枝も貼られている。


「ユニークな祖父のようなことができれば、と漠然に思ってはいました。でもそれがプロダクトデザインなのか伝統工芸なのか、私自身もわからなくて。ただ、祖父が自分でつくっていた不思議な道具を使ってみたい気持ちは強くあり、幸いなことに、家族には競争相手がいなかったので、『あのおもしろい変な道具を全部ひとりで使えるようになる』と想像するだけで嬉しかったのが、きっかけかもしれません」

幼い頃の鹿児島さんと祖父の思い出は、破天荒で自由な出来事ばかり。湧き水を水道へ引くために、なぜか蛇口が3つもある水栓を見つけてきて工夫しながら設置したこと、螺鈿細工が見事な桐の箪笥を部屋に収めるからといってノコギリで分断してしまったこと。面白くて挑戦好きだった祖父の姿は、いまでも鹿児島さんの原風景の中に存在しているようだ。

※後編へ続く

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『Meets.-鹿児島睦&Christopher Farr Cloth』

開催期間:2022年3月2日~2022年3月15日
開催場所:伊勢丹新宿店本館5階 センターパーク/ザ・ステージ#5
営業時間:10時〜20時
入場無料
https://www.mistore.jp/store/shinjuku/shops/living/park/shopnews_list/shopnews_016.html