自分の腕の中に無限を見る、その美しさを共有したい
7本のバーで表した「7セグメント」の数字が1から9まで絶え間なく変化する。この独自の表現を貫くのが日本を代表する現代アーティスト、宮島達男さんだ。1987年の『30万年の時計』や、翌年のベネツィア・ビエンナーレで発表した『時の海』で世界的に注目を集め、以来、長年にわたり「時」と向き合った作品を手がけてきた。若い頃に生死をさまよう大病を患い、生と死、時について強く意識するようになったことが、創作活動の源泉だという。
「表現者として自分のオリジナルを模索していた87〜88年頃、『それは変化し続ける』『それはあらゆるものと関係を結ぶ』『それは永遠に続く』という3つのコンセプトを考え、それを表現するためにLEDのデジタルカウンターの表示機を使いました。自分の表現方法と時間に対する意識が合致したタイミングでした」
時を表現する。しかしその“時”とは、いまを表す時刻ではない。
「人間の生と死など、異なる次元の“時”を捉えていたので、常識的な時間としての時計は意識したことはなかったです。だから腕時計をデザインするにあたっては、“時とともに生きる”とはどういうことなのかと考えました」
ブルガリの時計と対峙した際、まずその精巧さに驚いたという。
「まさに職人技の世界で、薄いケースの中に小宇宙のような機械が詰まっている。ブルガリからは、『オクト フィニッシモ』という薄型時計をベースにというリクエストがあり、こういう作品づくりも異例でした。いままでのアート作品はフィールドや場の環境から考えてきたので、あてがわれた材料から作品をつくるという経験は、ほとんどありませんでしたから。今回は『オクト フィニッシモ』という支持体があり、時刻を表示するという機能も必要。そこにアートの要素を絡めるとしたら、なにがあるだろうか。オクトという八角形ケースの理由や、生と死が刻まれるものを身につけて歩くのはどういうことなのか……。そういうコンセプチュアルな部分から発想を広げていきました」
描いたコンセプトを腕時計へと落とし込む作業は困難を極めたというが、ブルガリのアートへの深い理解は、アニッシュ・カプーアらとの過去のコラボレーション作品からも認識していた。製作面は安心して任せられたという。
「ダイヤル上に7セグメントの数字を配し、オクトの8を表現したのですが、フィニッシュワークが素晴らしい。出来上がった製品を見て、よくぞこんなにもきれいに仕上げてくれたと感心しました」
完成した腕時計を愛でながら、感慨深げに語る宮島さん。
「数字は自然界には存在しない。しかし人間は、数字によって時間や空間を意識するようになりました。英国の詩人ウィリアム・ブレイクが詠んだ一節『一粒の砂に世界を見て、一輪の花に天を見る。汝の掌に無限を捉え、一時の中に永遠を見よ』のように、自分の腕の中に無限が見える。そんな時計になればいいですね」