北海道の美しき幻の島「ユルリ」に生息する馬たちを、写真家が追った10年の軌跡

  • 文:中島良平
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ユルリ島の撮影を続けた岡田敦は、2008年に木村伊兵衛写真賞を受賞した北海道出身の写真家。主な写真集に『I am』(赤々舎、2007)、『ataraxia』(青幻舎、2010)、『安田章大 LIFE IS』(マガジンハウス、2020)など。2022年1月12日〜3月13日に北海道帯広美術館で開催される『道東アートファイル2022』には、ユルリ島の作品を出展する。

北海道の東端、根室半島の沖合およそ2.6kmの場所に浮かぶ小さな島、ユルリ島。北方系の海鳥の繁殖地にして馬たちのユートピアでもあるこの島は、北海道の天然記念物になっており、入島も制限されたまったくの無人島となっている。根室市と交渉を重ねたのち、許諾を得てこの島に2011年から通い撮影を続けた写真家、岡田敦による写真と映像作品、並びにユルリ島に関する資料を格納するユルリ島ウェブサイトが12月1日にオープンした。

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ユルリ島が馬たちのユートピアとなった背景には、歴史的な動乱があった。岡田敦はその瞳を捉えた数多くの美しい写真をこのサイトに収めた。ユルリ島のある根室では現在、馬のいる島の存続に向け、話し合いが行われている。
1945年、終戦を前にしてソビエト連邦は日ソ中立条約を一方的に破棄し、千島列島並びに択捉島、国後島、歯舞群島、色丹島を支配する。北方領土を追われ、移住を余儀なくされた漁民などが昆布の干場を求めてユルリ島へと渡り始めた。水揚げした昆布を干場まで引き上げる労力として、漁民たちは島に馬を連れて行った。少数の昆布漁民が暮らす緩やかな時間が島には流れた。しかしエンジン付きの船が登場し、労力が馬から車へと変わると、島民たちは次第に島から離れはじめ、1971年には最後の島民が去り無人島に。馬たちだけが残され、そこは彼らのユートピアとなった。

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サイトにはユルリ島が歩んだ歴史が記録され、また編集者でライターの星野智之によるテキストも添えられている。

島に自生するアイヌミヤコザサを馬が食べ、地面の近くまで太陽の光があたると花が咲き、島一面は花畑のようになっている。1976年には北海道自然環境保全地域に指定され、根室の昆布盛の港から海面に浮かぶ円盤のような島を眺めることはできても、かつての島民が馬の管理を目的とする場合を除き、上陸することができない馬たちが暮らす幻の島になったのだ。

2006年にはかつての島民の高齢化により、馬の管理が困難となり、島からは雄馬が引き上げられた。つまり今後、新たな馬の命が島で生まれることはなくなった。老衰で1頭、また1頭とその数を減らし、絶えてしまうことが運命づけられているユルリ島の馬たち。10年にわたり撮影を続けてきた岡田敦の作品は、豊かで美しい自然と馬たちの姿、その目線を捉えている。島の四季を収めた4本の映像作品には、空間の広がりを感じさせる作品をジャンルレスに手がける音楽家のharuka nakamuraが音をつけ、鑑賞者を島の風景へと引き込む。島の歴史やテキストを見ながら、美しくも儚い島の存在に想いを馳せてほしい。

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収録されている映像は「幻の島」「霧の中の伝説」「風の中の伝説」「雪の中の伝説」の4本。
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馬を撮影したものに限らず、草原の植物や海の様子、夕景に浮かび上がる灯台の影など、ユルリ島の多様な表情を捉えた写真の数々もサイトには格納されている。

ユルリ島ウェブサイト

https://www.yururiisland.jp/