映画『フレンチ・ディスパッチ』の見どころとあらすじ。ウェス・アンダーソン監督がフレンチ・カルチャーに捧げるラブレター

  • 文:上村真徹

Share:

© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

洋画・邦画ともに注目作品の多い1月。鬼才ウェス・アンダーソン監督が20世紀フランスの架空の新聞社を舞台に描いた『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』の見どころやあらすじを紹介する。

【あらすじ】人気雑誌の最終号を飾った思い出のスクープ4選

2112_PEN_FrenchDispatch_01.jpg
服役11年目に突然筆をとった殺人犯モーゼスは、たちまち美術界のスターになる。© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

世界中の映画賞を席巻した『グランド・ブダペスト・ホテル』など、独特のユーモアと細部まで貫かれた美意識によってカルト的な人気を誇るウェス・アンダーソン監督。彼の長編第10作となる最新作で、第74回カンヌ国際映画祭でも熱狂的な支持を集めたコメディドラマ『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』が劇場で公開される。

本作の舞台は、フランスの架空の街アンニュイ=シュール=ブラゼ。この街に支局を構える米国新聞社が発行し、国際問題からカルチャーまで幅広いテーマに深く切り込む人気雑誌「フレンチ・ディスパッチ」が、急死した編集長アーサーの遺言で廃刊を迎えることに。物語は、最終号に掲載された1つのレポートと3つのストーリーを記者たちが振り返るオムニバス形式で進んでいく。

「自転車レポーター」:古びた石造りの建物が並ぶアンニュイ=シュール=ブラゼには、夕暮れ時に売春婦や男娼が姿が表す怪しい地区がある。向こう見ずな記者サゼラックは、果敢にも自転車でこの地区を一巡りして潜入取材を試みる。

「確固たる名作」:懲役50年の刑に服する殺人犯モーゼスは、女性看守シモーヌをモデルに絵画を描き始め、またたく間に美術界のスターになる。ある時から1つの作品にかかりきりとなった彼が、数年ぶりに発表した新作。それは、あらゆる意味で美術界に史上初の衝撃を与えるとんでもない作品だった。

「宣言書の改訂」:学生運動のリーダーを務めるゼフィレッリは、両親の友人でもある記者ルシンダに宣言書の校正を頼む。一方、ルシンダも学生運動の記事を書くためゼフィレッリを取材する。

「警察署長の食事室」:記者ローバックが警察署長のお抱え天才シェフ・ネスカフィエを取材しようとした夜、署長の息子が誘拐されてしまう。署長の命を受けたネスカフィエは、犯人一味のアジトに乗り込んで一世一代のディナーを振る舞うという作戦を決行する。

---fadeinPager---

【キャスト&スタッフ】個性派俳優たちの豪華競演による化学反応に釘づけ

2112_PEN_FrenchDispatch_02.jpg
人気上昇中の若手俳優ティモシー・シャラメ(右)がウェス・アンダーソン監督作に初参加。© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

アンダーソン監督の作品で毎回話題になるのが、国や世代を超越した豪華キャストの競演。今回は、オスカー俳優ベニチオ・デル・トロ、旬の美青年ティモシー・シャラメ、さらにレア・セドゥとマチュー・アマルリックのフランス映画界を背負う名優たちがアンダーソン監督作に初参加。そこにオーウェン・ウィルソンやビル・マーレイら“アンダーソン・ファミリー”、そしてフランシス・マクドーマンド、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントンら常連俳優が絡み合い、一癖も二癖もある記者やその取材対象者たちを個性豊かに演じている。

またスタッフも、アンダーソン監督と長年組んで信頼を寄せられているプロフェッショナル揃い。撮影は『グランド・ブダペスト・ホテル』でオスカー候補となったロバート・イェーマン。衣装デザインのミレーナ・カノネロと音楽のアレクサンドル・デスプラはそれぞれ『グランド・ブダペスト・ホテル』でオスカーを受賞済み。唯一無二のアンダーソン・ワールドの構築をサポートしている。

【見どころ】アンダーソン監督のフィルターから綴る、現実とは少し違った“詩的なフランス”

2112_PEN_FrenchDispatch_03.jpg
フランス西部シャラント県のアングレームに撮影拠点を構え、程よい経年感の街並みと建築を活用した。© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

古き良きヨーロッパの幻想を再現した『グランド・ブダペスト・ホテル』や、黒澤明映画をはじめ日本文化へのリスペクトを具現化した『犬ヶ島』など、近年のアンダーソン監督は自身が敬愛するものにオマージュを捧げる傾向が目立つ。そして本作も、彼が拠点としているフランスの映画・文学・文化へのラブレターとなっている。例えば「確固たる名作」の登場人物モーゼスは、ジャン・ルノワール監督作『素晴らしき放浪者』でミシェル・シモンが演じていた浮浪者がモデル。「宣言書の改訂」は20世紀フランスの重大事件である5月革命をアンダーソン流に解釈したもので、ゴダールらヌーヴェル・ヴァーグ映画からの影響も多く見受けられる。どの描写もアンダーソン監督の頭を通したイメージによる“詩的なフランス”で、監督ならではの美意識が色濃く感じられて楽しい。

さらにアンダーソン監督のフランス愛は、約130ものセットにも及んでいる。舞台となる架空の街アンニュイ=シュール=ブラゼをフランス西部シャラント県のアングレームにセットを構え、曲がりくねった道や多彩な坂が織りなす独特の空間をそのまま生かしながら、アンダーソン監督ならではの“箱庭ワールド”を等身大サイズで魅せる。そうして出来上がった映像は、出演したエイドリアン・ブロディが「どの1コマにも真の芸術家の魂がこもっている」と太鼓判を押すほどの完成度で思わず見惚れてしまう。

唯一無二のアプローチで映画に臨み、精巧に作り込まれた世界観を新たな形で届ける──。当代きっての鬼才監督の個性と進化を存分に堪能したい。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

監督/ウェス・アンダーソン
出演/ベネチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディほか 2021年 アメリカ映画
1時間48分 1月28日(金)より全国の劇場にて公開

---fadeinPager---