【Apple Watch Series 7 デザイナーインタビュー後編】デジタルと物理の境界を消失させた革新的デバイス

  • 文:林信行

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機械式時計ファンにも馴染みのあるクラシックなデザインの「ワールドタイム」文字盤も、画面領域が広くなったことで実現。

新ディスプレイのための文字盤デザイン

[前編より続く]ヘアライン1本まで見直されたApple Watch series 7だが、その顔となるのはやはり時計の文字盤(フェース)だ。

「Apple Watchの体験の中心となるのは文字盤です」。初代Apple Watchから多彩な文字盤の種類が用意され、これまで6年間、毎年新しいものが追加されてきた。

「新しい文字盤をつくるときは、いつも精密さや細心の注意を大事にしてきました。また、時計の歴史や時計作りの文化に対しても最大限の敬意を払って文字盤づくりをしてきました」とダイ氏。「今年は新しいクリスタル(文字盤を覆うガラス)を採用したのに合わせて、我々はすべての文字盤に対して、ちゃんと新しいクリスタルに合うかの見直しをしました」 

もちろん、この新しいクリスタルのために新たに作り起こした文字盤もある。

「輪郭(Contour)」という文字盤だ。「Appleのデザインチームは常にどこまでがハードウェアで、どこからがソフトウェアかの境界がわからないものづくりを目標としている。これをまさに体現して見せたのが『輪郭』という文字盤で、ハードとソフトの境界線を見事に溶け合わさせています。文字盤を構成する全ての要素は、この新しいディスプレイのためにつくられたものです。例えばデザインチーム内の書体デザイナーは、この新しいクリスタルの湾曲に合わせて新しい書体をつくりました。1日の時間の経過に合わせて文字の太さが変わる文字盤で、一番太いのが今の時間になっています。ちなみに一番細い文字(現在時刻の次の数字)はクリスタルの拡張して大きくなった部分にスッポリ収まるサイズになっています。つまり、series 6では表示のできない文字盤なのです」

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新しい「輪郭」文字盤は、目盛り盤をディスプレイの端まで大きく押し広げ、一日中、滑らかなアニメーションで動き、現在の時刻を強調。

Apple Watch series 7の製品の形状が決まると、インターフェースデザインチームはクリスタルの湾曲や角の丸みを元に、まずは画面設計をする上での基準線からなるグリッドシステムをつくり、それに合わせた画面設計を始めた。文字盤で使われる新しいタイプフェースも、このグリッドシステムを元にデザインしたもので、バリアブルタイプフェース、つまりパラメーターによって太さを自由に変えられる書体となっている。

Apple Watch series 7専用の文字盤がもう1つある。「モジュラーデュオ」だ。常に多くの情報に触れていたい人には、これまで「インフォグラフモジュラー」などの、たくさんのコンプリケーション(情報表示)をモジュールとして画面を構成できる文字盤がいくつか用意されていたが、series 7の大きなディスプレイなら最大のモジュールを縦に2段重ねて表示できるとこれを文字盤にした。

「series 7の大きなディスプレイは、輪郭のようなアーティスティックな表現にも、モジュラーデュオのような実用性重視の文字盤のどちらにも寄与する」とダイ氏。

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広くなった画面領域を活用した、新しい文字盤「モジュラーデュオ」。

ところで既存の文字盤にはどのような変化が加えられたのだろう。既存の文字盤にどんな見直しがおこなわれたかも見てみよう。例えば世界の他の都市がわかる「ワールドタイム」。実際にある世界時計のいくつかへのオマージュとしてつくられたもので、地球を俯瞰した図の周囲に24のタイムゾーンにある主要都市の名前が配されている。面白いのは中央の地球の絵が時間の経過に合わせてゆっくりと回転している。地球上のどこにいても文字盤の上に現在地が表示されるように、4つのアングルから見た地球の絵を用意し、文字盤周辺の各都市の名前は時計中央とその都市を結ぶ延長線上に表示されるようにしている。ちなみに地球の絵は「アストロノミー」の文字盤のためにつくったものを下絵にし、色を取り去り24時間の時間帯を分割する線を引いてつくったそうだ。文字盤の上での地球は日があたっているところと、あたっていない箇所で色分けがされているが、これも正確にその時点での地球の様子を反映したものになっている。

新しいwatchOSでは、新たに「ポートレート」という文字盤も加わった。これは「写真」という文字盤の進化系だ。多くの人が家族や恋人などの写真を文字盤にしていることを知り、Apple Watch series 7の大型ディスプレイが生きるこの文字盤の開発に取り組んだという。iPhoneなどで撮影した被写体と背景を区別して撮影したポートレート写真を選ぶと大きくて少し隠れてもハッキリと時刻のわかる時刻表示の手前に被写体が表示される。クラウンを回して被写体をズームさせることもできる。

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ナイキとのコラボモデルも刷新。

なお、Apple Watchにはナイキやエルメスとのコラボモデルがあるが、そちらの文字盤デザインにもアップルが協力している。

ナイキとのコラボの文字盤では初めて加速度センサーを活用。ナイキカラーを背景に独自のフォントで描かれた時刻表示が利用者の身体の動きに合わせて変形する。

エルメスとのコラボモデルでは、今回テーマに掲げた「Circuit H(サーキットH)」というモチーフを元にそれに合い本体色ともマッチする文字盤のデザインをエルメスのデザイナーと共に模索したという。

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Apple Watch Hermèsには、ヴォー・スウィフトにプリントされたシグネチャアンカーチェーンのグラフィック表現とそれに合わせた文字盤のサーキットHが登場。

デジタルと物理の境界線が消える時、未来が生まれる

これまでデジタル製品の進化といえば、半導体の性能やバッテリーの持ちがよくなったといった定量的な進化を語ることが多かった。しかし、Apple Watch series 7の進化は、大きくなったとはいえ、腕に収まる小さな本体の画面が大きくなったことだけ。

しかし、20%大型化し、まるで表面張力でケースいっぱいまで広がって膨らんだ水溜まりのような美しく堅牢なクリスタルで覆われたことがアップルだけでなく、ナイキやエルメスのデザイナーたちにも新たなインスピレーションを与え、新しいクリエイティビティを生み出していることに、Apple Watchのこれまでのデジタル製品との質的な違いを覚える。

「デジタルが与える体験と製品としての物理が与える体験をうまくブレンドし新しい体験を生み出すこと。我々はそうしたデザインに喜びを覚える」とダイ氏。

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イング氏は「より丸みを持ち、角がソフトになり、画面の輪郭に美しい反射を生み出すディススプレイのクリスタルは時計のケースの内側に向かって回り込むような形になっており、画面表示とケースとのより密接なつながりを感じさせる効果があります。このドーム型の形状には、クリスタルそのものの厚みを増やし製品の頑丈さを向上させるという別の役割もあります」とイング氏が付け加える。

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アルミニウムケースの5つのカラー。ミッドナイト、スターライト、グリーン、新色のブルーおよび(PRODUCT)REDが加わった。

余計な要素を削りつつも、残った要素の1つ1つにより多くの役割を持たせる。これこそが膨大な議論の果てに最終形を絞り出すアップル流の洗練のデザインのやり方だ。

ちなみに、このイング氏は20年前、Tony Fadell(トニー・ファデル)という当時の同僚とたった2人で音楽プレーヤー、iPodのプロジェクトを立ち上げ、わずか半年で製品化をした伝説の人物だ。21年前まで、アップルの製品はMacだけで、1パソコンメーカーに過ぎなかった。

しかし、その後、余計な要素を省き、デジタルと物理の見事な融合を形にした音楽プレーヤーのiPodが世界的なヒットとなり、Windowsユーザーにも広がり、まさに世界の音楽シーンを一変させることになった。

その後、2007年には、iPod成功をきっかけにしたスマートフォンのiPhoneが誕生。そして2015年には、そのiPhoneがきっけかでApple Watchが誕生する。

今、Apple Watchは、冒頭で紹介したような多彩な機能を提供し、世界の人々に生活の質の改善をもたらす道具として熱い注目を集めている。大型化したディスプレイで質的な進化を果たした新しいApple Watchが、世界にどんな影響を及ぼすのか期待は膨らむばかりだ。

林 信行

ITジャーナリスト

1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。

Twitter / Official Site

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1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。

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