【Apple Watch Series 7 デザイナーインタビュー前編】開発の裏側に林信行が迫る

  • 文:林信行

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アップルには毎年、Apple Watchで命が救われたというメールが多数届く。アップルを健康領域に導いたという同製品は、血中酸素レベルが計れることでも注目され、コロナ禍でさらに人気を高めている。そんなApple Watchに今年、2015年の登場以来、最大のモデルチェンジが行われた。ディスプレイの縁取りがわずか1.7mmになり、前モデルに加えてディスプレイ面積が20%も大型化。もはや世界一利用者の多い腕時計となった同製品の進化の裏に果たしてどんな試行錯誤があったのか、Apple社プロダクトマーケティング担当副社長のStan Ng(スタン・イング)とインターフェースデザイン担当副社長のAlan Dye(アラン・ダイ)の2人に聞いた。新しい文字盤「輪郭」のデザインの裏話などからは、学ぶことの多いアップルのデザインに向かう姿勢の話なども聞けた。

ピクセルの積み重ねが、これまでにない体験を生み出す

「ほんの十数年前まで100年以上もの間、腕時計はただ1つの目的のためだけに存在していました。時を告げることです」イングは自らの腕にハメたApple Watchを指差しながらそう語った。

これがApple Watchでは「電話をかけたり、電子メールをチェックしたり、ワークアウトを支援したり、1日の自分の活動を記録したり、お気に入りの音楽を再生したり、移動の車を手配したり、Apple Payで買い物の支払いをしたり、玄関の戸締りをしたりもできます。さらには人々の暮らしにおいて大きな意味を持つ健康関係の機能も提供します。例えば心拍数が高過ぎると教えてくれたり、心電図を撮ったりです。信じられますか心電図なんてちょっと前までは病院にいかないと取れませんでしたよね。それが今はわずか30秒で自分の腕で撮れるのです。こうした何百もの、これまでできなかったようなことができるのです」

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心電図アプリケーションにより、心電図を手軽に記録することができるようになった。

確かに自分のApple Watchを眺めただけで、イング氏が挙げきれなかった使い道がいくつも頭に浮かんできるのは私だけではないだろう。これだけ多くの用途を果たし、世界中の人々に愛用されているApple Watchが、今年はどう進化をしたのか。

「先に挙げたすべての使い方においてApple Watchのディスプレイは情報の表示とタッチ操作の両方を担う重要な部品となっています。このディスプレイのサイズが、明るさが、そういったもののすべてがApple Watchの体験に本質的かつ直接的な影響を与えます」

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Apple Watch Series 6(中央)のディスプレイよりも約20パーセント大きく、Apple Watch Series 3(左)のディスプレイよりも50パーセント以上大きくなったSeries 7

腕時計は一日中身につけているデバイスであるが故に制約も大きいとイング氏は続ける。ディスプレイを大きくすることで情報が見やすく、操作がしやすくなる一方で、単純に大きくするとつけていて邪魔になる。「ケース全体のサイズを大きくすることなく、スクリーンの面積を最大限に確保するにはどうすればよいか」。デザイナーとエンジニアの双方がこの相反する目標を形にするために試行錯誤を続けた。そうしてできあがったApple Watch series 7は「従来は3mmあったディスプレイの縁を1.7mmまでに縮め、ケースサイズはわずか1mmほどしか大きくしていないのにディスプレイサイズを前モデルのseries 6と比べて20%も広くできました」という。

単純に大きくすればいいというわけではない。「バッテリー動作時間が短くなったり、多くの人がコレクションし何年も愛用し続けているApple Watchバンドがそのまま使えなくなるような妥協をしたりしたら、それは後退でしかない」

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Apple Watch Series 7のディスプレイは、フルスクリーンの文字盤がケースの曲面とシームレスにつながっているかのように美しい。

こうしたつけ心地の良さも含めたApple WatchをApple Watchたらしめている要素をすべて維持しながら、より多くの情報、より多くの文字を表示できるようにしたことこそがseries 7のイノベーションだ。大画面で同じ動作時間を維持するためにより大きなバッテリーが必要だったに違いないが、本体をこれまで通りの厚みに保つためにタッチセンサーを有機ELパネルに組み込むなど、外から見てもわからないところでこれまでにない多くのチャレンジを重ね「限られたスペースの中で、無駄なスペースを作らないように、1ピクセル1ピクセルを大切にするよう」努力を重ねたという。

そんなエンジニアチームが努力して稼いだディスプレイサイズを少しでも有益に使うために、これまた幾多の試行錯誤を重ねているのがインターフェースデザイナー達だ。

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うまくいっていたものも、1からすべて見直す

「これまで通りの画面表示を、ただ大きくするという方法もあったでしょう。でも、我々はそれよりもはるかに上を目指しました」とアラン・ダイ氏はいう。「これをApple Watchの画面要素のすべてを見直し、再創造する絶好の機会と捉え、何百にもおよぶ小さいけれど重要で影響の大きい変更を加えています。新しいApple Watchの画面表示が新しいディスプレイと調和を生み出すこと、そしてより操作がしやすくなることを目指しています」

「アップル社において『デザイン』は見た目の話ではなく、どのように機能するか」というダイ氏、彼が率いるチームがまず着手したのはコントロール、つまりボタンやスライダーなどの操作できる画面の構成要素だ。

四角いボタンの形を見直し、角丸のボタンはディスプレイのコーナーの丸みに合わせて再デザイン。さらに大きなボタンを2つ横に並べるストップウォッチなどの画面では、これまで画面横いっぱいに広がった大きなボタンを真ん中にヘアライン(細い線)を引いて左右に分けて2ボタンとして押しやすさを確保していたが、series 7では大画面を活かしてボタン2つを横に並べるデザインに直している。

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これまで画面横いっぱいに広がった大きなボタンを真ん中にヘアライン(細い線)を引いて左右に分けて2ボタンとして押しやすさを確保していたが、series 7ではボタン2つを横に並べるデザインに。

「何か新しいものをつくるのは比較的簡単ですが、既にうまく機能しているものに、さらに見直しをかけよくし続けるというのは、なかなか大変なことですが、アップルのデザインチームはそうしたことが好きなのです」

画面上の情報表示においては文字も重要な要素だ。「最初のApple Watchをつくった時、我々がタイプフェース(書体)に非常にこだわったことを話しました」。アップルはApple Watchという小さな画面の装置を作るにあたって、小さなサイズでも読みやすいSan Franciscoという書体をつくることから着手していた。

「今回、大きなディスプレイを活かしてこれまでよりも、さらに2段階まで大きな文字を表示できるようにしました」。確かにApple Watchの設定で「テキストサイズ」を最大にしてみると、パソコン画面上の文字サイズに迫るサイズにまで文字を拡大できた。

さらに設定画面などで画面の上に表示されるタイトルと呼ばれる部分の文字も見直して大きい文字で表示するようにしたことで、今、何の設定をしているのかが分かりやすくなったという。

なるほど話を聞いてみると、これまでのApple Watchで画面サイズの制約上、どんな部分を切り詰めていたかがよくわかって面白い。

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タップしたりQuickPathでスワイプできる新しいQWERTYキーボード。指をスライドしてタイプできる。

「さらに我々は実は一番最初のApple Watchを出したところからQWERTYキーボード(英語配列のキーボード)を提供したいと思っていたが、画面サイズのせいで体験がよくないからと提供をあきらめていた。今回はついにそれが提供可能になった」という。残念ながら日本語の入力は相変わらず定型文から選ぶか、音声認識を使う必要があるが、英文を入力する場合は画面上に表示されたキーボードを使って文字の入力ができる。単語を一筆書きのようになぞると、その単語が入力される(辞書を参照して単語を表示するので、日本語をローマ字表記しようとしても入力できない)。

小さな画面上でも狭苦しく感じないように、試行錯誤をした結果キーの文字だけを表示し枠線を表示しないという見た目を採用。さらにクラウン(リュウズ)を回してカーソルの正確な移動を可能にする操作方法を採用した。

iPhoneで撮った写真をiPhoneなしでも楽しめる「写真」アプリも刷新された。写真を大小のコントラストがついたグリッド形式で並べるモザイク表示を採用し、クラウンを回して拡大/縮小ができる。さらには思い出の写真をテーマに沿って集めた「メモリー」というアルバムが毎日自動生成される。

[後編に続く]

林 信行

ITジャーナリスト

1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。

Twitter / Official Site

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1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。

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