谷尻誠が考えるアートなサウナ、HOKUTO ART PROGRAM Ed.1でお披露目

  • 取材・文:林 信行

Share:

建築家、谷尻誠さんがつくるアートなサウナが、10月30日から開催のHokuto Art Programにてお披露目になる。

このコロナ禍に吉田愛さんと共同主宰する設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」が設立20周年を迎えた谷尻誠さん。それに合わせて創業20周年を記念する書籍『美しいノイズ』を発刊したり、トークイベントやnoteなどでも積極的な発信を行っている。地域活性化の拠点としても注目を集めるブックホテル「松本本箱」や京都の持つ奥の深さを空間に展開した「hotel tou nishinotoin kyoto by withceed」もこのコロナ禍に完成した。

D5 7+.jpg
谷尻さんが手がける事業の一つ「DAICHI」の宿泊施設。
コロナ禍で、これまでは100件ほどのプロジェクトを手掛けていた谷尻さん、コロナ禍でプロジェクトそのものは70-80件にまで減ったが、自主的に企画したプロジェクトが増えたことで、本来やりたかった自然との触れ合いに関するプロジェクトや地方を活性化するプロジェクトが増えているという谷尻さん。来年の3月には、地元の広島県三次市に地域の交流拠点となる和菓子屋も運営するという。

最近は企画や運営も自ら行う起業家・事業化としての顔を見ることも多い。メディアビジネスのTECTUREは1.2億円を調達して大きく飛躍。一方でキャンプ場の運営やネイチャーデベロップメントの事業を手がけたり、オンラインサロン事業など合計7つの法人を経営しつつ、一方では「HITOTEMA」主宰の谷尻直子さんと「菓子屋ここのつ茶寮」主宰の溝口実穂さんと「一対」という和のチーズケーキの開発にも携わったりとまさに八面六臂の活躍を続けている。

ちなみに谷尻さんが「和菓子界のエルメス」と呼ぶ、この和のチーズケーキ「一対」は、こだわりが強すぎて大量につくることができず1箱9900円と高価になったが、それでも初回販売分はあっという間に完売したという。

S__5537899.jpg
一対のチーズケーキ

---fadeinPager---

職業:谷尻誠、特技:建築

「クライアントワークをやっていると打撃を受けるということがわかった。」と谷尻さんはコロナ禍を振り返る。スイスやロンドンなどで進めていた海外プロジェクトが軒並みすべて中止になったのだそうだ。「クライアントの判断によって事業が断ち切られるとそこで終わり。コロナ禍だからこその対策を考え頑張りを発揮しようと思っても何もできない。」

そうした状況に何度か遭うことで「クライアントワークにずっと依存しているのはダメ」だと改めて気がついたという。

「自ら事業をしていれば、コロナ禍のような状況になっても自分で行動して手立てを施すことができる」と、自分で事業化することをより強く意識するようになったという。

もともと谷尻さんが目指していたのは「職業:谷尻誠」。世の中は『まぜるな危険』の考え方が根強い。ここはレストラン、あなたは建築家と枠をつくりたがるが、自分と「建築」の関係は「特技:建築」と語る。従来の建築家の仕事の枠を超えて、谷尻さんの中にある起業家的な側面やプロデューサー的側面、コンサルタント的な側面も混ぜながら、その化学反応を楽しんでいた。「それがある時は事業になるし、ある時は建築になる。」

サウナ×茶室!?

DA サ室04.jpg
相模湖近くのキャンプ場に構える「サ室」

そんな谷尻さんには、あと2つ忘れてはならない顔がある。アーティストとしての顔とサウナーとしての顔だ。

アーティストとしてはこれまでにミラノデザインウィークやDIESEL DENIM GALLERY AOYAMAへの作品の出品や、大阪のイベントでハローキティーをモチーフにしたアートを手がけたるなど、国内外で活躍している。

一方、サウナーの顔は比較的新しいが3年ほど前に、サウナの魅力の伝道師、ととのえ親方の指導の下でサウナを体験したところ、すっかりハマり今では週に3〜4回はサウナに入っているという。キャンプ好きな谷尻さんだが、キャンプ先にも必ずテントサウナを持っていくという。

最近はキャンプ場運営の事業も営む谷尻さんだが、都心から60分という立地に構えたキャンプ場には「サ室」という茶室のようなサウナを建てているところだという。

そんな谷尻さんに昨年、一夜限りのイベントとして開催されながらも、その後、大きな話題を呼んだ地方芸術祭、HOKUTO ART PROGRAMの総合ディレクターで90年代から数多くのアーティストを世に送り出してきたギャラリストの吉井仁実さんから「テントをつくって欲しい」という依頼があったという。

---fadeinPager---

アート作品としてのサウナ

10DSCF0895+.jpg
石上純也「ソラトツチニキエル」
© junya.ishigami+associates

HOKUTO ART PROGRAMは、山梨県北杜市にある清春芸術村吉井財団理事長も務める吉井さんが市や近隣施設とも連携をしながら生み出した芸術祭である。

昨年、一夜限りで開催されたEdition 0では、石上純也さんによる燃える氷の建築「ソラトツチニキエル」の前でcharaさんが即興の音楽パフォーマンスをした他、真鍋大度さんや脇田玲さんが出品をし、開催後に大きな話題を呼んだ。

そして、2年目を迎えた本年は本業のアーティストに加え、建築家にも参加の声がけをしてアート作品としての「テント」の製作を呼びかけたのだという。依頼を受け、キャンプ好きの谷尻さんは、まずは他の多くの人同様、中に人が泊まれるテントを考えたという。しかし、「宿泊」という形にしてしまうと多くの人が作品を完全には体験できない。そこで自分が好きなもう1つのテント、サウナテントに目を向けた。サウナの魅力の一つにロウリュウといって熱した石に水をかけて部屋の湿度をあげることで発汗作用を促進する行為がある。これこそがサウナの体験を素晴らしいものにすると学んだ。そこでたどり着いたのが「すべてが石でできたサウナ」というアイディアだ。

210906_プレパース.jpg

「石だけでテントサウナをつくることができれば、それはサウナという機能を持ちながら、新しい体験もできて、さらにアートピースにもなり得る。」

石を積み上げてサウナテントにしてしまえば「普通のロウリュウはもちろん、壁に水を掛けるウォーリュー(Wallに掛けている)も、さらには天井に水を掛けるテン(天)リュウも楽しめる。」イタズラっぽい笑みを浮かべながら解説する。

しかも、これは谷尻さんが特技の建築で大事にしている「要素を減らす」という考えにも通じている。

他のサウナもそうだが作りに関しては師匠であるととのえ親方の教えが随所に生きている。今回のサウナでも、サウナの横にはドラム缶の水風呂が用意され、さらには「サウナ浴の後の外気浴は横になれるのが気持ちいい」と「ととのえベンチ」も用意する。

谷尻さんが特に強いこだわりを見せたのはサウナで使う薪ストーブだ。欲しいものがないからと自ら設計した。

4620693218519121209.35982c3f0786b8d41c9e9f145642cbb1.21080306.jpg

通常のサウナ用のストーブは火が見えないことが多いが、新設計のストーブでは大きなガラス窓を通して火そのものを楽しむことができる。この薪ストーブは、谷尻さんの他のサウナで活用されるだけでなく、今後、一般に向けても販売がされるという。

サウナの開発も薪ストーブの開発もすべてが同時進行の谷尻さん。

世の中にまだないものがあると「それを自分で作ってしまおうと思う」という。そこには、ただモノの形を変えるだけにしても必ず「設計行為」が生まれる。まさにこの「設計行為」こそが事業や建築、菓子作りに至るまでの彼の幅広い行動をつなぐキーワードなのかもしれない。

今回のサウナも山の斜面や河岸を補強する土木工事で使われる蛇籠(じゃかご)という竹材や鉄線で編んだメッシュに石をつめてまとめてサウナにするという、まったく新しいサウナの作り方を「設計」している。ただ石を積んだだけのものだと移設は難しいが、蛇籠を使うことで大変ではあるが移設も可能だという。

---fadeinPager---

「足りなさ」で能動的行為を設計

ところで世の中ではこうした設計(デザイン)行為とアート作品づくりは区別するべきものと考える人も多い。谷尻さんはその辺りをどのように考えているのだろう。

「自分では特に切り分けていない」らしい。「建築もある意味では大きな彫刻」であり、アートのように愛でたり、体験したりもできる。今回、出品するサウナも彫刻に臨むような姿勢で石だけでつくるのだという。

そんな谷尻さん、実は今、進めている別荘開発の事業でもすべてサウナ付きの宿泊施設にする方針だという。「これまでの宿泊業はお金を払って受動的にサービスを受ける形だったが、宿泊体験を能動的なものに変えていきたい。サウナは利用者が自ら水をかけてロウリュウをしたり、自分で水風呂に入って、自分で外気浴したりと能動的な行為が伴う。それと同様に自分で料理をしたり、自分でコーヒーを煎って、自分でコーヒーを挽いて、自分でコーヒーを入れるといった宿泊。これまでのお金を払って人にやってもらっていたのとは逆の発想で、宿泊事業者は体験できるものを準備するだけに留め、その上での体験は宿泊者がお金を払った上で自ら能動的に行動することで体験してもらうという新しい宿泊を事業化しようとしている」という。

内観1+.jpg

谷尻さんの取り組みは、このように、これまでのやり方と比べると、どこか「足りない」ことを大事にしている。例えば照明も、減らすことで改めて星空の美しさをしることができるし、音を出すものがないことで既に音があったことを知ったり、「どんどん引いて足さない。もっと『足りない』ということを提案していきたい」と語る。

そんな谷尻さんの設計する「能動」を期間限定のアートイベントとして体験できるHOKUTO ART PROGRAM Ed.1は10月30日(土)から12月12日(日)まで山梨県の北杜市の5拠点(清春芸術村、中村キース・へリング美術館、平山郁夫シルクロード美術館、女神の森 セントラルガーデン、身曾岐神社)で開催される。

谷尻さんの他にも重松象平さん、島田陽さん、永山祐子さん、長谷川豪さん、藤村龍至さんといった建築家たちや、映画監督の河瀨直美さん、茶道宗徧流の家元の山田宗徧さん、さらにアーティストの田所淳さん、デヴィッド・ダグラス・ ダンカンさん、長場雄さん、長谷川愛さん、藤元翔平さん、藤村龍至さん、脇田玲さん、さらにはEVERYDAY HOLIDAY SQUAD、HUMAN AWESOME ERROR といったアーティストユニットが出品する。

HOKUTO ART PROGRAM ed.1

<開催日程>
[清春芸術村]
2021/10/30(土)~2021/12/12(日)
(※清春芸術村月曜日休館)
OPEN 10:00 / CLOSE 17:00
(入館は16:30までとなります)

[中村キース・ヘリング美術館]
2021/10/16(土)~2022/5/8(日)
OPEN 9:00 / CLOSE 17:00(入館は16:30までとなります)

※各会場によって、開催日程・実施時間帯・実施イベントが異なりますので、予めご了承ください。
※通常時とイベント開催時で開館時間が異なりますのでご注意ください。イベントの開催・開館時間の変更のお知らせは、HPをご覧ください。
https://www.hokutoartprogram.com