【KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021】シャネルは漫画と、出町枡形商店街はアフリカと呼応する

  • 写真、文:中島良平

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シエラレオネ出身のンガディ・スマートが、出町枡形商店街のアーカイブ画像と自身の作品をコラージュしたシリーズ「ごはんの時間ですよ」を制作。

二条城と京都市文化博物館 別館を訪れた前回のレポート記事に続き、京都市内に点在する「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021」会場を巡る。KYOTOGRAPHIEのパーマネントスペース「DELTA」が位置する出町枡形商店街は、地元住民の生活に密着した商店街だ。歴史も古く、八百屋や乾物屋、スーパーマーケットに本屋など多くの店が賑わっており、その真ん中あたりにある「DELTA」はカフェとしても人気だ。東に徒歩で10分ほど、鴨川と高野川が合流する鴨川デルタに由来し、老若男女のコミュニケーションが生まれることはもとより、東洋と西洋、伝統と革新、メジャーとアンダーグラウンドといった対の要素が出会うKYOTOGRAPHIEのあり方を象徴する。

グローバルとローカルの交差を象徴するかのように、ここでは西アフリカのシエラレオネ出身で現在はロンドンとコートジボワールのアビジャンを拠点に制作するンガディ・スマートの作品シリーズ「ごはんの時間ですよ」が発表された。出町枡形商店街の過去の資料写真を集め、関西を拠点とする写真家の荒川幸祐が撮影した同商店街の店主たちのポートレートや店に並ぶ商品の写真をンガディ・スマートに送付。そこにスマートがアフリカの雑誌や料理写真などをコラージュし、グラフィックデザインを施して作品を完成させた。神道に見るアニミズムの思想や、社会的な一体感を醸成する儀式や祭礼の存在などにアフリカと日本文化の共通点を感じたという作家とKYOTOGRAPHIEのリモートによるコラボレーションは、DELTAで発表されると同時に、大判のバナーにプリントされて商店街の風景の一部となっている。

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ンガディ・スマート「ごはんの時間ですよ」のバナーに彩られた出町枡形商店街。画像中央右の建物が「DELTA」。
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ンガディ・スマート『多様な世界』展示風景より フライングタイガー コペンハーゲン 京都河原町ストア3Fでも個展が開催され、コートジボワール南部とガーナ南西部に暮らすンズマ族の祭りを撮影したシリーズ「アビッサの顔」などが展示された。

フライングタイガー コペンハーゲン 京都河原町ストアのほど近く、京都BAL4階のBAL LABでは、KYOTOGRAPHIE関連プログラムとしてアニエスべーの写真展が開催されている(会期は11月28日まで)。ロックダウンによる隔離期間中、フランス人アーティストのクレール・タブレが手がけた2点の肖像画をモデルに見立て、自身のワードローブからスタイリングをして撮影を続けた。緑豊かな私邸の庭で撮られた作品の背景にはロックダウンで隔離を余儀なくされた現実があり、あふれる創作意欲と不自由な状況でも楽しみを見つけようという彼女の気持ちが作品には滲み出ている。

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アニエスべー「Les Drôlesses」展示風景より 会場にはクレール・タブレの画集も置かれており、その作品世界も魅力的だ。

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京都の歴史を多様な形で体感する。

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榮榮&映里『即非京都』展示風景より 市内東部の南禅寺側に位置する琵琶湖疏水記念館の屋外スペースで展示。

2015年より京都に住み始めた榮榮&映里(ロンロン&インリ)は、ファインダーを通して京都の本質を捉えられないかと京都の撮影に明け暮れた。多様な風景と現象に溢れる京都が写真には写るが、そこにふたりが望む本質を見てとることはできなかったという。そしてあるとき、京都盆地の地下には琵琶湖に匹敵する豊富な水量を誇る「京都水盆」という水がめがあり、琵琶湖から引かれる疏水との水の循環によってこの都市が栄えたことを知った。

そして宋代の禅の言葉である「見山是山 見水是水。見山不是山 見水不是水。見山還是山 見水還是水」が浮かび上がったという。本質を見ようとしても捉えられず、視点を変えながら見続けることで、やがて本質が見えていることに気づくことができることを意味する言葉だ。榮榮&映里は京都の撮影を続け、京都水盆の存在と水の循環を知り、「即非京都」というコンセプトにたどり着いた。京都を撮ろうと撮影を続け、そこには京都が写っておらず、やがてそれが京都であることを知ったというプロセスを表しているのが前出の宋代の言葉であり、鈴木大拙が説いた「即非の論理」だ。

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榮榮&映里『即非京都』展示風景より オーガンジーに写真を投影するインスタレーションは、島田陽(タトアーキテクツ)によるデザイン。「即非京都」の空気感を作り、そこに画像を投影し、消失する瞬間を感じさせるインスタレーションとして完成した。
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『即非京都』展会場近くの南禅寺には、19世紀後半に誕生し、京都の近代産業の発展を支えた琵琶湖疏水の水路閣が残る。

KYOTOGRAPHIEでお馴染みの京都を感じさせる展示空間といえば、祇園の建仁寺にある塔頭(たっちゅう)「両足院」だ。この禅宗寺院で見ることができるのは、ヴェルサイユ宮殿の庭園で育てられている古来種の野菜を撮影したトマ・デレームと、長崎県雲仙市の農家・岩崎政利氏が栽培する在来種の野菜を撮影した八木夕菜の作品だ。 禅の問いかけが息づく空間に、環境との向き合い方を考えさせる作品が静かに展示されている。

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トマ・デレーム『Légumineux 菜光』展示風景より 両足院の大書院に設置された長尺のリネンをまとう什器に展示されるのは、ヴェルサイユ宮殿で300年以上栽培されている野菜のポートレート。
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八木夕菜『種覚ゆ』展示風景より 雲仙の農家である岩崎政利氏の活動記録写真。
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八木夕菜『種覚ゆ』展示風景より 両足院の臨池亭では、種が記録する土地や風土を収めたサイアノタイプで光を取り入れ、そこに雲仙の土と種そのものを配したインスタレーションを形にした。

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写真が新たな表現を誘発する。

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『MIROIRS—Manga meets Chanel Collaboration with 白井カイウ&出水ぽすか』展示風景より 誉田屋源兵衛 竹院の間、黒蔵では、シャネルをインスピレーション源とする新作漫画と、シャネルのアーカイブを展示。

白井カイウ&出水ぽすかは、ガブリエル・シャネルのポートレートからどのような物語を創作するのだろうか。フランスでも人気を集めた漫画作品『約束のネバーランド』を手がけたふたりに、シャネルは完全なる白紙委任で漫画の制作を委託した。シャネルの膨大なアーカイブを調べ、原作を担当する白井カイウはガブリエルが語ったといわれる言葉にたどり着いた。

「鏡は厳しく私の厳しさを映し出す。それは鏡と私の闘い。私という人間をあらわにする」

書き下ろしで3章に仕上げた新作は、ガブリエルの多面性を何枚もの鏡に見立てると同時に、ガブリエルのアパルトマンの印象的な鏡の数々からフランス語で鏡の複数形を表す『MIROIRS』と名付けられた。インスピレーション源となったシャネルのアーカイブ、創造段階での下絵、完成原画、という3層を組み合わせた展示空間をおおうちおさむがデザイン。古き京町屋の空間に物語世界が広がり、没入へと誘う。

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『MIROIRS—Manga meets Chanel Collaboration with 白井カイウ&出水ぽすか』展示風景より

「ECHO」をテーマに開催された「KYOTOGRAPHIE 2021」。2011年の震災の記憶を入口としながら企画は広がり、環境問題やコロナ禍の世界との向き合い方、ジェンダー意識などの社会的なトピックなどが呼応し合うように各会場に展開した。ディレクターのルシール・レイボーズと仲西祐介による言葉が、展示の威力と融合して気持ちを奮い立たせてくれる。

「人類が引き起こした引き起こした問題も含め、今日地球上には問題だらけだが、
 現実ではノアの方舟に乗って逃げ出すことはできない。

 さあ、いよいよ人類がアップデートする時がきた」

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『MEP Studio(ヨーロッパ写真美術館)による5人の女性アーティスト展—フランスにおける写真と映像の新たな見地』展示風景より、マノン・ロンジュエールの作品。ヨーロッパ写真美術館の館長であるサイモン・ベーカーのキュレーションで5人の気鋭の作家が参加。ケリング・グループが女性表現者をサポートする「Women in Motion」プログラムのひとつとして実施された。
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デイヴィッド・シュリグリー『型破りの泡』展示風景より シャンパーニュ・メゾンであるルイナールのコラボレーション企画。ターナー賞ノミネート作家であるシュリグリーは、ユーモアを交えながら環境への危機意識とシャンパーニュへの憧憬を表現した。

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リャン・インフェイ『傷痕の下』展示風景より KYOTOGRAPHIEの公募プログラム「KG+ Award 2020」グランプリを受賞した作家が、性暴力の被害者にインタビューを行い、その記憶を視覚化した写真作品を展示した。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021

開催期間:2021年9月18日(土)〜10月17日(日)
開催場所:京都市内各所
TEL:075-708-7108(KYOTOGRAPHIE事務局)
開館時間、休館日はプログラムにより異なる
パスポート料金:一般¥4,000
https://www.kyotographie.jp