【KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021】二条城から出町枡形商店街までが写真展の会場に!

  • 写真、文:中島良平

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二条城東南隅櫓の展示は、リシャール・コラス『波——記憶の中に』。5組の作家の展示で構成される「ECHO of 2011」は、コラスの写真とテキストによるインスタレーションからスタートする。

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021」が今年もスタートした。第9回を迎える今回のテーマは「ECHO(呼応)」。想像を絶する震災が東日本を襲い、津波と地震によって原発事故も起きた2011年から10年を迎え、コロナ禍にある現在。地球からの悲鳴と受け止めたKYOTOGRAPHIE共同創設者/共同ディレクターのルシール・レイボーズと仲西祐介は、過去の歴史が現在に呼応し、そこから未来に向けてアップデートする必要に迫られていると感じ、このテーマを設定した。レポート前編では、「ECHO of 2011」をテーマに5組のアーティストが出品する二条城の展示から追いかけたい。

堀川通に面した東大手門から二条城に入り、まず東南隅櫓に向かう。シャネル日本法人会長であり、日本で6編、フランスで5編の小説を刊行している小説家でもあるリシャール・コラスの写真とテキストが展示されている。展示タイトルは『波——記憶の中に』。震災の1ヶ月後に東北を訪れ、「SMILE IN TOHOKU」というメイクアップ・サービスのボランティア活動をシャネルとして実施したコラスは、自らの記憶のために撮影を続け、出会った人々の語りに基づく小説『波』を2012年3月に刊行。避難所を想起させるこの暗い展示空間では、鑑賞者は懐中電灯を持ち、『波』のテキストと当時の写真を追いかけながら震災の記憶を感情の深いところに刻みつけていく。

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リシャール・コラス『波——記憶の中に』展示風景より 小説『波』から抜粋された言葉が壁面にプリントされ、写真と呼応する。

東南隅櫓から二の丸御殿に向かう。かつて台所と御清所として使用された建物が二条城内のもうひとつの会場だ。建物に入ると、「遮」の文字がプリントされた黒いバッグが積み上げられている。福島の原発事故によって放射能に汚染された地面の表層を剥ぎ取り、詰められたフレコンバッグを再現したものだ。すべて積み上げると月にまで到達する量だと言われているのだが、震災後の福島に通った華道家の片桐功敦は、その膨大な数のフレコンバッグのうち破れたものから草花が生えているのを何度も目にした。人にとっては有害で農作物を育てることはできない土だが、そこには植物の生きた種が含まれているのだ。

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片桐功敦『Sacrifice』展示風景より フレコンバッグはインスタレーションの一部として再現されたものなので、もちろん中に汚染土が入っているわけではない。
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『Sacrifice』片桐功敦(2014年) 2013年から2014年の1年間、福島県南相馬市に移り住んだ片桐は、震災の痕跡が残る場所でひたすら花を生けて歩き、撮影した写真を写真集『Sacrifice——未来に捧ぐ、再生のいけばな』にまとめた。

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『Sacrifice』片桐功敦(2020年) 2020年冬、片桐は再び福島を訪れた。原発事故の避難勧告によって牛舎に残された牛たちが、空腹のあまりにかじって死んでいったという柱を写真に収め、シリーズに加えた。

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パフォーマンスから立体までが呼応する。

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ダミアン・ジャレ&JR『防波堤』展示風景より

二条城に展開する『ECHO of 2011』には、コロナ禍におけるメッセージを形にした作品も展示されている。2020年にパリ・オペラ座に招待されたコリオグラファーのダミアン・ジャレは、ストリートで出会った人々のポートレートを引き伸ばして出力し、屋外に展示して街の風景を変えるアーティストJR(舞台美術、衣装を担当)やピアニストで作曲家の中野公揮らとのコラボレーションでダンス作品『防波堤(Brise-lames)』を完成させた。

パリ・オペラ座バレエ団の9名のダンサーがステージに立ち、無観客で上演した同作の映像を上映すると同時に、隣の部屋にはJRが撮影した舞台写真が展示されている。ダミアン・ジャレは、コロナ禍で最前線に立つための抵抗力と傷つきやすさのメタファーとして、防波堤をモチーフに選んだ。ダンサーたちのしなやかさと力強さを兼ね備えた動き、緊張感が張り詰めたピアノの音とノイズの拮抗が、パフォーマンスの強度を決定づけている。

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ダミアン・ジャレ&JR『防波堤』展示風景より 映像は上映回ごとに観客入替制。波をイメージさせるダンサーたちの連携した動きと、ソロのダイナミックなパフォーマンスが組み合わさって展開する。

岩手県出身の写真家でジャーナリストの小原一真は、2011年の東日本大震災直後からその痕跡を記録した。2012年に刊行された写真集『RESET』(ラースミュラー出版/スイス)には、防護服に身を包む福島第一原発の原発作業員を撮影した写真が何点も掲載されており、その姿は現在のコロナ禍で感染予防のために全身を覆って最前線に立つ医療従事者のそれと重なる。

「自分たちの海を『汚染された海』って言われると傷つく」という福島のサーファーの言葉。「母にコロナ病棟で働くことにしたと伝えた時、涙が溢れてきたのを覚えています」という医療従事者の言葉。そこには間違いなく「呼応」があり、小原の写真と取材した言葉は、私たちが未来を向くためには利害にとらわれずに手を取り合う必要があることを静かに訴えかけてくる。

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小原一真『空白を埋める』展示風景より 無題(2012年)
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小原一真『空白を埋める』展示風景より コロナ禍で撮影した写真とあわせて、看護師の患者とのやり取りを時系列で振り返り、場面を記録したプロセスレコードも展示される。現場の隠された声を届けるために、震災後もコロナ禍も取材を続けた姿勢が凝縮した展示内容だ。

二条城の展示は、四代田辺竹雲斎のインスタレーション作品『STAND』で締めくくられる。竹工芸を営む家に生まれ、東京藝大で彫刻を専攻した田辺は、花籠や茶道具などを制作するのと並行して、竹によるインスタレーションやオブジェを発表してきた。8000本にも及ぶ竹ヒゴを編み上げて作られたこの作品。竹ヒゴはすべて10年ほど繰り返して利用され、古くなったものが若い竹ヒゴに取り替えられて代謝を続けながら田辺と弟子たちの手で編み上げられていく。『STAND』に表現されているのは、地面に足を踏ん張って立ち続ける姿だ。竹を刃物で割って編むという原初的ともいえる技術を鍛錬し、これだけの規模の立体を生み出したというのだから圧巻だ。

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四代田辺竹雲斎『STAND』展示風景より 作品は会期が終わると解体され、竹ヒゴはまた次の機会の立体作品/空間作品の制作に用いられる。誕生・消失・再創造という循環が田辺の表現を裏付けている。

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京都の建造物に負けない空間デザイン。

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アーウィン・オラフ『アヌス ミラビリス —驚異の年—』展示風景より 展示はコロナ禍で撮影した『April Fool』のシリーズからスタートする。

二条城の展示からもわかるように、KYOTOGRAPHIEではいわゆるホワイトキューブではない空間を会場にした展示がほとんどで、作品を際立たせる個性的な展示デザインと多く出会えるのも特徴だ。KYOTOGRAPHIEに3度目の登場となる建築家の遠藤克彦は、京都文化博物館 別館を会場とするアーウィン・オラフの展示『アヌス ミラビリス —驚異の年—』のセノグラフィを担当した。展示される作品は、『April Fool』『Im Wald(森の中)』というふたつのシリーズ。買い占めによって空っぽになったスーパーの棚などを象徴的に用い、コロナ禍で変化した日常を写真と映像に収めた作品が前者で、ドイツのバイエルンの森を舞台に、気候変動で住む場所を追われてしまった人などを撮影したのが後者だ。

「コロナ禍でみんなが想像してもいなかった事態が降りかかって、オラフさんもかなり意図的に虚構を通して現状を表現しようと試みたと思うのです」と、まず『April Fool』から受けた印象を遠藤は語る。「虚構に入り込んでもらうために、劇場に入ってさまざまなシーンを見て、その連続としてシーケンスを受け止めるようなイメージで展示を構成しました。1枚1枚の作品が壁に貼られ、天幕が上がって舞台にスポットが当たっているワンシーンを見るような感覚を生み出せないかと考えたのです」

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アーウィン・オラフ『アヌス ミラビリス —驚異の年—』展示風景より 『April Fool 2020, 9:45am』(2020年)

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アーウィン・オラフ『アヌス ミラビリス —驚異の年—』展示風景より 『Im Wald』のシリーズが並ぶ空間。

会場に入ると黒い壁面に『April Fool』の写真が展示されていて、映像が投影された回廊を抜けると、今度は白い空間で『Im Wald』に対峙する。都市の変容した日常を表現した『April Fool』から、否応なく自然の崇高さとそこに対する人間の無力さを写し出す『Im Wald』へ。

「自然と対峙する人間を表していますが、こちらもやはり虚構で、演出を徹底していることが建物2階で上映されているメイキング映像からもわかります。白いニュートラルな世界にすることで場面転換を図りましたが、ふたつのストーリーは根底でつながっているので、まっすぐ展示を追いかけて作品を見るだけの動線を崩し、スポットの当たるそれぞれの作品を点でとらえ、また戻って見ることもできるようにデザインしました」

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アーウィン・オラフ『アヌス ミラビリス —驚異の年—』展示風景より 『Im Wald』シリーズより アーウィン・オラフ(2020年)

並行に壁を立てて作品を設置する近代の美術展示のあり方を逆手に取り、パースのついた空間を作ることで、出口部分に吸い込まれていくことも、そこを回遊して再び戻ることもできる構成にした。長方形のシンプルな外周を作り、その中を多面体で区切ることでいつまでも回遊したくなるような展示空間が完成した。

「写真自体に虚構性があるので、展示としても虚構性をデザインしたいと考えました。京都文化博物館 別館は建物として強い力があるため、下手な虚構性ではセノグラフィが建物に負けてしまうのです」

レポート後編では、「KYOTOGRAPHIE」本拠地のパーマネントスペース「DELTA」が立つ出町枡形商店街や建仁寺両足院など、市内各地の展示を見ていきたい。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021

開催期間:2021年9月18日(土)〜10月17日(日)
開催場所:京都市内各所
TEL:075-708-7108(KYOTOGRAPHIE事務局)
開館時間、休館日はプログラムにより異なる
パスポート料金:一般¥4,000
https://www.kyotographie.jp