専門分野の外に目を向けると、未来へのヒントが見えてくる

  • 文:林 信行

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ファッション領域のIT活用でもっとも注目を集めるのがデジタル採寸。写真を2枚撮るだけで正確な採寸ができる3DLOOKは、2019年LVMH社のInnovation Awardでグランプリを受賞した技術。 https://3dlook.me

テクノロジー関係はもちろん、ファッションやビューティー、ヘルスケア、教育、プロダクトデザイン、現代アート、地域と伝統、都市開発など幅広いジャンルで記事の執筆や講演を行なってきた。もちろん、それぞれの分野で、ある程度の取材は重ねている。

私の関心の対象は「未来」。特定の業界がつくりだす未来ではなく、人々の営みの総和が描き出す未来像だ。業界をまたいだ活動をしていると、世の中が相似形(似た形)であふれていることに驚かされる。

そのことを初めて強く意識したのは2008年。日本のある学校の校舎で行われたアートシンポジウム。若手アーティストらが真剣に議論をしていた。アーティストのひとりがこんなことを言った。

「世界に打って出られる作品をつくるには元手となるお金が必要。そのためにはパトロンを見つける必要がある。日本にはそのパトロンがいない」。別の人が言う。「パトロンは頼り過ぎると作品に干渉され、思い通りの作品がつくれなくなることもあるが、それはアーティストとしてどうなのか」

1週間後、私はシリコンバレーにいた。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が選んだ日本の未来を担う8人の天才プログラマーがグーグル社などでプレゼンテーションを行う様子を密着取材していた。彼らが討論をする場面があった。起業を目論むひとりがこう言った。

「世界で成功する製品を手がけるには元手となるお金が必要で、そのためには投資家を見つけることが大事。しかし、日本ではアーリーステージ(創業初期の段階)で投資をしてくれる個人投資家がほとんどいない(2008年当時)。もっとも投資家は、頼り過ぎると経営や製品開発に干渉されて望んでいた開発ができなくなる危険がある」

かなり前のことなので正確なセリフではないが、これだけの短期間にまったく異なる業界で、ここまでの相似形が描かれるのを見たのは初めての体験だった。これくらいの時期、家電メーカーや通信会社、さらには大手不動産会社といった大企業で企業内講演やワークショップなどの仕事が増えたが、そこにも相似形があふれていた。

時代に合わなくなった社内のやり方を変えようと意気込む若手。「考えが浅い」と、若手の意見を最後まで聞く耳をもたない中間管理職。同じ会社でも離れた部署の人間同士は交流がなく、外部の私が社員同士を紹介する光景。誰も責任を取らないで済むように「なあなあ」で行われる決断などはいまでも多くの企業に残る顕著な相似形だろう。

さて、ここで私がいかにして高い専門性が要求されるはずのファッションや医療・ヘルスケア、教育の業界で講演ができたかの種明かしをしよう。最大の秘密はタイミングのよさだ。私のバックグラウンドであるデジタルテクノロジーが、スマートフォンの普及で一気に広まり、さまざまな業界に広く浸透し始めていた。

ITよりずっと古くからある先に挙げた業界だが、IT業界の人々にとってみれば、まだまだITが浸透していない未開の地であり、Emerging markets(新興市場)で、まさに多様な企業がそれらの業界の開拓を目論んでいた。だが、どの業界にも通用する汎用型のソリューションは仕事の質を低める。私はそれぞれの業界に大事なのは「デジタル化ではなく、業界にとってなにが大事かを見つめ直すこと」と声高に訴えてきたつもりだ(第1回参照 )。

私はもともと、プロダクト(工業)デザインにも、医療にも、教育にも関心があった。取材が重なった時は、できるだけITのイメージから離れた業界の取材を中心に行なった。そのうちに、それぞれの業界の変革者たちと知り合いになり、各業界の知識も蓄積した。

どの業界にも「ウチの業界はITの活用が遅れていて下手」という相似形があり、それだけにそれぞれの業界のIT化の頂上は低かった。私は同時に10くらいの業界で、その業界のスマートフォンとタブレット活用事例のエキスパートとなり、ある週は医療関係、次の週は教育関係、その翌週はファッションといった具合に業界をまたいで講演活動をするようになった(2010年は年間100回以上、ほぼ3日に1度のペースで講演をしていた)。

当時の私の講演はだいたいこのような構成だ。話の切り出しは「時折、革命的な製品が出てきてすべてを変えてしまう」というスティーブ・ジョブズの言葉。2007年のiPhone登場で世界が一変したという話だ。2010年当時では、そのことを自覚できおらず、「大袈裟」と捉える人もまだ多かった。

続いて変わったのは、ひとつの業界ではなく複数の業界が同時に影響を受けているとして、さまざまな業界の事例を紹介した。特に多くの人が「絶対に自分たちの業界よりもIT化が遅れているだろう」と見下していそうな農林水産業の事例を重点的に紹介した。続いてスマートフォン登場の経済的インパクトなどの話をしたところで、ようやく、業界内の話をする。

注意していたのは、特定の業務の事例に留まらず、できるだけ多種多様な事例を集めて、業界全体が変化していることを強調した。1〜2時間の講演で、すべてを教えることは無理なので、ひとつの事例を深掘りするよりも、全体を俯瞰した変化を見せることが使命だと思っていた。

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左:院内そして院外の医療関係者をリアルタイムにつなぎ、CTやMRIなどの医用画像を共有できる医療関係者間コミュニケーションアプリJoin。画像提供:アルム 右:グループチャットも可能で、院内に専門医がいない場合の緊急のアドバイスをもらったり緊急搬送を効率化をしたりといった効果が期待されている。画像提供:アルム

たとえば医療関係の講演では、患者を搬送する救急車内でのタブレットの活用、さらにはタブレットを使った多言語対応の問診票、医療画像を見る技術や、術後の経過を観察するアプリ、リハビリのためのアプリなど、ひとりの患者が病院に担ぎ込まれ、リハビリを経て回復するまでをストーリー仕立てにした事例を紹介した。

ファッション関係では、光ファイバーや有機ELを使ったドレスなど新しい素材の話から始まり、全国の縫製職人の余剰時間を活用するサービスから3Dプリンターを使ったオートクチュールづくりといった製造工程の話、売り場でのバーチャル試着や、最先端のEC技術までといった具合に、こちらも川上から川下まで全流域同時の変化を強調した。

講演のクライマックスは「いま、この業界では分断が起きている。他の業界とも分断が起きていれば、業界内でも分断が起きている」という話。そしてたとえば電子医療カルテの標準化やスマートフォンで持ち歩く健康情報が、外科、内科、循環器科、消化器科といった科目の隙間に、あるいはファッションのリテール(小売)担当とEC担当といった隙間に起きていたポテンエラーを、このデジタル革命を追い風にした区分けの再定義で是正できるといった話につなげた。

講演後の名刺交換の行列で「おっしゃる通りで我々の業界はタコツボ化がひどい」と口にする人が多かったが、そう言う人には「他の業界も一緒です」と繰り返していた。

こうした他業界の相似形を知ることは、自分の業界のためにもなる。

いまは亡き三洋電機では、野中ともよさんが代表を務めていた時代に、全社串刺しのデザイン部門ができた。ある時、それまでエアコンを担当していたデザイナーが、掃除機のデザインを担当したことで、長い間、掃除機の開発者が解決できずにいた掃除機の排気の問題を解決できた、という美談もある。

他の業界は、自分の業界と相似形の課題を先に解決できていることがあるのだ。ただ、そうした知見を得るには、他の業界を知ることがなによりも大事だ。有名なメディア学者、マーシャル・マクルーハンのこんな言葉がある。
「誰が水を発見したのか知らないが、魚でないことだけはわかる」

東北の魅力をよりうまく発信しているのは、東日本大震災のボランティアがきっかけで移住したIターン組や、一度、東京に出たものの震災をきっかけに出戻ったUターン組など、外の世界を知る人たちであることが多い。他所から見たらすごいことが、地元を離れたことのない人には、取るに足らない些細な日常と見えていることが多い。同様に、日本という国の魅力を、より深く理解し海外の人にうまく伝えられるのも、海外在住経験のある人たちが多いように思う。

いま、世の中はAIやバイオテクノロジーの進展で、大きくカタチが変わろうとしている。業界の中だけしか見ていないと、環境の変化にただ振り回される側になってしまう。しかし、目を自分の属する業界の外にも向け変化の波を敏感に捉えれば、変化を追い風にできるし、場合によっては自ら先駆者となり新しい業界を生み出すことだってできるはずだ。

英語の「エキスパート」が、なぜか日本では視野が狭そうな「専門家」という言葉に訳される。しかし、これからは特定の業界だけに閉じた「専門家」、「業界人」、「業界通」よりも、基軸となる世界をもちつつも他分野にも精通した「越境者」が活躍する時代になるのではないかと信じている。

林 信行

ITジャーナリスト

1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。

Twitter / Official Site

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1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。

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