一時期、経営不振に陥ったライカを復権させたキーマンこそ、社主アンドレアス・カウフマンだ。秘蔵のコレクションとともに、あふれる愛を吐露してくれた。

オーストリア・ザルツブルク。世界遺産にも登録されている美しい古都は、モーツァルトの生誕地として知られ、中世から芸術と文化の中心地として栄えてきた。ライカカメラ社主であるアンドレアス・カウフマンの投資会社「ACM」が拠点を構えるのはこの地だ。
2005年、経営が厳しい状況に追い込まれたライカカメラ。その翌年に株式の大部分を買い取り、今日のライカブランドの復権へと導いたのは、紛れもなくカウフマンである。
なぜ、ライカは唯一無二のカメラブランドなのか? 今回、その理由を知るために彼のもとを訪ねた。オフィスの2階にある会議室へ足を踏み入れると、「ようこそ、私のカメラコレクションルームへ」と、穏やかに笑みを浮かべて迎え入れてくれたカウフマン。部屋に大切に保管された秘蔵の愛機コレクションを熱心に紹介してくれた後、インタビューは始まった。

まず、ライカカメラのオーナーになった理由を教えてください。
株式を買い取った当時から、ライカは世界で最も魅力的でアイコニックなカメラブランドだと感じていました。その理由は、フルサイズといわれる24mm×35mmのライカ規格を発明した会社であり、創業家のライツファミリーは顕微鏡事業が中心だった頃から世界的にも名の通った会社だったからです。また、ライカにはカメラづくりの素晴らしいノウハウが残っており、いずれもとても魅力的に感じたんです。
名門を復活させるにあたり、伝統と最新のテクノロジーとの棲み分けをどのようにしようと考えましたか?
もともとライカは、新技術の開発に対して積極的な会社です。たとえば1996年には他社に先駆けてデジタルカメラ「ライカS1」を発表。2009年にはAPSセンサーを初めて搭載したコンパクトデジタルカメラ「ライカX1」を開発しました。近年では、白黒しか撮れない「ライカMモノクローム」も発売しましたが、いまだに追随するメーカーはありません。そうした技術革新がある一方、守るべき伝統・歴史もライカの魅力です。経営においては、この性質の異なる両輪を組み合わせていくことが重要だと考えています。
ライカのブランドを守る上で、最も大切にしていることは?
ふたつあります。ひとつは、顧客に対し、真摯に製品の価値を伝えることです。多くのカメラメーカーは製品開発の後、小売りを販売店に委ねるため、自分たちの目が届かない場所で、顔の見えない顧客に自社製品を販売することになります。そこで私はかつて大株主であったエルメスの旗艦店を参考にしました。世界観を守りながら、しっかりと顧客に製品の素晴らしさを伝えること。これはとても大事なことです。06年に世界初の直営店「ライカ銀座店」をつくったのはそのためです。
ふたつめは、製品開発において徹底して品質を守る姿勢です。06年に初めてM型のデジタルカメラを発売しましたが、もっと早く発表できたかもしれません。しかし、当時のセンサーはMマウントのレンズを活かせる規格ではありませんでした。そのため、レンズに適したセンサーを開発し、デジタルでもライカの品質が守れると判断できてようやく発売しました。このようにライカは、製品開発にしっかりと時間をかけることで、地に足の着いた技術開発を行っています。
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優秀なレンズこそが、いい画像をつくる。

いまカメラの世界で話題になる画素数の高さなど、ヒートアップする技術偏重の波についてどう思いますか?
新製品を発表すると、よく画素数の高さについて過剰にフォーカスされます。しかしそれがユーザーにとって、またよい写真を撮る上で、本当に必要なことなのかと疑問に思います。いい写真を撮るために、なにが必要なのか? まずはそこを見極めなくてはいけません。ライカはアナログでもデジタルでも、優秀なレンズがいい画像をつくると考えています。そのため、製品開発はいかにレンズを活かすかが大切です。デジタルでも、レンズが性能をより発揮できるよう設計されています。
あなた自身は、製品開発の現場にどのようにかかわっていますか?
毎週、開発者と会議を行い、すべての製品開発に深くかかわっています。たとえば、「ライカ ゾフォート」は私が発案した製品です。いまの若い人たちはデジタルに慣れていますが、紙焼き写真には慣れていません。紙焼きの楽しみ方を伝えたかったんです。これはとても成功しました。
他社がまねできない、独自の製品はどのように生まれるのですか?
マーケティングに頼ってばかりでは新しいものは生まれません。人は未知のものに興奮し感動します。だから我々は他者には決してできないことに挑戦します。アルミのブロックから削り出した「ライカTL」は、そうして生まれたユニークなプロダクトです。

カウフマンのカメラへの深い造詣と愛こそ、ライカがユニークな製品を開発し続けられる原動力でもある。彼は普段から旅先にライカを携え、写真を撮る。その中でユーザー目線に立ち、「よい写真とはなにか」を自身に問いかけ、常にその答えを探している。座右の銘として、彼は哲学者ルドルフ・シュタイナーの言葉を教えてくれた。
「心の平穏を保ち、必要なものと、そうでないものを見極める」
この言葉こそライカカメラの神髄であり、変わらぬモノづくりの規範となっている。人間がすべてをコントロールし、自分の意志で写真を切り取る。そうしたライカの不変の魅力を理解し継承しているからこそ、ライカは孤高の存在であり続けるのだ。
※この記事はPen2019年3/1号「ライカで撮る理由。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。