ダミアン・ハーストのフランスで初めての大規模な展覧会が、パリのカルティエ現代美術財団で開催されている。パンデミック以前から彼がアトリエにこもり創作していた桜を題材としたシリーズ『Cherry Blossoms』を、同財団のゼネラル・ディレクター、エルベ・シャンデスが目にしたことで企画が実現した。
『Cherry Blossoms』は、彼のダークな作品を知る者にとって意表を突くような、祝祭的なムードに満ちている。とりどりの色彩が分厚い塊となってカンヴァスに踊り、共鳴し合い、饗宴を繰り広げる。斑点ドットは、1980年代から『スポット・ペインティング』というシリーズでも用いていたが、これほど自由で力強い用い方は初めてだろう。鑑賞者は満開の桜に包まれているような印象を受ける。
「距離を置いて観ると桜の木に見えるが、近づくとまるで吸い込まれるようなものにしたかった」と、ハーストは語る。

ダミアン・ハーストは1965年、イギリス・ブリストル生まれ。95年にターナー賞を受賞した、死んだ動物をホルマリン漬けした作品で知られる。重要な現代美術家のひとり。パンデミック下で没頭して描き続けた『Cherry Blossoms』は、際限がないように見えて、個々の作品は完成した瞬間にわかるとハーストは話す。
Photographed by Prudence Cuming Associates. © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
日本人には馴染み深い桜だが、彼が桜に惹かれた理由はなんだったのか。
「桜は花の中で最もクレイジーで華々しい。たった数週間の中に生と死、天国と地獄が詰まっている。日本人はそれを深く理解しているはずだ。多くの西洋人は桜の華やかな面しか見ないが、私にとってはすべてが凝縮されたもの。家の庭に桜の木があるが、毎年、季節の移ろいを感じさせてくれる。どんなに鮮やかに花開いても、その命は短く、死が待っている。今回のテーマはこれまでやってきたことの延長で、世界に対する私の視点を表している。いまこの素晴らしい時も、いつかは終わりが来るということ。ただそれをポジティブに描きたかった」
2017年からこのシリーズの制作に取りかかったハーストだが、パンデミックが起こり、ふたりのアシスタントを失った。
「とてもタフな時期だったけれど、ひとりで没頭できるものがあって、私は恵まれていたと思う。いいか悪いかなどと考えずに、ひたすら描いていた」
黙々と描き続ける中で、作品は数を増し、大型化し、最終的に107点に至った。本展ではその中から30点の絵画が選ばれた。

「3連の作品、対の作品、大小異なる作品を、会場の空間に合わせながら一緒に見せたかった。カルティエ現代美術財団のスペースが素晴らしいのは、天井が高く広々としていること。最も大きな作品は、この空間に合わせて最後に描いた。アートのパワーは偉大だ。私にとってはそれがなければ1日たりとも乗り越えられないものだが、誰にとってもセラピーになり得ると思う。この展覧会が、観る人にとってもなにかしら希望を与え、心をゆさぶられるようなものであることを願う」

ダミアン・ハースト 『Cherry Blossoms』展
会期:2021年7月6日~2022年1月2日
会場:Fondation Cartier pour l’art contemporain
261, Boulevard Raspail, 75014 Paris
開館時間:11時~20時(火曜は22時まで)
休館日:月曜
料金:一般11ユーロ
※開催の詳細はサイトで確認を www.fondationcartier.com
この記事はPen 2021年10月号「捨てない。」特集より再編集した記事です。