約50年間封印されていた伝説の音楽フェスとは? 映画『サマー・オブ・ソウル』が映し出すその全貌

  • 文:小暮昌弘

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ハーレムのマウント・モリス公園、現在のマーカス・ガーヴェイ公園に集まった観客を前に歌うスライ&ザ・ファミリーストーン。ブラック・ミュージックにさまざまなジャンルを融合した人気バンドで、「ウッドストック・フェスティバル」にも参加していた。(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.

2021年1月に開催されたサンダンス映画祭のオープニング作品として上映され、「ドキュメンタリー部門審査員大賞」と「観客賞」をW受賞した映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビで放映されなかった時)』が、いよいよ8月27日から全国公開をされる。

若きスティーヴィー・ワンダーがドラムソロを叩き、ブルースの巨人、B.B.キングがギターを鳴らす。当時人気絶頂だったグラディス・ナイト&ザ・ピップス、フィフス・ディメンションやスライ&ザ・ファミリー・ストーンがパワフルなパフォーマンスを披露し、マヘリア・ジャクソンやニーナ・シモンが魂の叫びに似た歌声で会場を熱狂に渦に巻き込んだ──。

当時のブラック・ミュージックのスターが集結した「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」が行われたのは、1969年の夏。奇しくもあの「ウッドストック・フェスティバル」が開催された同じ夏だ。場所はウッドストックから130km離れたNYハーレムのマウント・モリス公園。6月29日から8月24日までの6回の日曜に、計30万人の観客を動員したこの歴史的な音楽フェスは開かれた。

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右がゴスペルの女王、マヘリア・ジャクソン。左がゴスペル・ソウルグループのザ・ステイプル・シンガーズでボーカルを務めたメイヴィス・ステイプルズ。圧倒的な歌唱力で観客を圧倒する。(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.

そもそもこのフェスは、タレントでミュージシャンでもあったトニー・ローレンスが当時のニューヨーク市長リンゼイの協力を得て、キング牧師暗殺一周忌を記念して立案されたものだ。テレビ業界のプロデューサーであったハル・トゥルチンが撮影を担当、2インチのビデオテープを搭載した4台のカメラを使って、6週間にも渡ったフェスを最初から最後まで収録することに成功した。

トゥルチンはこのフェスを“ブラック・ウッドストック”と命名し、何度となくテレビ局に売り込んだが、放送に至ることはなかった。「黒人のライブは相手にされませんでした」とトゥルチンが後に語っているが、この伝説のフェスを記録した映像は、人目に触れることなく、その後50年もの間、ブロンクスのトゥルチン宅の地下倉庫で眠っていた。

この映画の製作者の一人であるロバート・フィヴォレントがこの映像の存在を知ったのは、2016年のこと。大学の同級生から、ウッドストックと同じころ、ハーレムですごいコンサートが開かれたという話を聞いたのだ。その後、幸運にもトゥルチンが長い間持っていたこの映像に辿り着き、1969年の伝説のフェスを記録した映像が日の目を見ることになった。

本作の監督を担当したのはヒップホップグループ、ザ・ルーツのドラマーであり、DJ、プロデューサーなど、マルチに活躍するアミール・“クエストラブ”・トンプソン。「黒人はいつでも米国文化の想像力の源でした。しかし、こうした努力はいともたやすく忘れられました。自分が生きている間にこうした黒人文化の抹消が再び起きないようにしたいのです。この映画はその目的に向けて働きかけるきっかけとなりました」と語る。

驚くことに保管されていた映像素材はほぼ無傷のまま。最新の技術で修復も行われているが、完成された作品は50年間封印されていたとは思えない鮮やかな映像と、迫力と臨場感がある音源で、音楽フェスを擬似体験できる。音楽ファンならずとも大きな感動を覚えるだろう。

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当時のアメリカの空気を知る日本人

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歌手として活動するだけでなく、公民権活動家でもあったニーナ・シモン。イラストレーターの小林泰彦氏も、彼女のファンでいまでも彼女の曲を聴いている。(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.

この伝説のフェスが開かれていた夏、ニューヨークにいた日本人がいる。イラストレーターの小林泰彦氏。当時、氏が連載を持っていた雑誌『平凡パンチ』の取材のためにこの地を訪れていたのだ。

「ニューヨークに着いて、ビレッジでよく行くカフェに行ったら、いつもは待っていないと入れない店なのにテラスにさえ誰もいない。客も店員もみんなウッドストックに行ってしまった。実は僕たちはドジなことにウッドストックの最終日にニューヨークに着いた。ウッドストックのことなんて何も知らなかった。翌日、ウッドストックから戻ってきた大勢の奴らが、話の続きをやっているわけだ。でも、ハーレムで開かれたこのフェスのことはまったく知らなかった。もし知っていたら、必ず行っていたはずです」

小林氏は同誌の取材のために67年、69年、70年とニューヨークを訪れているが、ハーレムはすでに67年に行っており、現地の情報をリポートしている。

「ハーレムのことなんて多くの日本人は知らない、そんな時代ですからね。でも僕は知っていました。中心に黒人音楽のメッカであるアポロ劇場があるとか、それくらいの知識でしたけど(笑)。とにかく行ってみようと地下鉄の駅を降りたら、当然ながら歩いているのはみんな黒人です。ハーレムで新聞を発行しているジャーナリストに偶然出会い、俺みたいなヤツがいないとハーレムのことはお前らにはわからないと言われ、案内してもらいながら、ブラックムスリムの幹部たちやブラックパンサー党まで取材しました。よく無事で帰って来られたねとみんなに言われましたよ(笑)」

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「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」が行われた当時のアメリカやヨーロッパを取材した小林泰彦氏の『平凡パンチ』での連載は、『イラスト・ルポの時代』(ヤマケイ文庫)として一冊にまとめられている。70年にNYで開かれた「ニューヨーク・ポップ」の音楽フェスや当時のジャズクラブの様子まで取材されている。映画の副読本として絶好の書ではないか。

本作の劇中でも、ライブ映像とともにベトナム戦争やジョン・F・ケネディ、マルコムX、ロバート・ケネディ暗殺などのニュース映像が差し込まれているが、当時のアメリカはアフリカ系アメリカ人の公民権運動やベトナム戦争の泥沼化で、大きな節目を迎えていた。昨年、ジョージ・フロイド事件などを発端に全米で起こった「Black Lives Matter」の抗議運動を思い出せば、その空気感は容易に想像できるだろう。

その時代を間近で体験した小林氏も「69年から70年は、間違いなくアメリカがいちばんホット=熱かった時代のとどめです」と断言する。「ウッドストック」「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」に代表される音楽フェスがそのムーブメントを象徴するものであったことは想像に難くない。60年代末の音楽事情やファッション、黒人たちの日常を知る上でも貴重なドキュメンタリー映像だ。50年前のアメリカで起こった歴史的な瞬間を、見逃してはならない。

『サマー・オブ・ソウル』を語り尽くすポッドキャストも配信中!

前編(Apple/Spotify/popinWAVE
中編(Apple/Spotify/popinWAVE
後編(Apple/Spotify/popinWAVE

『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』

監督:アミール・“クエストラブ”・トンプソン
出演:スティーヴィー・ワンダー、B.B.キング、ザ・フィフス・ディメンション、ステイプル・シンガーズほか
2021年 アメリカ映画 117分
8月27日(金)より全国の映画館で公開。
https://searchlightpictures.jp/movie/summerofsoul.html