独立時計師・菊野昌宏が腕時計に宿らせる、いにしえの時の流れ

  • 文:前川祐補
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日本人初の独立時計師アカデミー会員になった菊野と工房。TORU HANAI FOR NEWSWEEK JAPAN

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<世界に31人しかいない独立時計師アカデミー会員に日本人として初めて選ばれた時計職人が欧米人を驚かせたスゴ技とは>

スイス北部の都市、バーゼル。この地では1917年から世界最大規模の時計見本市が開催されてきた。高級ブランドから大衆ブランドまでが1週間にわたり最新作を披露し、世界の時計市場を動かす。

その期間中、知る人ぞ知る奇才の時計師たちが顔を合わせるのが、独立時計師アカデミー(AHCI)だ。大企業に属さず独創性あふれる時計を製作する時計師からなる国際組織で、えりすぐられた会員はわずか31人。菊野昌宏(38)は2011年に準会員として入会を認められ、2年後に日本人として初めて正会員に選ばれた。

「日本の文化を内包した時計を手作りする時計師」。アカデミーでそう評される菊野の作品は、単に和風のデザインというだけではない。日本人が近代まで持っていた時間との向き合い方が反映されている。いわゆる「不定時法」だ。

現代のアナログ時計を見れば、1時から2時、2時から3時と、等しく30度の開きで時が隔てられている。だが日の出と日の入りを時間のよりどころにしていた時代、季節によって昼と夜の一刻の長さは異なった。

その時法を反映させた大掛かりな和時計は江戸時代からあったが、菊野はその仕組みを腕時計に搭載しヨーロッパ人たちを驚かせた。

極小の部品も手づくり

さらに目の肥えた欧米の時計職人たちを仰天させたのは製作方法だ。「100%ではないが、かなりの部品」を手作りする菊野は、極小サイズのネジなどを金属板から切り取り削り上げていく。「アカデミーのメンバーは皆ものづくりが大好きな変わり者だが、その彼らからクレイジーだと言われる」と菊野は笑う。

そのため製作本数は年間2本程度で、見せてくれた製品群の価格は数百万円から1800万円もする。

ものづくりへの徹底したこだわりを見せる菊野だが、浮世離れした偏屈な職人かたぎの人物ではない。大衆向けの商品でも、そのメカニズムを意欲的に探る柔軟な考えの時計師だ。

取材中、部屋の角にあった置時計からリンリンと時報が鳴った。これも自身の作品かと尋ねると、「(模型パーツ付きマガジンなど分冊百科シリーズで知られる)デアゴスティーニで買った和時計」だと言う。「精巧でよくできている。雑誌の中に部品を入れることを想定して作られているので、ならではの工夫や設計が見られる」

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全行程を1人で製作するがゆえの悩み

菊野のオープンな姿勢は時計づくり以外から得る知識にも影響を受けている。彼の工房には、製作道具と共に多様なジャンルの書物が並ぶ。

「生物の進化についての本を読んでいたとき、どんな環境にも適応する究極の生命体などないと学んだ。時計も万人が理想とするものはなく、お客さんと自分との世界で適応した製品を作りたい」。構想中の新製品を聞くと、「今度は針の動くスピードが昼と夜で変わるもの」と、惜しげもなく教えてくれた。

すべての工程をひとりで製作するが故の菊野の悩みは、自身が「いなくなった後」のアフターケアだ。「心得のある人であれば修理できる設計ではあるが、修理リスクは必ず顧客に伝える」だが、あるシンガポールのコレクターからはこう言われた。

「アフターケアはどうでもいい。あなたのパッションが詰まった作品を、いま手にしたいんだ!」

菊野の悩みも、当面は杞憂かもしれない。

Masahiro Kikuno
菊野昌宏
●独立時計師

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