リンカーンからジョブズまで、あの歴史上の人物はどんな本を読んできたのか

  • 文:吉田けい
  • イラスト:阿部伸二(karera)

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ときに人生を変えうる本との出合い。歴史に名を残した偉人たちは、どんな本を読み、人生の糧としたのか。数々の著書を手がける歴史学者の島崎晋が解説する。

エイブラハム・リンカーン──その名演説の根底に、イギリス古典文学あり

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『マクベス』
シェイクスピア 著 福田恆存 訳 新潮社 1969年 ¥440(税込)

第16代アメリカ合衆国大統領のリンカーンは、歴代大統領の中でも演説が巧みだったことで知られている。それは、古典文学を読み込んでいたためだと考えられるが、当時の古典といえばイギリス文学の代表であるシェイクスピアだ。『マクベス』をはじめ、格調高い古典文学を身体に染み込ませていたリンカーンの演説は、聴衆の耳に心地よく届いたはずだ。シェイクスピア全集を携えて、幌馬車でアメリカ全土を遊説して回る姿を想像すると、実に感慨深い。

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チェ・ゲバラ──キューバ革命の先に見ていた、自らが哲人王となる夢

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『国家』
プラトン 著 藤沢令夫 訳 岩波書店 1979年 ¥1,386(税込)

古代ギリシャの哲学者・プラトンは、君主が哲学者となる国家が理想的だと説いている。ゲバラは革命を通して、まさにこの君主“哲人王”になって世界に模範を示そうとしていたのではないだろうか。知識と慈愛にあふれた哲人王のもとで、誰もが公平に暮らせる国家を目指していたゲバラの理想。それはプラトン著『国家』と重なり合う。革命に至るまで、おそらく欧州のさまざまな政治哲学文献を読んだはずだが、特にプラトン哲学から受けた影響は大きい。

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スティーブ・ジョブズ──天邪鬼な天才を刺激した、難解な名著

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『白鯨』
メルヴィル 著 八木敏雄 訳 岩波書店 2004年 ¥1,254(税込)


アップルを現在の世界的企業にまで成長させた立役者である、スティーブ・ジョブス。彼の愛読書として知られているのが『白鯨』、世界10大小説にも挙げられる名作だ。しかしこの『白鯨』、文章が難解かつ陰鬱な上に大長編でもある。さらに脱線が多いため、読み通すことが難しいことでも知られている。ストーリーにも登場人物にも、読み手である彼の人生や人格と重なる部分は見つけられないが、難解でクセが強いことで有名という点は両者の共通項のようにも思える。天才と呼ばれた自信家の男は、自分であれば読破できると証明してみせるため、『白鯨』に挑んだのだろうか。

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毛 沢東──中国共産党の影に、古代中国の歴史書あり

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『水滸伝』
施耐庵 著 松枝茂夫 訳 岩波書店 2001年 ¥836(税込)

農家である父のもと、比較的裕福な家庭で育った毛沢東は、子どもの頃から読書に親しんでいた。その中でも繰り返し読んでいたとされる『水滸伝』は、中国共産党の成り立ちと似ている部分がある。物語では、汚職や不正が蔓延する国で108人の英雄が奮起。悪徳官吏を倒して人民を救うのだが、この物語の英雄たちが中国共産党のように思える。毛沢東の考えとしては、中国共産党の掲げる共産主義は絶対正義であり、資本主義は完全なる悪。悪を徹底的に排除することに迷いはなく、物語の正義と悪の描かれ方を都合よく解釈してしまったとも捉えられる。

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ウラジーミル・レーニン──奴隷解放を唱えた一冊が、社会主義に与えた影響

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『アンクル・トムの小屋』
ハリエット・ビーチャー・ストウ 著 小林憲二 訳 明石書店 2017年 ¥5,280(税込)

ロシア革命の父・レーニンの愛読書といえば、ニコライ・チェルヌイシェフスキーの革命小説『何をなすべきか』や、マルクスの『資本論』が真っ先に挙げられる。しかし、かつて神童と呼ばれるほど学校の成績がよく、音楽と読書が大好きだったレーニン少年が愛読していたのは『アンクル・トムの小屋』だった。黒人奴隷の悲惨な状況を告発し、彼らの解放を目指した作品であるが、帝政ロシアに虐げられている人々を、白人に虐げられている黒人に重ねて読むこともできる。社会主義国家の樹立は、悪政から人々を解放することを理想に掲げたのだろう。

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ジョン・レノン──アメリカの青春小説に織り込まれた、仏教的視点

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『ライ麦畑でつかまえて』
J.D.サリンジャー 著 野崎 孝 訳 白水社 1984年 ¥968(税込)

人気絶頂期のザ・ビートルズが、曲づくりのヒントを求めてインド北部にあるヨガの聖地リシュケシュを訪れたのは有名な話。一行を率いたのが、東洋文化に傾倒していたジョン・レノンだ。その愛読書である『ライ麦畑でつかまえて』にも、東洋的思想に通じる部分がある。主人公ホールデンは、目先の利益しか考えない者の多い世の中に辟易して厭世観をもったが、そうした点は仏教的である。また、ライ麦畑で遊ぶ子どもが崖から落ちそうになったら捕まえて救いたいという考えも、まるで釈迦の掌のよう。そんな同書を、ジョン殺害直前に犯人が読んでいたのは皮肉なことだ。

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アドルフ・ヒトラー──社会心理学の名著が、独裁者の手引書に

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『群衆心理』
ギュスターヴ・ル・ボン 著 桜井成夫 訳 講談社 1993年 ¥1,122(税込)

フランス革命やナポレオンの出現などを例に、群衆の心理と行動を鋭く分析した『群衆心理』。正しく読めば、付和雷同に対して警告を発した名著と言えるが、逆にヒトラーは、未熟な精神をもつ群衆を扇動することはたやすいと考えた。この本を通して群衆心理を十分に理解した上で、プロの声楽家仕込みの演説により群衆を掌握。ついには残虐なホロコーストへと導いたのだ。著者のル・ボンは、自分がまったく意図していない読まれ方をされて、おそらく不本意だろうが、その著書はドイツの負の歴史を生んだ“危険な本”という評価を下さざるを得ない。

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※Pen2020年11/1号「人生に必要なのは、心に響く本」特集よりPen編集部が再編集した記事です。