都会と田舎に同時に暮らす「二拠点生活」の美味しい日常

  • 文・写真:馬場未織 (1枚目の写真:小出一彦)

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築120年の古民家が、南房総の我が家です。

はじめまして。馬場未織です。
建築やまちづくり、ライフスタイルについての執筆を仕事とし、プライベートでは「平日東京/週末南房総」という二拠点生活をしています。ぺんぺん草も生えないような都会で生まれて育ちましたが、今では鎌、ノコギリ、草刈り機、スパイダーモアなどが友です。

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里山では、4月から10月まで毎週刈っても追いつかないほど草が伸びます。


二拠点生活を始めたのは2007年。
当初は「そんな暮らし、ありなの?続くの?」と親族や友人たちに怪訝な顔をされていました。縁もゆかりもない南房総に築120年の古民家を買い、野良仕事に奮闘し、こどもたちと虫や魚を追いかけて暮らすだなんて、突拍子もないライフスタイルに見えたんでしょう。
わたしたち家族はただ、生きもの好きのこどもたちと週末暮らせる「おばあちゃんのいないおばあちゃんち」をつくりたいと思っただけなんですけどね。


南房総の家は、千年続く農村の、ちいさな集落の中にあります。山の上の方に家があるので、屋号は「ウエンダイ」です。
細い農道でご近所さんとすれ違うと、「おーう」と声がかかります。酪農家の山口さんです。

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南房総は酪農発祥の地。近年、酪農家が激減し、うちの集落も続けているのは山口さんだけです。


「初乳のチーズ、持ってく?たまたま今あるのよー」と、奥さん。
「初乳のチーズ」は産後すぐの牛の初乳でつくられます。市販されず、酪農家だけが食べられるもののようです。さっぱりとした乳の風味と木綿豆腐のような歯ごたえがたまりません。

いただくと一番喜ぶのは、長女です。
高校が忙しくてなかなか南房総に来られないので、LINEでビデオレターを送ります。
「山口さん、ありがとうございます。美味しいです!」

自由な校風の都立高校に通い、軽音部のギターボーカルで、茶色い髪からはヘアオイルの人工的な甘い香りが漂う彼女の中にも、小さな頃から親しんでいる南房総への特別な思いは息づいているみたいです。

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山口さんは甘辛炒めが好きだそうですが、長女はトマトガーリックバター炒めが好き。

南房総ではこんな風に、知り合いからしょっちゅういただきものをします。季節の野菜や果物や米、魚、ジビエ肉なども。それも両手で持ちきれない量!農家さんのスケール感にはいつも驚きます。

で、いつも頭を悩ませるのが「お返し、どうしよう」ということ。

相手はプロの農家さんですからね、自分でつくった野菜は恥ずかしくってお渡しできません。たわわに実る梅や柿や夏みかんなども大抵の家で採れますからね、お返しになりません。かといって「ピエール・エルメのマカロンです」などとブランドのお菓子を持っていくのも……都会なら疑いようのない素敵なプレゼントなのに……どうもしっくりこない。喜んでもらえる自信がない。
なんというか、豊かさの位相が違うのです。


そんなこともあり、ここ数年は手づくり醤油をつくっています。
いただきもののお礼にしたり、物々交換をして楽しむという次第。

醤油は、寒仕込み寒搾りです。1年間東京の家で熟成の面倒を見て、搾りの日は南房総の家に「安房手づくり醬油の会」の搾り職人さんを招いて家族や友人らと搾ります。
火入れしない搾りたての生醤油は透明感と旨味が強く、保存用の火入れ醤油はコクが出てまた美味です。

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15000キロの圧力をかけ、1日かけてじっくり搾ります。いちどにつくる量は、1樽分で約70リットル。瓶詰めをし、「馬場醤油」というラベルをつけ、相手の名前を入れてお渡しします。

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年間を通じて多くの方々と物々交換をします。コロナ禍で会えない友人から宅配で届くことも。

ものの価値を金額で示さず、相手の判断に委ねるとき、びっくりするほど楽しいやりとりが生まれます。その人の丹精した時間や、その品を選んでくれる時間、相手への思い、そんなものも乗っかって、多様な等価交換になるのです。
いや、等価かどうかさえ気にならないのが面白い。

ポチッとボタンを押したら欲しいモノが届くという便利な暮らしがある一方、プロセスに時間をかけて心を尽くす交換もある。二拠点生活も同様で、都会暮らしと田舎暮らしの振れ幅の中に生きると、自分が大事にしたいモノやコトが見えてくるから不思議です。

【お知らせ】
わたしの運営するNPO法人南房総リパブリックでは、現在、連続トークイベントを開催しています。1ヶ月に1回、二拠点生活や地方暮らしにまつわるさまざまなトピックスをゲストをお招きしてお話します。

次回は7月29日(木)。
テーマは「“大丈夫な働き方”について、考えてみる」です。

「お金も自由も充実も手に入れるなんてできるのか?」と悩みながら、100年もある人生をどう幸せに生き切れるか、その方法をぐいぐい考えていきます。ゲストは文庫本もされたロングセラー『ナリワイをつくる』『イドコロをつくる』の著者・伊藤洋志さんと、弓削島に移住して兼業編集者として生きるセトヘン代表・宮畑周平さんです。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。

ご参加はこちらから→https://nichiiki02.peatix.com/

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馬場未織

建築ライター、NPO法人南房総リパブリック理事長、neighbor運営、関東学院大学非常勤講師

1973年東京都生まれ。日本女子大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2007年より「平日東京/週末南房総」という二拠点生活を家族で実践。2012年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市職員らとNPO法人南房総リパブリックを設立。里山学校、空き家・空き公共施設活用事業、食の二地域交流事業、農業ボランティア事業などを手がける。2023年よりケアのプラットフォームneighbor運営。著書に『週末は田舎暮らし」、『建築女子が聞く住まいの金融と税制』など。

Twitter / Official Site

馬場未織

建築ライター、NPO法人南房総リパブリック理事長、neighbor運営、関東学院大学非常勤講師

1973年東京都生まれ。日本女子大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2007年より「平日東京/週末南房総」という二拠点生活を家族で実践。2012年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市職員らとNPO法人南房総リパブリックを設立。里山学校、空き家・空き公共施設活用事業、食の二地域交流事業、農業ボランティア事業などを手がける。2023年よりケアのプラットフォームneighbor運営。著書に『週末は田舎暮らし」、『建築女子が聞く住まいの金融と税制』など。

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