最近買った時計の話

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    ここに2016年12/1号の「Pen」がある。特集のテーマは『「最初」と「最後」の腕時計はどれだ?!』。僕がこの企画で最後の時計に選んだのが、ワンハンドウォッチのジャケ・ドロー「グラン・ウール」。記事内では「自分がリタイアし、時間に縛られない生活をするようになったら手に入れたい」と締めている。ふう、カッコいいぜ。でも結局、我慢できずにリタイア前に最近買ってしまった。

    2020年は新型コロナウィルスの影響もあって、人々の時間の使い方は大きく変化した。個人的にも海外取材がなくなり、対面の打ち合わせやイベントもなくなった結果、より多くの時間を自分でマネージメントできるようになった。1日=24時間をどう使い、どう過ごすのかをより強く意識するということは、すなわち時間との関係が能動的になり、自ら時間をコントロールしているともいえる。そんな、これまでになかった“新しい時間の流れ”を感じるために、先日ジャケ・ドロー「グラン・ウール」を手に入れたのだ。

    ジャケ・ドローとは、18世紀に活躍した時計師ピエール-ジャケ・ドローの時計哲学を受け継ぐスイスの高級時計ブランド。「グラン・ウール」は、43㎜の大きなケースにブラックオニキス製ダイヤルを組み合わせ、すらりと帯びた一本の針のみで時刻を表現する。針は24時間で一周し、しかもインデックスが10分刻みであるため時刻はほぼわからない。秒針もないので、時計が止まっているか動いているかも不明だ。

    実際、この時計をつけていても時刻は見ない。いや正確には美しいディテールをうっとり眺める回数は増えるのだが、時刻の読み取りは難しいので、時刻を知りたい時にはスマートフォンを取り出して確認することになる。

    でもそれでいいのだ。「グラン・ウール」をつけるということは、時間から解放されるということでもある。正確に流れる時間を、曖昧に表現する…。そんな二律背反する個性が、混迷の時代の中で価値ある時間をつくってくれるのだ。

    篠田哲生

    時計ジャーナリスト

    時計専門誌やファッション誌、新聞やWEBなど様々な媒体で時計記事を執筆。また時計に関するイベントやセミナーの企画や出演も行う。時計学校を修了し、スイス取材の経験も豊富。著書に「成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。」(幻冬舎)、「教養としての腕時計選び」(光文社)がある。

    篠田哲生

    時計ジャーナリスト

    時計専門誌やファッション誌、新聞やWEBなど様々な媒体で時計記事を執筆。また時計に関するイベントやセミナーの企画や出演も行う。時計学校を修了し、スイス取材の経験も豊富。著書に「成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。」(幻冬舎)、「教養としての腕時計選び」(光文社)がある。