「長良川クアパークリゾート」が示す、これからの地方と旅のあり方とは

  • 写真:武藤弘明(boum)、長良川クアパークリゾート推進共同体事務局
  • 文:森田華代 

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長良川エリアの魅力をブラッシュアップし、発信していくための地域資源活用事業 「長良川クアパークリゾート」。その一環として今年3月に実施されたファームトリッ プを通して、これからの地方のあり方、そして新しい観光と旅のカタチを探る。

日本三大清流といわれる長良川。飛騨の山から湧き出た水が美濃の大地を潤し、その環境が木材や和紙を使った伝統文化を生み出してきた。

「サステナブル」という言葉を頻繁に耳にするようになったのは、世界規模での気候変動を目の当たりにし、地球環境を危ぶむ声が高まっていった2010年代も後半に入った頃のこと。そこで起きた新型コロナウィルス感染症拡大によって人々は移動を大きく制限され、日常の延長線上にある幸せや、身近にあるものの魅力に目を向けるという機運が高まっていった。「長良川クアパークリゾート」は、清らかな水をたたえる長良川を中心に、豊かな森林や温泉にも恵まれるこの地の利を、ドイツ生まれの「クアオルト」と重ね合わせて、健康や癒しをテーマに掲げる地域資源活用事業。岐阜県観光国際戦略アドバイザーである古田菜穂子さんが、岐阜市や長良川の温泉旅館へ呼びかけて実現した、このエリアの魅力やここでしかできない体験を提案する取り組みである。その 一環として、3月12日~15日の4日間、観光や旅行業者、メディア関係者らを招いてのファームトリップが行われた。

専門知識を持つ指導者のもと、心拍を測りながら歩くクアオルトウオーキング。

「クアオルト」とは、ドイツ語で「健康保養地」という意味。自然公園や温泉など自然の力に助けを借りながら心と身体を癒す滞在型の療養法をこう呼び、ドイツでは病院や大学、研究機関などとも提携し、医療保険が適用されている。その考え方を日本の風土や文化に合わせてアレンジしたクアオルト健康ウオーキングは、心筋伷塞や狭心症のリハビリ、高血圧、骨粗しょう症などの運動療法として少しずつ日 本でも浸透し始めている。あらかじめ計測された野山のコースを、指導者とともに 心拍数や血圧、体表面温度を計測しながら歩く健康づくりのためのウオーキング法に基づき、今回は観光活用という視点も鑑みて、岐阜公園を中心としたコースを歩いた。  

日程の2日目に組み込まれたクアオルト健康ウオーキングの当日は残念ながら雨 天だったため、各自レインウェアや折り畳み傘を携えて、宿泊先のホテルパークを出発。岐阜市健康増進課の丸毛健裕さんの指導のもと、まずは全員で心拍を 測り、準備体操をしてからゆっくりとしたペースで歩き出す。御手洗池の脇を抜けて、信長公居館跡にて再び心拍を測定。徐々に雨脚が強まる中、三重塔へ到着したところで最後の心拍を図る。160から年齢を引いた数字がこのタイミングで計測する心拍数の目標値だ。ここから岐阜公園を抜けて川原町広場へ。長良川の洪水対策 のために設置された大宮陸閘を横に眺めながら、鵜飼の観覧船をつくる造船所に立ち寄ってホテルパークへ戻るという行程を、雨宿りしながらおおよそ1時間30分ほどで歩いた。

心と身体を癒す、長良川エリアならではのアクティビティも魅力

点在する観光地を巡るのにぴったりな移動手段でありながら、ヘルスケアという側面からも効果が期待できるサイクルツーリズム。

今回のツアーでは、ここ長良川エリアならではのアクティビティにヘルスケアを組み合わせたプログラムが3つ用意されていた。ひとつは先に述べたクアウォルト健康ウオーキング、E-BIKEによるサイクルツーリズム、そして現役の川漁師が案内する漁船体験だ。  

滋賀県大津市を拠点に、サイクリングの楽しみ方を様々なカタチで提示しているライ ダスの協力を得て行われたサイクルツーリズムは、やはり日程の2日目。まずはずらりと並ぶ最新のE-BIKEから、各々の身長に合うサイズの自転車を選ぶ。この日のガイドを務めたライダス代表取締役の井上寿さんによれば、サイズの合った自転車 を選ぶというのがなによりも重要なのだとか。乗る自転車が決まったら、ブレーキの かけ方や止まる時の姿勢、電動スイッチの使い方など、レクチャーを受けてホテルパークを出発。  

川原町の風情ある通りから、日本三大仏のひとつである岐阜大仏がある正法寺を訪れ、岐阜公園を抜けてホテルへ戻るというコースをゆっくりとしたペースで巡る。曲がる際には手信号、通行人が多い箇所では自転車を降りて歩くなど、マナーを守ってのんびり走り、状況に合わせて電動アシストにすることで、参加者の体力差を生まないスタイルは、ストレスなく楽しめるサイクリングを提案してくれた。

実際に櫓や櫂を使って船を漕ぐ体験も。この日は川の流れが穏やかだったこともあるが、木造和船は乗り心地が滑らか。

長良川といえば、なんと言っても鵜飼、そして鮎を思い浮かべる人も多いだろ う。平成27年に「清流長良川の鮎」は世界農業遺産に認定されているが、これは鮎が生息することができる水質や生態系、それらを育む源流の森林など、総合的な環境に対する評価である。そんな恵み豊かな長良川を漁場とし、現在65歳以下では唯 一の現役世代漁師として活躍する平工顕太郎さんが案内する漁船体験は、このツア ーのクライマックス。川の右岸側から木造和船に乗り込み、御料場の近くまで上っ てゆく。船にはエンジンが付いているが、櫓や櫂を使って漕ぐ体験もしながら進 む。川の中流で一度船を止めて河岸へ降り、平工さんの網による漁の実演や、浅瀬 の苔むした石に残された鮎のはみあとを見せてもらうなど、川漁師の営みをほんの少しだけ味わって、船は再び下流へ。  

この日は晴天に恵まれ、爽やかな風が心地よい絶好の日和だったが、一年を通し て自然を相手にする川漁師は想像を絶するハードな仕事。ゆえに平工さんは現在、 65歳以下では唯一の現役世代である。漁にまつわる木船などのつくり手も高齢化が進 み、後継者が不足しているのは日本の他の地方で起きている現象と同様だ。この清流文化を繋いでいくべく、平工さんは今回のような体験ツアーや全国で講演を行うなど、さまざまな取り組みをしている。発信し、伝えることが未来へつながっていくのだ。

地の恵みとイタリアの郷土料理を見事に融合

「ラルカンダ」で供された「長良川の恵みコース」から、「長良川天然鮎 トマト
とクスクス」。丸ごとカリッと揚げ焼きした鮎の香ばしさをトマトの甘味が引き立
てる。

漁だけでなく出荷や買い付けも行っている平工さんは魚の目利きでもある。漁師体験の後は、彼のお眼鏡に叶った魚を食べさせるイタリア料理店「ラルカンダ」でのランチが待っていた。「ラルカンダ」は、木材倉庫をリノベーションした商業施 設「アンドン」の中に2019年オープン。イタリア人シェフのルカさん、パートナー でパティシエのトモヨさんが切り盛りするコージーなレストランだ。ルカさんは世界中で腕を磨いた後、14年から岐阜市内のレストランで働いた経験があり、岐阜の食文化への理解も深い。そんな彼が生み出す「長良川の恵みコース」は、まさにこ の地の恵みとイタリアの郷土料理が見事に融合したもの。モクズカニや天然鮎の魅力を存分に引き出した皿の数々は、ここ長良川でしか味わえない、吸引力のある旅 のコンテンツのひとつとして数えられるだろう。

初日のディナーは「ホテルパーク」にて。写真は中津川産の更紗サーモンの薬草巻き。クレソンやセイジなどのハーブ、高麗人参などの薬膳食材も多用されたコースを提供した。

美肌にフォーカスした「十八楼」の料理から、岐阜県産の野菜をゼリー寄せにしたひと皿。キヌアや大麦、赤米を使った胡麻クリームとクコの実が添えられている。

「すぎ山」は、岐阜の薬草と店伝統の野鴨料理を組み合わせた「美濃薬膳料理」を提供。宮内庁鴨場ゆかりの鉄板炭火コンロで調理する杉山貴紀さん。

日程3日目のディナーは皇室御用達の「グランドホテル」の展望レストラン「キャッスル」にて。岐阜の宝、飛騨牛のステーキがコースのメインディッシュ。

「石金」では、季節の花が愛らしくあしらわれた繊細な盛り付けが美しい「薬膳のヌーベル・キュイジーヌ」が提供された。

今回の旅では、ヘルスケアをキーワードに、長良川エリアの魅力を伝えるというプロジェクトの趣旨に沿って、ここで長く商いを続けるホテルや料亭などと手を携え、地元の食材を使った健康的な食事が提供された。薬膳を取り入れた「ホテルパ ーク」でのディナー、宮内庁式部職としての鵜匠の家系ならではの一品である野鴨を供した「すぎ山」、美肌をテーマにした「十八楼」のオリジナルコースなど、それぞれが工夫を凝らしたメニューでゲストを楽しませた。  

また、アクティビティの合間には「癒しのヘルスケアプログラム」を実施。メディカルサロンM岐阜漢方センターの野崎利晃先生を中心に、鍼伮師や薬剤師など、ホリスティックな医療従事者によるヘルスプログラムが提案された。ゲストひとり一 人の体調や体質をカウンセリングしたのち、鍼、伮、マッサージなどを施すプログラムの他、日程初日と3日目には野崎先生による講演が行われ、朝食の際には各 ゲストのその日の体調に合わせた漢方スープを提供。講演では東洋医学の中心となる陰陽五行説に基づいた、自身の身体や健康への向き合い方を指南してくれた。

この日だけのために渡し舟を運行。手作り感いっぱいの桟橋(?)は、長良川クアパークリゾート推進共同メンバーで建築家の門脇和正さんらの協力によるもの。

日程3日目に開催された『川の湊市~River Port Market』は、今回の企画の参加者だけでなく、地元の人々にとっても改めて長良川エリアの魅力に気づく機会となった。近辺で人気の菓子店やコーヒーショップ、雑貨店などが川の両岸に出店したマーケットは、ほぼ宣伝をしなかったにも関わらず大勢の人々で賑わい、両岸を 繋ぐ一日限りの渡し舟は終日列が途切れない盛況ぶりだった。  

コロナ禍以前から少しずつ見られた、日本の地方を再生しようという機運は、コロナによって大きく変わった価値観やライフスタイルに寄り添うように加速してい る。「長良川クアパークリゾート」は、観光客の誘致を目的としながら、いかに健やかに、なにを大切に生きていくべきか、新しい人生の形を提示してくれる事業でもある。

問い合わせ先/クアオルト推進共同体(JV)/パソナ農援隊 

TEL:03-6734-1260

agri@pasona-nouentai.jp