障がい者を支えるテクノロジーの進化と、サイボーグ化していく人類について、ITジャーナリスト林信行が考察する。

  • 談:林 信行
  • 構成:高野智宏
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障がいをもつ人でもコンピュータ機器を使うことで、自らのハンディキャップを乗り越えることができる。そうした機器づくりにもっとも力を入れている企業のひとつがAppleだ。同社のホームページにはアクセシビリティ専用ページも用意されている。

前回の記事でも触れたが、私がこれまでの人生でもっとも感銘を受けた講演のひとつに、1994年に開催された宇宙物理学者、スティーブン・ホーキング博士によるMacワールドエキスポの基調講演がある。

博士はその講演で「人類はいずれ、自分のように遺伝子的な要因で病気になった人を救うため、遺伝子操作によりその疾病を克服するだろう」と予測した。しかしその一方で「遺伝子操作の技術が進めば、当初の目的である病気予防のための試みが、いつしか他人よりも優れた遺伝子の創造、たとえば、より長生き出来る遺伝子などを生み出す方向に向かうのではないか」と警鐘を鳴らすことも忘れなかった。

博士はこれを「自己設計進化」と名付けたが、近年のテクノロジーの進化に、私はその範囲は博士の言う遺伝子操作のみならず、身体の機械化、または身体と機械の融合という、まさに物理的な身体改造もまた加速化するのだろうと考えている。

そのように考えるようになったのは、1990年にアップルが出版した『Independence Day』(インデペンデンス・デイ)という、残念ながら現在は絶版となった本の存在が大きい。サブタイトルは「Designing Computer Solution for Individual with Disability」、つまり「障がいをもつ人のための、コンピュータソリューションのデザイン」というテーマだ。

書籍『Independence Day』(1990年/アディソン・ウェスリー 刊)。Appleはこの本でどこよりも早く、コンピュータこそが障がい者の自活を可能にする道具になり得ることを予言していた。この当時からAppleはアクセシビリティ・コンピューティングにおける世界トップ企業であり続けている。

本の中では、視覚障がい者用のキーボードや音声を発声するディスプレイをはじめ、四肢が不自由な方のための口で操作するマウススティック、そして、頭でタブレットやキーボードを操作するデバイスなど、あらゆる障がいに対応する機器が提案されていた。題名はアメリカの独立宣言が発表された「独立記念日」にかけているが、まさにこれら未来のデバイスが身体に障がいをもつ人にとって独立をサポートするものになりうるのだろうと衝撃を受けたことを鮮明に記憶している。

なお90年といえば、その前年の89年に初のポータブル機「Macintosh Portable」がリリースされたばかりのいわばパーソナルコンピューターの黎明期。そんな時代からもコンピューターを身体障がい者に真の自由を与える可能性をもつツールであることを確信し、提案してきたことにも深く感銘を受けたのだ。

このAppleの『Independence Day』とホーキング博士の「自己設計進化」の講演で、私は「コンピュータこそが障がい者と社会の溝を埋める最良のデバイスになるはず」と大きな可能性を見いだし、こうした領域(利用しやすさの意味で「アクセシビリティ・コンピューティング」などと呼ばれている)の取材も始めるようになった。

障がい者の日常をサポートする、スマートフォンの機能。

iPhoneの「設定」には視覚、身体及び動作、聴覚、一般の各カテゴリで、利用者がもつ障がいの種類や度合いに合わせたさまざまな代替操作手段が用意されている。拡大表示機能や着信をフラッシュの光で知らせる機能など、健常者の役に立つ機能も少なくない。

『Independence Day』が出版された90年頃は、各々の症例に向けて専用に開発されたデバイスが必要だった。しかし30年を経た現在、いまや国民の75%以上が所有しているスマートフォンがその多くの役割を担っていることをご存じだろうか。そして、そうした機能をもっとも搭載しているのが、やはりAppleのiPhoneなのである。

iPhoneで各種設定を行う「設定」から「アクセシビリティ」に入ってみてほしい。そこに列記されているのは、拡大鏡や読み上げコンテンツなどの「視覚サポート」。画面へのタッチが困難な方へ向けのタッチや音声によりiOSデバイスを操作する音声コントロールなどを備える「身体および動作のサポート」。そして補聴器とペアリング登録するヒアリングデバイスなどの「聴覚サポート」と、あらゆる障がいをサポートする機能が、当初からバンドルされているのである。

なかでも使い勝手に優れるのが、視覚サポート機能のひとつ「Voice Over」だ。そもそもiPhoneをはじめとするスマートフォンは画面に突起のないタッチパネル式の操作体系だけに、目が不自由な人には操作が不可能と思うことだろう。

しかし、このVoice Over機能をオンにすると、タッチしたすべての要素を読み上げてくれる。つまり、受話器をタッチすれば「通話」、メールマークをタッチすれば「メール」と読み上げてくれるため、目が見えなくてもiPhoneの操作が可能となるわけだ。

アプリ内でも同様で、たとえばメールならひと文字打つごとに音声が発せられるため、盲目の人でも入力する文字の位置を記憶さえすれば、スムーズに文字入力が可能。また読み上げスピードや音声の性別、さらには各種言語にも対応する。

これらさまざまなサポート機能を活用することで、iPhoneにどこか身体の一箇所を触れる、いや、息を吹きかけさえすることが出来れば(専用センサーが必要だが)ある程度の操作が可能と、iPhoneはあらゆる障害に対応しサポートするスマートフォンなのだ。


アプリがもたらした、新たな“声”。

オランダにアシステブウェアという障がい者のためのソリューションを開発する会社がある。いまではAppleのCEO、ティム・クックが訪問するほど世界的な企業となったが、私はそこの社長であるデビット・ニーマイヤーと旧知の仲だ。

2000年頃だったと思うが、彼から「こんなビデオをつくったから観て欲しい」と送られてきた映像を観て、度肝を抜かれた。映像には「DOOM」という人気シューティングゲームで、プレイヤーが敵を片っ端から倒していく様子が映し出されるが、カメラが引くと、なんとプレイしていたのは四肢が不自由な障がい者だったのだ。

これは、同社が開発した「キーストローク」というソフトを使いゲームをプレイした様子を撮影したプロモーション映像だったが、障がいを感じさせない円滑な動作はもとより、それを可能としたキーストロークの技術に強い衝撃を受けたものだ。


自閉症などで発声障がいをもつ子どもたちの声の代わりになるアプリ、Proloquo2Go(オランダ・アシスティブウェア社から発売)。ただ声を発するだけでなく。子どもたちに自信を与え、成長を促すアプリとして、Appleのティム・クックCEOも開発現場を訪問した。現在、米国英語とスペイン語に対応。

スマホ用アプリの話になるが、現在、アシスティブウェアは自閉症患者のためのソリューション「プロロコ」というアプリケーションを開発している。それはたとえばトイレの絵をタップして「トイレに行きたい」と発声する「絵カード」と呼ばれる発声用のツールになっている。同様のソフトは日本にもあるが、プロロコが異なるのは、いつまでも単語を連ねただけの単純な会話に留めさせるのではなく、だんだんと複雑な文も表現できるように利用者と共にソフトが進化していくことだ。

もうひとつのユニークなポイントは、さまざまな声をサンプリングしているので、男の子と女の子があることはもちろん、ヒスパニックやメキシコなまりの声などもあり、ユーザーが親近感を覚える音声を選択することができるところだ。そうしたきめ細かなユーザー寄りのマインドが、繊細な自閉症患者の言語能力を高める心強いサポートとなるのだろう。

声のソリューションといえば、イスラエルのスタートアップ、VoiceIttが開発した「Talkitt」も素晴らしい。疾病や障がいにより明瞭に発音できない人に向け、AIがその人の発音の癖を解析し通常の音声へと変換し発声してくれるというものだ。

専用デバイスはもちろん、誰のポケットにも入っているスマートフォンが目にも声にもと、ある意味、身体の一部として機能することで、障がいをもつ人たちが自由に活動できるためのアイテムとなっていることを、まずはお伝えしたい。

テクノロジーとともに進化を遂げる、障がい者用デバイス。

視覚障がい者をサポートするスマート白杖の「WeWALK」。センサーを使って障害物を検知してくれるだけでなく、目的地までのナビゲーションも行ってくれる。

アプリのみならず、専用デバイスも進化の歩みを止めてはいない。昨年発表され海外メディアを中心に大きな話題となったのが、自らも視覚障がい者であるトルコ在住のエンジニアが開発した高機能白杖「WeWALK」だ。

これまでの白杖は、点字ブロックや足元の障害物を確認するためだけのものだったが、WeWALKは「障害物は足元だけにあるわけではない」という認識のもと、搭載するセンサーが足元のみならず胸上の障害物を検知し、存在を振動で教えてくれる。

また、専用アプリをスマートフォンにインストールすることでWeWALKとスマホが連動。アプリが音声により目的地までの道のりをナビゲーションしてくれるという。アクティブな視覚障がい者にとって、これほど力強い見方はないだろう。

デンマークにある150年の歴史をもつ補聴器メーカーのGNはAppleと共同でMFi補聴器を開発。現在もiPhone対応補聴器の最高峰として多彩なラインアップと優れた機能を提供。本文で触れたGPS連動などもこの補聴器の機能だ。

ウェアラブルデバイスの進化も目覚ましい。まず顔周りから紹介すると、「MFI補聴器」をご存じだろうか。MFIとは「Made for iPhone」を略したもので、これは補聴器の音量・音質調整がBluetooth経由でiPhoneでもできるという機能を搭載する補聴器のことだ。

しかも、このMFI補聴器は従来では不可能であったスマホでの通話も、Bluetoothを活用した通信によって可能になっている。なおGPSを搭載し、ユーザーがいる場所を理解し、オフィスならば周囲の音が聞こえるモードに、また屋外ならば風切り音などをカットするモードに切り替える、ハイエンドなモデルも存在している。

OTON GLASSはメガネの先に捉えた文章(たとえば本やレストランのメニュー、案内板など)をメガネに内蔵されたカメラが画像認識し音声で読み上げて教えてくれるウェアラブル・デバイスだ。

そして眼鏡。かつて話題となったグーグルグラスのようなスマートフォンを眼鏡化したデバイスがある一方で、障がい者向けのメガネ型ウェアラブルデバイスの開発も進められている。なかでも日本人技術者が製作した「OTON GLASS」(オトン グラス)は、私も審査員を務めたダイソンアワードで優秀賞を獲得した、期待のプロダクトだ。

これは文字が歪んで見えるなど、読み書きに著しい困難が生じる学習障がいの一種、ディクレスシアをもつ人のために開発されたプロダクトだ。眼鏡のテンプルにカメラが搭載されており、読みたい文字の方に顔(眼鏡)を向けボタンを押すと対象の文字が撮影され、音声に変換して読み上げてくれる。

ディクレスシア患者の人たちがこれまで苦労していた駅の案内表示や飲食店のメニューも、音声ならば無理なく理解できる。ディクレスシアをはじめ、見た目にはわからない障がいに着目したデバイスを開発したことに敬意を評したい。

最近では自分の身体のサイズにあった義手を3Dプリンターでつくるのは珍しくないが、その先駆けとなったのが世界中でさまざまなデザイン賞を総なめにしたhandiii(exiii-design社)だった。

ウェアラブルデバイスの最後は筋電義手について話をしたい。筋電義手とは、筋肉が収縮する際に発する微弱な電流(筋電)を採取し、物を掴んだり離したりできる電動の義手のことだ。注目したいのが、これもダイソンアワードで国際コンペで準優勝を獲得した素晴らしい作品で、元ソニーと元パナソニックの日本人技術者3名のユニット(現在は法人化)、exiiiが製作した筋電義手「handiii」である。

何がすごいかというと、従来の筋電義手が100万円以上の価格であることに対して、ボディを3Dプリンターで製作し筋電測定にはスマートフォンを活用。さらに機構を工夫しモーター数を減らすことで、材料費を実に3万円程度に抑えたこと。

デザインも革新的だ。handiiのコンセプトは「気軽な選択肢」。手を模した従来の義手に対し、そのデザインはSF映画に出てきそうなサイバーなルックスで、しかもカラーバリエーションも提案する。その日に身に着ける時計やスニーカーを選ぶように、義手も気軽な選択肢になって欲しいという想いが込められている。

現在、handiiは「HACKberry」と名称を変えているが、なにより驚くのはこれを商品化していないことだ。というのも、exiii社がHACKberryの設計書をオープンソースとして公表。誰もがexiii社のサイトからダウンロードできるようにしているのだ。

単純に考えれば、3Dプリンタと電子機器の製造知識があれば、3万円程度の投資でHACKberryをつくることが出来るということ。5本の指の繊細な動作も可能な先進の筋電義手をオープンソース化した奉仕的精神、そして筋電義手の製造コストを劇的に軽減させた社会的な意義の大きさは、計り知れないものがある。

パラリンピックが開かれるはずだった2020年に合わせて日本でもっとも有名な肢体不自由者で『五体不満足』という著書もある乙武洋匡さんに装具をつけて歩かせようというプロジェクト。Sony CSLに所属する義足エンジニアの遠藤謙氏らを中心に進められている。

義手のみならず義足も同様に発展している。自らも片足がない東大生、孫小軍さんが開発したつまづきの少ないパワー義足、BionicMも大きな投資を受ける東大発ベンチャーとして注目を集めているが、もうひとつ注目を集めているのがSony CSLが開発した「SHOEBILL」という義足だ。

「SHOEBILL」は、膝継手部にコンピューターとモーターを搭載。椅子からの立ち上がりや階段の上り動作など、従来の義足では困難だった動作を可能とした。なお、このSHOEBILLは、作家でありタレントの乙武洋匡が義足を装着した歩行に挑戦する「OTOTAKE PROJECT」というSony CSL(ソニーコンピュータサイエンス研究所)のプロジェクトで、乙武さんが装着する義足に採用されたもの。プロジェクトでは、乙武さんの身体状況に合わせたカスタマイズも行っているのだという。

こうした先進技術を持つ気鋭メーカーの技術力が、ICTと身体障がいをカバーする義手や義足などの装具との融合を実現。将来より人間に近い、いや人間以上の動作を可能とするインテリジェンスかつハイパフォーマンスな装具が誕生するかもしれない。

[お詫び:記事の公開当初、「SHOEBILL」の開発元や「OTOTAKE PROJECT」の研究主体が他社であるような誤解を与える記載がありましたが、いずれも実際にはSony CSL(ソニーコンピュータサイエンス研究所)によるプロジェクトです。ここにお詫びして訂正いたします]

機械と融合しサイボーグ化する、未来の人間のありかたとは。

ここまであらゆる障がいをサポートするアプリケーションやデバイスを紹介してきたが、その先にいよいよ見えてくるのが身体と機械の融合だ。先にiPhoneと連動した補聴器の例を述べたが、そもそも鼓膜が機能していない重度の聴覚障がい者には、人工の鼓膜を手術によって埋め込むという手法も、2012年頃から出始めている。

ニール・ハービソンというアーティストがいる。彼は色覚異常を持って生まれたため、色を認識することが出来ない。しかし、色に恋い焦がれ続けた彼は、頭頂部にマイクロチップを内蔵し、そこから伸びたアンテナの先端に備えたセンサーで色の周波数を認識。これをマイクロチップにより振動へと変換し、骨伝導により鼓膜へと伝わり音として認識されるシステムを構築。自身の身体を「色を聴く」よう改造したのである。


世界初の政府公認サイボーグで、アーティストのニール・ハービソン氏。現在は世界中のサイボーグを集めた協会の立ち上げを目指している。

「テクノロジーを使ったり、身に着けたりしているわけじゃない。僕自身がテクノロジーなんだ」と彼が語る通り、この装置を着けた写真をパスポートに使うことが英国政府に認められたことで、彼は「世界初の政府公認サイボーグ」と自称している。彼は望んでサイボーグとなったが、それはアーティストとしての表現であり、なにより色を認識するための障がい克服の手段であった。しかしそうしたデバイスを、本来の目的とは異なる方法で、しかも健常者が使用する例も散見されるようになってきた。

「CGM」という糖尿病患者向けの血糖値測定器がある。これを身体に装着しておくことで、血糖値を常に測定し、異常時には「いますぐにインシュリンの摂取を!」とスマートフォンに通知がくるというデバイスでありシステムだ。

しかしアメリカではいま、このCGMを健常者が使用するケースが増えているという。使用しているのは、主にシリコンバレーのIT企業の経営者などであり、その目的はなんとダイエットや仕事でパフォーマンスを発揮すること。つまり、CGMにより血糖値の変動を把握することで、ダイエットに効果的な時間に食事を摂るために使用しているのだという。CGMは医療器具であり、日本では医師の診断及び処方が無い限り入手は不可能だが、そのハードルが低いアメリカでは比較的たやすく入手できるようだ。経済的に優位な立場にある人間は、効率や生産性を高めるためには、たとえばダイエット目的であれ、そうした医療器具を使用することに躊躇しないのだろう。

まさに猫の手も借りたいほど忙しい人は、普段使用していない筋肉から筋電を採取し3本目、4本目の腕がつくれるとなれば、それを望む人もいるはずだ。事実、YouTubeには両手でPCをタイピングしながら、3本目のロボットアームでコーヒーを飲むというような動画もアップされている。

これまでに紹介した、あらゆる障がいをサポートする素晴らしい技術の延長線上に、有力な健常者を“自己進化設計”して人類の一歩先に踏み出すような行いがあることは想像に難くない。それが人類にとって有意義な目的であってくれれば良いが、そうでなかった時、われわれはどうするのか。そこに資本主義がまかり通っている限りは、有力者の傲慢がもたらすディストピア的な世界が訪れるのではないか。身体と機械が融合するような超絶的な進化には、少し怖さを感じることもまた確かである。