ニュースからこぼれ落ちた世界を伝える“ドキュメンタリー”の重要性を、モーリー・ロバートソンが語る。

  • 写真:殿村誠士
  • 構成:和田達彦

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モーリー・ロバートソン●1963年ニューヨーク生まれ。81年東京大学とハーバード大学に現役合格。同年7月に東京大学中退。88年ハーバード大学卒業。東大在学中にプロミュージジャンデビューを果たし、現在はタレントから国際ジャーナリストまで幅広く活躍中。著書に『よくひとりぼっちだった』(文藝春秋)、『悪くあれ! 窒息ニッポン、自由に生きる思考法』(スモール出版)など。

スカパー!やケーブルテレビなどで放送中のドキュメンタリー専門チャンネル「ナショナル ジオグラフィック」。自然や野生生物、科学や歴史など、さまざまな領域の事象を迫力ある映像とともに紹介し、知的好奇心を刺激してくれる人気チャンネルだが、近年は映画「ナショナル ジオグラフィック ドキュメンタリーフィルムズ」に着手し、現代社会が抱える問題についても積極的に取り上げている。同チャンネルの公式Youtubeチャンネル「ナショナル ジオグラフィック TV」では、同番組の人気コンテンツの一部を配信しているが、7月31日からはアカデミー賞受賞歴を持つ制作会社Grain Mediaおよびノーベル賞とのコラボレーションによる短編映画4作品を順次無料で公開。そのうちの2作品について、ジャーナリストのモーリー・ロバートソンに感想を聞いた。

出来事の背景を知る、ドキュメンタリーの重要性。

近年は、SNSの普及によって人々が世界中の情報をいち早く知ることができるようになった反面、情報が錯綜した状態でもお構いなしにニュースになってしまうようにもなった。次々とSNSにアップされる動画は、それが真実なのかフェイクなのか検証されないまま繰り返し拡散されていく。それに伴って、ロバートソン自身が出演する報道系のテレビ番組でも混乱が生じているのだという。

「TVなどの報道機関も、尺の関係もあってか手数を惜しみ、ある一面だけを切り取った伝え方をしてしまう。その結果、たとえば現在アメリカで起こっている暴動の問題でも、警官に嫌悪感を抱いていた人は『警官はなんてひどいんだ』と憤り、ブラック・ライブズ・マター運動に反感をもっていた人は『黒人は暴力的で危ない』と恐れる。元々それぞれの人がもっていた意見や思想に燃料が投下されるだけで、何が真実なのかが非常に伝わりづらくなっていると思う」

そこで重要なのは、起こっている出来事の背景を知ることだが、そのためにはそれまでの流れをロングタームでじっくり見られるものが必要だ。そのためにも、今回のナショナル ジオグラフィックの作品のようなひとつながりのドキュメンタリー映像がこれからとても重要になってくる、とロバートソンは考えている。

『人として歩む』:内戦が続く南スーダンのリハビリ施設で義足をつくるマクル。銃弾で負傷した脚を切断し絶望の淵にいたマクルは、義足を付けて歩けるようになったことで未来への希望が見えてきた。次は誰かの役に立ちたいと義足職人の道を選び、脚を失った犠牲者を救うことに心血を注ぐ。

ドキュメンタリーが描いた、“報道されない国”の実情。

「この『人として歩む』は、非常に貴重なドキュメンタリー映像です。なぜなら、南スーダンという国は国際社会から見捨てられたような状態で、報道される機会がほとんどないからです」

南スーダンは2011年にスーダンから独立したが、「独立したから問題解決」とばかりに放置されている。実際は単に国境線が変わっただけで、事態はより深刻になっているのだ。政府は機能せず、民族間の対立はもちろん、国民の飢えさえも紛争のツールと化す。それなのに報道される機会が少ないのは、「南スーダンが大国の地政学ゲームのピースになりにくいから」とロバートソンは指摘する。

「マイノリティすぎて、政治的に利用しがいがないんです。この国の問題を使って、『アメリカが悪い』とか『中国が悪い』といった論調を起こしにくい」

「ドキュメンタリーのカメラワークには、美意識が必要だ」

「コメンテーターとして発言する時、情報の裏付けとしてドキュメンタリーを挙げることはとても多い」と語るロバートソン。

登場人物の言葉から、次々と疑問が浮かぶ。

この映画に登場する義足職人のマクルは、牛泥棒の銃撃を受けて片足を失ったと語る。ロバートソンはこのシーンで、「なぜ戦火ではなく、牛泥棒による銃撃なのか? と考えるのが重要なのです」と語り出した。

南スーダンに限らず、各地で紛争や内戦が起きているアフリカでは、武器商人がAK-47型の自動小銃をばら撒き、それが民間にも流れている。スーダンでは昔から水や牛の確保が死活問題で、それらを巡る争いが絶えなかったのだが、その争いは現在、フル装備での銃撃戦になってしまった。政府すら機能していないのでメディアも封殺され、誰も見ていないところでやりたい放題になっているのだという。

「義足を贈られる女性のマーサを見ても、いろいろな疑問が湧いてくる。まだ若いのに、なぜ乳飲み子がいるのでしょうか? なぜ『畑で働けないと生きている意味がない』という言葉が出てくるのでしょうか?」

ドキュメンタリーが紡ぐ物語が、人々の問題意識を目覚めさせる。

この映像では、そういったことについてナレーションなどによる説明がほとんどない。

「登場する人々の目線にカメラを据えて、起こったひとつ一つの出来事が本人の言葉のみでつなぎ合わされ、本人の視点、本人のエモーションが伝わってきます」

そうすることで、なぜこんなことが起きているかの疑問が沸き起こる。こうした訴求表現の大切さに、ロバートソンは共感した。

「私は見始めて最初の1分で『よし』と思いました。説明的な映像では、よほど最初から興味のある人やジャーナリストでない限り退屈してしまう。しかしこの作品はひとつの物語としてていねいに撮られていて、映像の美しさに引き込まれていきます。ドキュメンタリーでも芸術性が必要なのです。カメラワークに美意識がないと、ジャーナリスト以外には刺さらないものになってしまう。報道の順位が低いものについて、人はどうしても無意識に自分とは関係ないと判別してしまいがちです。しかし、このドキュメンタリーには、その固定観念を覆す力があります」



【関連記事】モーリー・ロバートソンが語る“ドキュメンタリー”の影響力とは、「この問題は他人事ではない」と気づかせてくれること。

ナショナル ジオグラフィック ドキュメンタリー フィルムズ
ナショナルジオグラフィックが手がけるドキュメンタリー映画のシリーズ。Youtubeチャンネル「ナショナル ジオグラフィック TV」での配信とともに、7月28日(火)からは毎週火曜夜10時、全国のケーブルテレビおよびCS放送で特集『ナショナル ジオグラフィック ドキュメンタリー フィルムズ』を放映中。
https://natgeotv.jp/tv/

ニュースからこぼれ落ちた世界を伝える“ドキュメンタリー”の重要性を、モーリー・ロバートソンが語る。

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