対談:オラファー・エリアソン×長谷川祐子 展覧会スタートを待ちながら、いまアートにできることを考えよう。

  • 文:中島良平
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オラファー・エリアソン『ビューティー』1993年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles  © 1993 Olafur Eliasson 作品画像はいずれも「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫

2020年3月14日より東京都現代美術館でスタートを予定していた『オラファー・エリアソン ときに川は橋となる』展。設営は完了しているものの、新型コロナウイルス感染拡大防止のために開幕延期を余儀なくされている。エコロジカルな示唆に富み、五感で体験できる展覧会の開幕が待望されるが、その期待をさらに煽るイベントがオンラインで開催された。

外に出歩くことを止めて、家にいながらにしてなにかできないか? そう考えたライゾマティクスの齋藤精一、真鍋大度が、アーティストやクリエイターに呼びかけて音楽やトークなどを発信するオンラインイベント『Staying TOKYO』をスタートしたのが4月3日のこと。同イベントのVol. 03の企画のひとつとして、オラファー・エリアソンと展覧会を担当したキュレーターの長谷川祐子の対談が実現したのだ。現在求められるアートの役割に始まり、東京都現代美術館の個展に出品した作品のコンセプトや未来へのメッセージまで、以下に濃密な90分のダイジェストをお届けする。

オラファー・エリアソン(左)●1967年、デンマーク生まれ。デンマークとアイスランドで育ち、デンマーク王立美術アカデミーで学ぶ。95年、ベルリンに渡り、スタジオ・オラファー・エリアソンを設立。光や水、霧などの自然現象を新しい知覚体験として屋内外に再現する大規模なインスタレーションを各国で発表し、環境問題への意識を啓発する作品の数々が高く評価される。日本では2005年に原美術館、09〜10年に金沢21世紀美術館で個展を開催。現在はベルリンとコペンハーゲンを拠点に活動する。

長谷川祐子(右)●キュレーター、東京都現代美術館参事、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授。2016年フランス芸術文化勲章シュバリエ受章。17年にポンピドゥー・センター・メスで企画開催した『ジャパノラマ 1970年以降の新しい日本のアート』展が成功を収め、その一部であるダムタイプの展示をバージョンアップして20年2月16日まで東京都現代美術館で開催された『ダムタイプ|アクション+リフレクション』展も記憶に新しい。

文化は社会の中心にあるべきもの。

長谷川:今日はどうもありがとうございます、オラファー。ライゾマティクスの真鍋さんに招いていただいて、こうしてオラファーとオンラインで対話できるのは非常にうれしいです。いまあなたは100人以上のスタッフを抱えて仕事しているわけですが、ベルリンでどのようにお過ごしですか?

エリアソン:今日はこうしたエキサイティングな試みにお招きいただき、非常に光栄です。現在ベルリンにいて、私たちは幸運なことに新型コロナウイルスに早くから反応できたので、まず2月半ばにスタジオを整備しました。スタッフを5つのグループに分け、スペースも五分割しました。キッチンやトイレも各スペースで分けて使用し、物理的に接触する人数を制限しました。また、政府からの経済的な援助も受けているので、100人ほどのスタッフの雇用者として随分と助けられています。

長谷川:日本政府もなにか考えていらっしゃるとは思いますが、人類が生き延びるためにアートは重要なものだとドイツ政府が考え、すぐに支援を表明されたのは素晴らしいことだと思いました。文化を大切にする姿勢が羨ましいと感じています。

エリアソン:表現のためのあらゆる素材に自由にアクセスでき、言論の自由があり、自分が参加したいイベントや取り組みに自由に選択できること。それが文化の礎だとドイツやヨーロッパの多くの国で考え、政府も民間企業も文化を支援する歴史を紡いできました。文学やスポーツなども含めて大きな意味の文化とは、社会の周縁ではなく中心にあるものだと政府が考えて、私たちアーティストは支援していただいている。非常に感謝しています。

そして文化というのは、あなたがなにかを見て、聞いて、出会い、考えることを促してくれます。美術館で絵画作品を見たら、この作品は私の気持ちそのものだと感じられるかもしれません。本を読んだら、その登場人物を私そのものだと感じるかもしれません。演劇に見る人間関係に、仕事場にいる自分を見出すかもしれません。文化とはそのように自分の感覚や感情を受容し、反映してくれるものだと考えています。そういう意味で、作品を見に訪れた美術館や劇場では、また作品から跳ね返ってくる自分の感覚を持ち帰ることもできるのです。

オラファー・エリアソン『サステナビリティの研究室』 ベルリンのスタジオ・オラファー・エリアソンで行われている生分解性の新素材やリサイクル技術の研究の一部を展覧会でも紹介する。 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

オラファー・エリアソン『あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること』2020年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

対立ではなく、グローバルな協力がとても重要。

長谷川祐子が最近読んだ本として紹介した、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロの著作『食人の形而上学』(洛北出版)。

長谷川:いろいろな文化イベントがクローズして、外出自粛を求められる状況で文化的なアクセスが本当に少なくなっています。自宅でエクササイズをしたり、音楽を聴いたりもしますが、私はいますごく本を読んでいます。たとえばエマヌエーレ・コッチャの『植物の生の哲学』という本や、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロが、動物がもつパースペクティブのことを書いた『食人の形而上学』などが最近、面白かったのですが、人間中心の考え方から視点を移動させた思考に移っていると感じ、興味をもっています。オラファーはどんな本を読んでいますか?

エリアソン:たとえばブルーノ・ラトゥールの『地球に降り立つ』やダナ・ハラウェイの『Staying with the Trouble』(注:未訳)、ティモシー・モートンのコラムなどです。それと、国連について書かれた、いろいろ古い記事を探したりもしています。特に、国連の開発計画がなにを目指しているのか。私たちはいま、ナショナリズムの活発な時代を生きています。多くの二極化した対話が国境を跨いで行われていますが、たとえば温室効果ガスは国境を超えてどこにでも拡散していきます。そのような環境問題などに関してはそれぞれの国家に焦点を当てるのではなく、私たちが共通してもっている問題に焦点を当てた言語を開発し、グローバルな協力に取り組むことがとても重要だと感じています。

オラファー・エリアソン『太陽の中心への探査』2017年 Courtesy of the artist and PKM Gallery, Seoul © 2017 Olafur Eliasson

長谷川:おっしゃる通りで、いままでアートや文化がポストコロニアルの問題やジェンダー、人種の問題などのポリティカルなテーマを扱う時に、誰かが誰かを非難するような表現が多かったと言えます。しかし現在の環境問題などは、私たち全員が一緒になって取りかからないといけない問題です。そんな時に国連の役割というのは、文化やクリエイティビティを取り込みながら強化していく必要があるように思います、また一方で私が思うのは、小集団の存在意義です。国連や国家といった大きな組織がオペレートしきれない問題もたくさんありますが、そこには小さな組織がうまく機能する可能性がありますし、私たちは新しい仕組みや組織について考えるときに来ているのではないでしょうか。

エリアソン:組織について再考し、再設計しなければいけないのは確かなことです。近代化が進み、現代の私たちの社会でうまくいっていない問題点のひとつは、プラネタリー・バウンダリー(※)の課題に対応できていないことです。私たちは地球がもっている以上の資源を使ってしまっています。このまま自分たちの生命を脅かすような活動を続けていると、人間は絶滅危惧種になってしまいます。しかし皮肉なことに、絶滅することで地球は元気を取り戻せるでしょう。つまりいまの状況とは、地球の危機ではなく人類の危機なのです。考えるべきは、人間になにができるのか。足元を見て、自分たちが立っている地面の状態を知ること。立っている地面がどんどん疲れてきていて、私たちの体重を支えられなくなっていると考えるべきではないでしょうか。

※地球の限界。「気候変動」や「生物多様性」など9つの項目から地球の環境容量を数値化し、人間が安全に活動できる環境の限界がどこにあるのかを把握することの重要性を説く環境学者のヨハン・ロックストローム等によって開発された概念。

オラファー・エリアソン:左『あなたの移ろう氷河の形態学(過去)』2019年、中『メタンの問題』2019年、右『あなたの移ろう氷河の形態学(未来)』2019年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

地球での多元的共存をアートで提示する。

エリアソン:私は国連の多国間主義的な部分に興味をもっているのですが、第二次世界大戦後に国連では「世界人権宣言」という素晴らしい宣言が発令されました(注:1948年12月10日の第3回国際連合総会で採択)。国連のサイトに行くと30カ条のテキストが掲載されていて、それを読むと人権について考える非常にいいエクササイズになると思います。しかし、そこで考えたいのは、植物や人間以外の他の生物の権利についてです。虫や海、空の権利は? そうした見直しは時代ごとに必要です。地球上にはさまざまな対象に権利があって、人権もそのひとつでしかありません。インドではガンジス川に人のような権利が与えられていて、エクアドルでは山に権利があり、ニュージーランドでは木に権利が認められています。

長谷川:川も空も様々な生物も、人間と同じくアクターとして地球と関係するということですね。ヴィヴェイロス・デ・カストロさんがおっしゃるマルチ・ナチュラリズムは、まさにその考え方を表しています。人間という身体、ボディはひとつで、多様な精神があるというマルチ・カルチャリズムとは逆の考え方で、この世界において精神はひとつであって、人間、動物、植物などの多様な身体、ボディがあり、それらがひとつの精神を共有しているというマルチ・ナチュラリズムです。空気にも鳥にも人にも権利があるとはそういうことですね。

オラファー・エリアソン『人間を超えたレゾネーター』2019年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2019 Olafur Eliasson

エリアソン:ええ、まさにそのような意味での多元的共存です。つまり、あらゆるものの権利を認めること。現在では、そうした権利を有する対象を害する企業や団体を起訴することもできます。ひとつ有名な例として、ロンドンの大気汚染の話があります。「ClientEarth」という弁護士たちの慈善団体が、ロンドンの大気の弁護人となってロンドン市に対して訴訟を起こし、勝訴したのです(※)。私たちは権利について再解釈をする必要があります。人間を頂点とする垂直的なヒエラルキーではなく、水平に複数の権利が共生する方法をアーティストとして考えていきたいと思っています。

長谷川:思想家たちが新しいヒューマニティの考え方を提示する中で、私はアーティストというのは非常に強い存在だと思っています。すごく繊細でカナリアのように鋭いセンサーをもっていて、そうして感知したものを可視化していくことができる人たちがアーティストです。こうした状況下で重要な役割を果たすアーティストたちの中でも、あなたはその先頭を走っていると思っています。

エリアソン:実際に自分がどのポジションにいるのかはわかりませんが、この社会状況で大きな問題への取り組みに参加できることはとても光栄に思っています。

※ロンドン、ブリュッセル、ワルシャワ、ベルリン、北京に事務所を構え、気候変動に取り組む弁護士団体ClientEarthが、2015年から3度にわたって英国政府を相手に訴訟を起こし勝訴。最高裁判所が環境・食糧・農村地域省に対して、イギリス全土の大気汚染を軽減させるプランの提案と実行を言い渡した。

ときに、川は橋となる。

オラファー・エリアソン『溶ける氷河のシリーズ 1999/2019』2019年 20年を経て環境がどのように変化しているのか、アイスランドの氷河を定点撮影した写真で提示する。Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2019 Olafur Eliasson

長谷川:今回の東京都現代美術館の個展で、あなたはサステイナビリティやエコロジーへの関心をテーマにしていらっしゃいます。展覧会の準備をしながら過去の作品も振り返り、本当にあなたはキャリアの初期からエコロジーについての考えを作品で表現されてきたことを再確認しました。たとえば2003年にロンドンのテートモダンで発表した『Weather Project』。人々が1カ所に集まり、展示室に出現した太陽の光を浴びながら自然のことを考える作品です。そんなエコロジカル・マインドにかかわることを既に始めていたわけです。

それともうひとつ、『Green River』という初期の作品では、無害な緑の染料を川に垂らして、川の存在を強調することで、自然と私たちとのかかわりについて考えさせてくれました。個人レベルで鑑賞する個人と作品の1対1のミクロな関係から、どんどん他の人と共有する方向へと展開してきました。ある意味で内省的なアプローチから、より大きくマテリアルの力をみんなが見たり感じたりして共有できるような、新しい唯物論的なアプローチへと発展したことが、今回の展覧会に反映されていると思っています。

エリアソン:解説をありがとうございます。私は子どもの頃にアイスランドで長い時間を過ごしましたが、家族で山や川に向かうことも多かったんです。父がアーティストだったので、兄弟とみんなで絵を描きに山や川に行ったのですが、私はそこで絵を描くのが退屈だったので、ひとりで川に行ったり山に登ったりして遊んでいました。そんな経験が、自分の作品づくりに大きく影響しています。客観的な自然観に到達することにはあまり興味がなくて、文化や人と自然とのかかわりへの興味から作品を制作しているのです。

オラファー・エリアソン『おそれてる?』2004年 Kunstmuseum Wolfsburg, Germany © 2004 Olafur Eliasson

エリアソン:地球の表面にさまざまな生命の生活圏がありますが、地質学的な用語でクリティカル・ゾーン(※)と呼ばれる領域で、それは地球という球体において表面付近のとても薄い範囲に過ぎません。地下を400mも掘れば生命活動はなくなり、上空も800mにも達すれば飛ぶ鳥がちらほらいるかどうかです。そんなクリティカル・ゾーンをどう見つめるか、そこにおけるシステムをどうデザインし直すかという取り組みを初めて行ったのが今回の展覧会です。

長谷川:その意図が「ときに川は橋となる」という展覧会タイトルに反映されていますね。

エリアソン:川には橋がかかっていて、私たちはそこを渡ることを当たり前だと思っています。しかしときとしては、川を渡るために違う方法を生み出さないといけないかもしれない。地球環境の急激な変化に直面している私たちは、いままでのものの見方や考え方を考え直し、未来を再設計しなくてはいけません。そうした物事の見方の完全なシフトをこのタイトルに表現しています。

※地球上で生態系の活動、相互作用がすべて含まれる範囲。「地球表層で、岩石、土壌、水、大気、生物間の複雑な相互作用が物質循環を支配している境界領域」とクリティカルゾーン観測所によって定義されている。

オラファー・エリアソン『ときに川は橋となる』2020年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

列車と地球のダンスを記録する。

長谷川:展覧会を企画し始める段階で、オラファーからの提案で印象的だったのは水の話です。日本は水に囲まれているから、その感性を汲み取れるような展示にしたいと。そして天井が高く面積の広い展示空間であるアトリウムには、大きな12個のリフレクションが私たちの頭上で月のような光となって、ゆらゆらと波のように変化する『ときに川は橋となる』が展示されています。鑑賞者である私たちは、この作品を通して「時間を見る」という得難い経験をします。

エリアソン:この巨大な作品は長谷川さんに「絶対にやってほしい」と言われて制作したんですが、素晴らしいキュレーターというのは、アーティストとしてベストな私になれるよう後押ししてくれます。最初はベルリンのスタジオでいろいろテストしたんですが、アトリウムのサイズが大きすぎて、ベルリンでは実験できなかった。日本には素晴らしい工芸の伝統があるので、現地で日本の技術者につくっていただいた方がうまくいくかもしれないと想像できました。技術がアートを支配してはいけない、ということも日本のスタッフはよく理解なさっていますから。

長谷川:小さな部屋で実験していた光の波のリフレクションを大きくして展示してほしいとお願いしたら、あなたは夢の世界にいるような体験をさせてくれる作品を実現してくれました。作品を施工する優秀なコントラクターがいて、キュレーターのチームがいて、アーティストであるあなたと掛け合いながら、面白い展開を生み出す。あなたが現場にいない状況であの微妙なリフレクションを実現し、時間を表現することは本当に難しかったけど、遠隔でビデオ通話であなたと話しながら怒鳴ったりもしましたが、あなたは辛抱強く聞いてくれて、作品をチューニングできました。あれは忘れられない体験です。

オラファー・エリアソン『クリティカルゾーンの記憶(ドイツ-ポーランド-ロシア-中国-日本)no. 1-12』部分 2020年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

エリアソン:たくさんコラボレーションをし、時間、水、感覚などのテーマを集めた展覧会を私は建築のようなものだと、寺院のようなものだと考えています。今回の展覧会には大型の作品だけではなく、小さなドローイングなども展示されているのですが、多くの作品を列車で輸送しました。環境への負担を軽減するために飛行機での搬送を避け、ドイツからポーランド、ロシア、中国を経由して地続きで移動してきました。

その列車での搬送をきっかけに生まれた作品(上写真)もあります。スタジオのメンバーのひとりが、ドローイング・マシンをつくったのです。箱の中に紙を置き、電車の振動によって円筒形のドローイング装置が紙の上を動き回ってドローイングをする仕組みです。これはいわば、ベルリンから東京までの線の記録です。列車が地球の表面をなぞり、列車と地球がダンスしたのだとイメージしてください。その結果がドローイングになりました。クリティカル・ゾーンの表面をドローイングで記録した作品だといえるかもしれません。

長谷川:あなたが取り組んでいる「リトルサン(※)」のプロジェクトも、今回の展覧会で『サンライト・グラフィティ』として登場します。携帯用のソーラーライトですが、あれはひと晩中明るいですよね。あの黄色い花のデザインはエチオピアの国花からとったと聞いています。エチオピアの電気の通っていない地域の人々に届けるために開発を進めたエピソードから、あなたが誰に向けて表現を行い、メッセージを届けているのかを読み取ることができます。

※2012年にオラファー・エリアソンがロンドンのテート・モダンに在籍するエンジニアのフレデリック・オッテセンと共同で開発した携帯型のポータブルランプ。現在では、110万個以上のランプが世界各地の電力のない地域に届けられている。

オラファー・エリアソン『サンライト・グラフィティ』2012年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2012 Olafur Eliasson

長谷川:展覧会の開幕が延期となってしまったのは初めての体験ですし、残念なことですが、展覧会がオープンしたら、ぜひ多くの方々にオラファー・エリアソンというアーティストの表現に触れていただきたいと思っています。

エリアソン:大変な思いをしながら展覧会をつくってきて、オープニングを心待ちにする中で開幕が延期となってしまったのはとてもショックなことでした。息を止めたような状態で楽しみにオープニングを待っていたら、そのままでいることを余儀なくされてしまいました。このまま息を止めているわけにはいきません。私は展覧会がオープンすることを本当に楽しみにしていますし、このままでは私自身が爆発してしまいそうです。

新型コロナ以降の世界に向けて。

「今日カタログが届きました」と、アマゾンで発売を開始した展覧会カタログを紹介され、うれしそうにモニターから見つめるエリアソンの表情が印象的だった。

長谷川:今回は初めての試みとして、展覧会が公開される前に図録の発売を開始しました。その図録であなたと対談していただいた哲学者のティモシー・モートンは、ウイルスと共生しうるのではないかとエッセイに書いていて、とても興味深いと思いました。新型コロナウイルス以前と以降で、いろいろな変化が生まれると考えています。

エリアソン:新型コロナウイルスによるパンデミック下で、人間について、自分について考える機会が増えました。これまでは忙し過ぎて、多くの人が周囲の人々のことを考えることを忘れていたように思います。医療関係者やゴミの収集人に拍手を送ったり、バルコニーで知らない人同士が一緒に歌を歌ったり、若い人が年配の人の買い物を手伝ったり、ローカルレベルで思いやりや親切の量は増えたように思います。私自身、衛生環境を整える清掃関係の方々や医療現場で大変な思いをしている看護師などが、社会において重要な存在であることに気づかされました。この機会を使って、どうやって自分がエゴイスティックな人間になってしまったのか、より人間的だったオラファーはどこに行ってしまったのか、よく考えてみたいと思います。

そして現在のように困難な社会状況を生きていきながら、私はレベッカ・ソルニットという作家が最近書いた本のことを思い浮かべます。人々に希望がなければディストピア的な世界しか生まれない、といったことを彼女は書いています。宗教的な信仰心はありませんが、私は生きていくために希望こそが必要であると信じています。時間は一方向に進んで行きますから、事態が収束したところで新型コロナ以前の世界に戻ることはありません。これから予測できないことへの恐怖はありますし。明確な答えもルールも見えない状態で前進することに不安があるのはわかりません。しかし、そんな状況だからこそ想像力を駆使して、明日は昨日よりもいい日になるんだという強い希望をもつことこそが大事です。

オラファー・エリアソン:左『9つのパブリック・プロジェクトの記録写真』、奥『昼と夜の溶岩』2018年、右『溶ける氷河のシリーズ 1999/2019』2019年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2019 Olafur Eliasson

長谷川:オラファーにはいつもポジティブなエネルギーをもらえます。その強さはアイスランドの自然と長く触れ合ってきたからでしょうし、スタジオに所属する多様な価値観やバックグラウンドをもつスタッフと接するオラファー自身が、マルティプルな視点を取り入れるオープンな営みから生まれたエネルギー体のようにも見えてきます。今日の対談は多くの若い方々にご覧いただいていると思いますし、これから未来をつくっていく世代に向けてメッセージをいただけますか。

エリアソン:若い人には30年後や50年後の自分が、2020年の自分にどんなアドバイスをするか想像してほしいです。人口予測などを調べて、数十年後にどんな世界が待っているかを考えることから始めてみてもいいかもしれません。気候問題に対してなにをすべきか、社会のためになにを行うべきか、未来の自分からのメッセージとして自分宛ての手紙を書いて送ってみてください。未来からの視点をもてば、いまの世界をどう変えるべきか考えることができると思います。年配者の経験や知恵を否定するわけではありませんが、長く生きる若い人たちこそが未来をデザインすべきだと思います。そこに私は希望を感じます。


※この対談の模様はYouTubeで全編視聴可能。同時通訳で左チャンネルから英語、右チャンネルから日本語が流れるため、動画概要に記された操作方法をご確認ください。

オラファー・エリアソン ときに川は橋となる
開催期間:未定〜6月14日(日)
開催場所:東京都現代美術館 企画展示室 B2
東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
TEL:03-5245-4111(代表)、03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時〜18時(入場は閉館の30分前まで)
休館日:月
入館料:一般¥1,400
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/
※2020年5月14日現在、休館中。詳細は上記サイトでご確認ください。