洋の東西を問わず、宗旨を超えて私たちの心象に根づく「地獄」。そのイメージは豊かな想像力で視覚化され、さまざまな美術にも遺されてきました。
日本では平安時代、仏教の末法思想を背景に源信が著した『往生要集』を契機として、六道輪廻の苦界・地獄へ落ちる恐怖と、それを逃れて極楽往生することが、熱狂的に希求されます。その際に罪人が堕ちる恐ろしい世界を表したのが地獄絵でした。しかし、そこには怖いもの見たさ、残酷なものへの嗜好という、もうひとつの人間の心も反映されて、絵画から彫刻や工芸、現代のマンガに至るまで、まるで見てきたような活き活きとした作品が生み出されます。
「恐怖」と「憧憬」、相対する心情が生んだ地獄と極楽の世界を美術で巡る展覧会が、三井記念美術館で開催中です。その名も「地獄絵ワンダーランド」。昭和初期の西洋建築の館内が、わたしたちの意識下にある、魅惑の空間を現前させています。
プロローグは、現代に妖怪や異界を鮮やかに描き出した水木しげるの絵本原画です。しげる少年がのんのんばあと案内する八大地獄は、ダンテの叙事詩『神曲』の日本マンガ版とでも言いましょうか。
そこから源泉としての地獄絵の成り立ちを、『往生要集』の現存最古の完本である鎌倉時代の版本に遡って観ていきます。この書はベストセラーとなり、絵入版本や絵巻、軸絵が多数つくられました。「ようこそ地獄の世界」では、死者がたどる「六道」の描写を、「地獄の構成メンバー」では、閻魔大王をはじめ冥界の裁判官・十王やその眷属、亡者を責める獄卒ら個性豊かなキャラクターたちの造形を、重要文化財を含む寺宝でたどります。
やがて庶民に至るまで「地獄」のイメージが定着すると、それは、各地に根づく民間信仰や、実生活の感性と結びつき、多彩な表現へと広がります。「ひろがる地獄のイメージ」では、山岳信仰や熊野比丘尼の布教に導入された曼荼羅や、物語や浮世絵にその普及を感じます。そして「地獄絵ワンダーランド」では、素朴で愛嬌ある作品に、死や死後の世界への怖れを超越して滑稽や諧謔を楽しんだ、たくましい江戸人の姿と「地獄」の魅力を再発見します。
最後に「あこがれの浄土」で、対極である「極楽」の世界を垣間見ます。地獄を楽しんでもやっぱり死後は極楽浄土へ……。聖なる光に満ちた浄土や来迎図に心洗われて会場を後にします。
怖くて楽しい地獄絵の世界、納涼を兼ねて訪ねてみませんか?
「特別展 地獄絵ワンダーランド」
開催期間:~9月3日(日)※前期展示は~8月6日(日)、後期展示は8月8日(火)~9月3日(日)
開催場所:三井記念美術館
東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階
開館時間:10時~17時(金曜は19時まで)※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜(ただし8月14日は開館)
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入場料:一般1300円
http://www.mitsui-museum.jp