夏目漱石の『吾輩は猫である』ではないですが、もしも建築物が『吾輩は建物である』といって、人知を超えたその建物の思いを語るなら、いったいどんなことを話すのでしょう。そんな夢のようなストーリーに、ヴィム・ヴェンダースをはじめ、世界的な映画監督6人が挑んだオムニバス映画が、第64回ベルリン国際映画祭でワールドプレミア上映された『もしも建物が話せたら』(2014年)です。
6人の監督が選んだ建物とは何か。この映画の製作総指揮もつとめたヴェンダースは、有名なベルリン・フィルハーモニーを取り上げました。一見、サーカスのような奇抜な建築に見えるフィルハーモニーが語る物語は、どこかあのヴェンダースの名作『ベルリン・天使の詩』を思わせるような、美しいものを求めてやまない人間の精神の歴史です。また、この作品が遺作となったドキュメンタリー作家のミハエル・グラウガー監督は、サンクトペテルブルグにある、終わりのない迷路のようなロシア国立図書館に不思議な物語を語らせています。
そして、コンセプチュアル・アート&ドキュメンタリー作品を発表し続けているマイケル・マドセン監督は、世界で最も人道的といわれているノルゥエーのハルデン刑務所のゲートや独房や壁に、精神分析医の女性が書いた物語を語らせています。その静かで、平和に見える画面のなかには、私たち人間が持つ潜在的な暴力が描かれているようです。
ほかにもロバート・レッドフォードは、彼自身が11歳のときに罹ったポリオの予防接種を開発したアメリカ・サンディエゴにあるソーク研究所を。また社会的、政治的な問題を取あげているマルグレート・オリン監督は、ノルゥエーのオスロ・オペラハウスを。そしてカリム・アイノズ監督は、パリのポンピドゥー・センターを選び、多彩な切り口を見せています。
この映画を観ていると、アイノズが言うように、「建物には魂がある」ようです。そして、それぞれが個性を映し出しています。まるで人間のように。さて、貴方が監督なら、どんな建物に何を語らせるでしょうか。(赤坂英人)
『もしも建物が話せたら』
製作総指揮/ヴィム・ヴェンダース
監督/ヴィム・ヴェンダース、ミハエル・グラウガー、マイケル・マドセン、ロバート・レッドフォード、マルグレート・オリン、カリム・アイノズ
2014 年 ドイツ、デンマーク、ノルウェー、オーストリア、フランス、アメリカ、日本 165 分
製作・提供/WOWOW
配給・宣伝/アップリンク
渋谷アップリンクほか全国順次公開中
http://www.uplink.co.jp/tatemono/